痛みが強い時の自分でできる対処法 腰痛掲示板にも少し書いたのですが 少し言葉足らずだったような・・・ 皮膚を動かすについてですが そこを刺激して痛みを取るというより 心地良い感覚を脳にインプットする って感じでしょうか 痛いところでなくてもいいようです たとえば右手を左手の甲に当てて 皮膚を肘側に動かす 今度は指側に動かす なんとなくでも どちらか心地良い方に動かして 心地良い位置で止めて そしてその心地よさが無くなるまで 手当てをする 両手でほっぺをはさんで 顔の皮膚を動かすのも 気持ちいいですよん 心地よさ、気持ちよさを味わうことで 脳の広がっている強い痛みの感覚を 和らげる働きがあるのでは?これにタッピングやアファーメイションや クスリや針やチューシャやシップ組み合わせて(^-^; ってことでしゅ(*^.^*)
筋肉の力を抜く方法 足の指をマッサージして貰いながら そのマッサージの振動を 足 → 腰 → 背中 → 首 → 腕 → 頭 と身体全体で感じてリラックスさせていく リラックスしてきたら 自分の痛む部分を色でイメージする 私の場合は右尻の奥のほうに黒い塊がありました (あくまでもイメージです) その黒い塊を 少しずつ自分の好きな色に変えて行きます 私の好きないろは オレンジ色時間がかかってもいいので その黒い塊が暖かい オレンジ色になるまで イメージを膨らませます 黒が オレンジに変わったら そのイメージのまま 自分の癖をやってみます 私の場合は髪の毛を触るのが癖です リラックスして 右尻が オレンジ色になるイメージを持ちつつ 髪の毛を触ります 「髪を触るたびにこのイメージがよみがえる〜」 と自分に暗示をかけます すると 自分の好きな色 というのはイメージが湧きやすいですよん 髪を触るたびに腰が 暖かいオレンジ色になります (ような気がする(^-^;・・・でもなんとなく、は大事な感覚でしゅ) 自分で身体の筋肉を弛緩させるときは 「仰向けに寝て両足首をブラブラする」 「椅子にゆったりかけて両手をブラブラする」 ブラブラの振動を足や手から身体全体で感じていく この方法でも筋肉がリラックスできるような気がします 筋弛緩剤を打つわけにいかないので・・・ 簡単な筋肉リラックス法を募集中
先日 ダーリンの引越しの手伝いに広島に行って来ました 朝5時半くらいの電車に乗って 広島駅に到着したのは10時を過ぎていました 約4時間半、、電車賃は3万弱 遠いなぁ。。。高いなぁ。。。 大きな荷物は引越し屋さんに任せて 服や食器や小物を片付け 日用品の足りないものを買いに出かけました 広島の印象は バイクが多い 道が狭い 美人が多いだそうです (ダーリン談) 夜は会社の人達が 歓迎会をしてくださるというので 私は暇になりました 一人で片付けをする気にもなれず 広島の知人に連絡を取ってみました お忙しい方なのですが ちょうど一時間ほど空いているとのこと バスで行ってみることにしました いろいろ 良いことを教えてもらいました 詳しくは明日の日記にでも書きますね ダーリンは会社の人に 「奥さんは?」 と聞かれ 「友達に会うらしい といっても初めて会う人らしいが・・・」と答えるとみんなあきれていたらしい(^-^; 「彼女は北海道に行っても九州にいっても 知り合いがいて幸せな人なんです」翌日の午後は会社に人達のご好意で 二人で広島観光をしてきました   原爆ドーム   会社の人オススメの穴子飯  まるで串焼肉のような[ぬれおかき]  春の宮島にて
クゥのママ、ミーコが無事出産しました マチャがその様子を撮影してくれました  もう予定日が過ぎているからお腹が重くって よっこいしょっと  22日午前3時陣痛がはじまる  第一子の頭?が膜に覆われてでてきました  うーーん、羊水まみれの第一子ちゃん  さ、キレイに舐めてあげるからね  あ、ちょっと待ってて、、、次の子が出そう  第二子誕生  続いて第三子誕生。。真っ黒の子ねぇ  第四子もちょっと見えます  生まれてすぐに、たくましくおっぱいに吸い付く子供たち  仲良くならんでお食事中  黒猫だと思っていた子は乾いたらキジ猫でした おにいちゃんのクゥと似てるような ひっくり返してみたけど 性別はまだ不明です 三匹が茶トラ
いつも座る場所に父がいないのは 悲しいとか寂しい というより 不思議な感じがします 今週はまだ いろいろな手続きのために 銀行、役所、病院 に何回も足を運ぶことになりそうです 仕事にも集中できないので しばらくお休みをもらっています 「早く元のペースに戻さなきゃ」・・・焦り?「無理をしないでゆっくり行こうよ」・・・疲れ?この二つの気持ちがあり、揺れています 風邪ですが・・・セキがシツコイ タンが絡むと止まらなくなり 吐きそうになります 特に夜布団に入ると よけいにひどくて・・・昨夜は眠れませんでした 腰も痛いし、背中も痛い セキをすると両方に響きます センセのところに伺ったら ちょうど診察に来ていたタダちゃんと 話すことができました そういえば 最近、普通の会話ってしてなかったなぁ
― 死亡の原因 ― �機敖樟椹牋�】 脳梗塞 (発症から死亡までの期間 ― 5日間)�供敖樟椶砲六牋�に関係しないが �詰鵑僚�病経過に影響を及ぼした傷病名等】 心房細動(発症から死亡までの期間 ― 不明):::::::::::::
脳塞栓症のうち、心臓の中でできた血栓が詰まるのが心原性脳塞栓症。多くは、不整脈の一種である「心房細動」が引き金になる。
心臓は一定の電気信号で規則的に拍動しているが、心房細動になると、心房が勝手に興奮して震え、不規則に動いてしまう。すると、特に左心房で血液の流れがよどみ、血栓ができやすくなる。温めたミルクを放っておくと薄い膜ができる――。そんなイメージだ。
その血栓がはがれて心臓の外へ飛び出すと、7、8割は脳へ向かう。
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父の場合は血栓が大きかったのでしょうね
辛いけど・・・ 父の最後を忘れないように書き残します 4月3日朝 娘と面会静かに眠っていた 人工呼吸器は付けていたが 麻酔を入れる機械?は外されていた 看護師に聞くと血圧が下がりすぎたので 麻酔は注入は中止したとのこと ケイしゃん 「麻酔を外したのに意識がないということですか?」看護師 「そうですね、まだ麻酔が効いているのかもしれませんね」(もう意識は戻らないのでは?) 不安な気持ちを抑えて帰宅 ― 午前11時ごろ、京都にいる長男が帰宅 ― 4月3日昼 長男、次男、ダーリン、母と面会赤い顔をして息も荒い 血圧も高く、上と下の差がない 脈もとても速い 朝に比べて危険な状態になっているのが 素人目にもわかった みんなは部屋を出たが 私はなかなかその場を離れられなかった 主治医が来たのでおそるおそる聞いてみた 「状態がよくないみたいですが・・・ あとどれくらい持ちますか?」主治医 「脳の腫れがなかなか引かないのです。 そうですね、心臓があとどれくらい持つか・・・」(やっぱり時間の問題なのかなぁ(;-;) なにか変化があったらすぐに連絡を、とお願いする ダーリンが妹に知らせたほうがよいというので すぐに電話して夕方の面会にくるように伝える 最近まともな食事をしていない 病院の前の「中華のチュー」で昼食 心配だが病院には居る場所がないので家に帰る 4時ころに病院から電話が・・・「様子が変わったのですぐにくるように」部屋で寝ている母を長男に頼んで とりあえずダーリンと二人で病院へ 5分で到着 部屋へ急いだが前で30分以上待たされる (遅かったのか?) 金沢で仕事だった妹の旦那が来る また20分ほど待たされる 旦那2人がトイレに行き 私が一人の時に呼ばれる 怖くて 「主人が来てから入ります」 と伝えたが 「先にお入り下さい」 と言われ入ると・・・ ヒドイ状態の父がいた 先生の話では一度心臓が停止した(電話の直後)が 心臓マッサージと強い強心剤で蘇生したとのこと とても苦しそうな顔をしていた 見ているのが辛く体中をさすって呼びかけたが なにも答えてくれなかった 妹と妹の子供二人も到着 ダーリンが バイト先の娘 家にいた母、長男、次男 近くに住む叔母(父の妹) も連れてきてくれた みんなで手足をさすってやり 孫達は顔を撫でて 耳元で今まで可愛がってくれたお礼を言った 血圧はもう取れなくなっていた 主治医が人口呼吸器を外して 頭を下げた 4月3日(土)午後5時20分でした (主治医はみんなのお別れを待っていてくれたようだ)3月30日(火)午後3時30分頃に突然倒れた父だが その時 ダーリンは広島に 妹の旦那は九州に 長男は京都に その2日まえには 母は珠洲へ 叔母は岡山にいたのです みんなが揃うのを待つようにして・・・ そして 心配や迷惑を長く掛けないようにと さっさと行ってしまった父でした 「わしはお前らに苦労をさせとうないし 自分も不自由な生活は耐えられんと思うし もう行くは。。さいなら〜(^o^)/」目の前で肉親の死に立ち会った子供達にも 何かを教えてくれた父でした (もちろん私達大人にも・・・)逝った後はとっても安らかな寝顔でした
この度の父の突然の出来事に対して 多く励まし、お悔やみの言葉を頂き ありがとうございました
また本日の葬儀に際しましては たくさんの弔電を賜りました
厚く御礼申し上げます
ダーリン&ケイしゃん
【病名】 左脳梗塞(左内頚動脈閉塞)
【症状】 全失語 右片麻痺
【治療計画】 今後脳の腫れや出血を生じ 更に状態が悪化する可能性もあります
全身状態を安定させ脳血流の改善と 脳浮腫抑制にための治療を行います
急性期を脱したらリハビリテーションを行います
【検査内容及び日程】 MRI CT SPECT 等
【手術内容及び日程】 予定はありませんは万一脳の腫れが生命に関わる場合には 頭蓋内圧を下げるための手術を行うこともありえます4月1日夕 私一人で面会あいかわらずいびきをかいて寝ていた オデコを触るととても熱く感じた 心配なので主治医と話しをさせてもらう 検査の結果も聞きたかったし ダメージを受けた左脳が腫れてきて 右脳を圧迫し始めた
このまま腫れがひどくなり 生命に危険が及ぶ可能性がでたとき 頭蓋骨を外すという手術も考えられるが できるだけ避けたい
肺にも痰の影が見える私には判断できないので すべて主治医に判断していただくことにした 4月2日朝 母と叔母とで面会人工呼吸器をつけている 意識はない 吸引の機械の痰を溜める容器が 真赤になっていた・・・血痰? 看護師が主治医の話しがあるから 少し待つように言われる 様子をみてビックリされたと思いますが 昨夜、様態の変化があり瞳孔が少し開いていたので 手術も考えましたが・・・
脳の腫れを抑えるために 強い麻酔で脳の活動を抑える治療を選択しました
しばらくこのまま様子を見ます動くはずのない右足が何度かピクッと動く 手を触ると熱っぽい 答えないのは分かっているけど 「またお昼にくるね」と声をかける 4月2日昼 ダーリンと面会ちょうど看護師が痰の吸引の処置中 やはり真赤な液体が吸い込まれていく 麻酔がかかっていてもとても苦しそう 処置のあと血圧が200以上になって 警告ブザーが鳴る 看護師が瞳孔の検査・・・異常なし 何度か警告ブザーが鳴るが しばらくすると落ち着く 「頑張ってね」と声をかけて帰る 4月2日夜 ダーリンと娘と妹で面会昼と変わらない様子だったらしい
父が倒れました 3月30日 救急車にて搬送近くの脳神経専門病院へ入院 2階でいつものように 私と仕事をしていたのですが 私が別の仕事で席をはずしていて 部屋に戻ると椅子の横で倒れていました すぐに救急車をよんで 近くの脳神経専門病院へ 重い脳梗塞だそうです 左の頚動脈?が完全に詰まっていて 左脳がMRIの画像では真っ白になっていました 画像診断科ここ↑のMRAという画像だと思うのですが 左の血管は下のほうから まったく写っていませんでした (詰まっているため) 今の危ない状態を乗り切っても 右半身不随、言語障害が残るそうです リハビリできるほどの状態なれるかどうか なんともいえないらしいです 他にも部位にも梗塞を起こす可能性がある
詰まりが解消した場合 壊死した脳が受け付けず出血する恐れがある
今から、障害された脳が腫れて 脳ヘルニアという状態になったときに 耐えられるかどうか?医師の言葉を借りると 「綱渡り的治療」になるそうです しばらくは集中治療室での治療になるので 家族でも面会は朝30分、昼1時間、夜1時間 の3回だけです 私は大丈夫です どんな状態になろうと その事を受け入れようと妹と話し合いました 母は父に起こった異変はわかっているのですが まるで他人ごとのような感じです 見ていて辛いですが まあその方が母にとってもよいのかもしれません 3月31日朝 妹と面会声を掛けるとうなずくも、目はほとんど開けない 看護師によるとここが病院だということは 理解しているらしい 3月31日昼 妹と叔母と面会朝ほとんど変わらず 左足がよく動く 3月31日夜 私一人で面会意識ははっきりしている 目を開けているが、私とほとんど目を合わさない 左手足をしきりに動かす 何かを訴えているようだがよく理解できない 左手についた自動血圧計?が作動すると 手先が赤紫色になるので 「手が痛いんか?」と聞くとうなずく 看護師に伝えると少しの時間だから 我慢してほしいとのこと 伝えるとうなずく 時間がきたので 「明日また来るからね」 と声を掛けるとうなずく 4月1日朝 私一人で面会いびきをかいて寝ている 手を握ると握り返すが目は開けない 30分寝顔を見て過ごす 看護師から今朝は熱があるので 検査をすると聞く 声を掛けるが反応なし 部屋を出たところで主治医と合う 微熱と脈の乱れがあるとのことで その検査をするらしい 4月1日昼 母と面会やはりいびきをかいて寝ている 「今日は寝てばかりいるので 少し刺激を与えてください」と看護師 電気剃刀で髭をそってやるも やはり目を開けない 手を握ると少し握り返すけど 反応は昨日より鈍いような 午後からの検査結果は 夜の面会で聞けるかもしれない
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