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斜めうえ行く「オクノ総研 WEBLOG」

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2004年08月31日(火) 台風でFOMAあぼーん

台風16号が実家のある兵庫を直撃。
僕は、実家でテレビを見つつ、台風鑑賞。
窓を開けるとスゲー風。
最近は見たことないぞ、こんな大風。

外出の予定はなかったので、台風のなか、エアコンの効いた部屋でビール片手に台風鑑賞。
テレビを見ていると、実家周辺が次々に映る。
なにせ直撃。
窓を開けると、とんでもないけれど、僕の実家は音楽用に防音構造になっており、窓も二重窓。
窓を閉めると風の音は聞こえない。
父親が家のなかで鈴虫を飼っていて、鈴虫の音色が聴こえるので、まるで台風など来ていないかのよう。
秋ですなあ。

近所の一部は停電になり、信号も止まっているらしい。
屋根が飛んだとか、お年寄りが怪我をしたとか、実家周辺のニュースがテレビに次々と映る。
妹がクルマを運転して仕事から帰ってくる。
道路じゅうに瓦やらトタンやらいろいろなものが落ちていて、まっすぐに走れない状況だった、と言う。
あちこちからモノが飛んでくるので、まだローンが残っているBMWに傷がつかないか、とドキドキモノだったようだ。

僕は、ソファに寝転がって、FOMAのiMona経由で2ちゃんねるの実況板で台風情報をチェックしつつ、リモコンでテレビのチャンネルをザッピング。

と、思っていたら突然、FOMAが繋がらなくなった。
アンテナは「バリ3」だったのに、いきなり圏外。
PDCに切り替えるとこちらは何とか繋がる。
アンテナは2本立ちくらい。

携帯は災害に強かったんじゃないのかよっ!

阪神大震災のときも携帯は繋がっていたぞ。

結局、深夜に台風は通り過ぎ、翌日の昼過ぎにFOMAは繋がるようになった。
台風で基地局が吹っ飛んでいたようだ。

災害時を考えると、FOMAだけだとやっぱりダメですな。


2004年08月30日(月) PDAに未来はあるか? いや、ない。

僕は、もともとPDAが好きで、ザウルスの初号機から数えて10台以上買った。
ザウルス、パーム、WindowsCE、それに幻のマジックリンクまで持っていた。

現在も、VGAのLinuxザウルス、キーボードつきのHPのジョルナダ720、GPSつきのMio168が現役で活躍中。
AirH゛や無線LANのCFカードを刺してネット接続にも使っていた(過去形)。

だが、僕は、今、手ぶらモバイラーを実践中。
PDAのPIM機能(住所録、スケジューラ、メモ)は携帯電話(FOMA & PDCのデュアルネットワークサービス)で代用している。
PDAを持ち歩かず、携帯電話だけを持ち歩くようになって、1年ちかい。

モバイル用として考えた場合、最近の携帯電話はPIM機能が充実しているので、PDAの出番はもはや全くない。
2ちゃんねるはiMonaを使えば良いし、デジカメだってオートフォーカスだ。
通信速度に関してもAirH゛は128kであるのに対し、FOMAは384k。
携帯電話のほうが速い。
メールに関してもリモートメールという携帯電話用のメーラーアプリを利用しているので、PCメールの読み書きも問題なし。

でも、PDAも健在。

LinuxザウルスはLinuxPCの代用として使用中。
Linuxで遊ぶために使っている。

ジョルナダ720はキーボードが大きいので、公園等で文章を打つ際に使用。
テキストエディター専用機。

GPSつきのMio168はバイク用のナビゲーションとして活躍中。
PIM機能は一切使わず、タンクバッグに入れて使う。
DucatiにもMio168用に電源が取れるように配線キットを取り付けた。

僕にとってPDAは既にPDAであってPDAではない。
たまたまPDAと呼ばれているだけであって、PDAとして使用していない。
PDAの本来の役割であるPIM機能を全く使っていない。

PDAに未来はない。

携帯電話がPDAを追い越す日は近い、というよりも、既にPDAを超えている。
PDAマーケットは「終り」ですな。

■2003年08月12日(火) 手ぶらモバイラーへの道 〜PDAを捨て、街に出よう
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20030812
■2003年08月27日(水)  手ぶらモバイラーへの道 〜2.8グラムのUSBフラッシュメモリ
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20030827
■Mio 168(GPSつきPDA)
http://www.mio-dw.jp/products_168info.htm
■リモートメール(携帯電話用メーラーアプリ)
http://rmail.jp/


2004年08月29日(日) ウワサの「ハンドロールピアノ」を買ってみた

母親に「何か欲しいものはないか?」と尋ねたら、即座に「ハンドロールピアノ!!!」という返事が返ってきた。

僕の実家は、父、母、妹の3人暮らしで、全員現役で働いており、かつ年金までもらう、という状況なので、両親はお金を受け取らない。
「みうらじゅん」が言うところの「親孝行プレイ」をするためには、モノをあげるしかない。

「ハンドロールピアノ」とは、鍵盤がゴムでできていて、くるくると巻き取れるキーボードである。
重さも750グラム!
くるくる巻き取れば、カバンにスッポリ。

僕の母は音楽器材を持ってあちこち移動する。
行動範囲は妙に広く、関西を中心に西は岡山から、東は名古屋までのあちこちで演奏している。
器材が多いので、毎週のように父や妹が運転手兼楽器運送係としてかり出されていた。
器材を少しでも減らすためのハンドロールピアノ、なのであった。

ハンドロールピアノは人気が出すぎ、品薄状態。
僕はネットで調べて、即納可のお店を何とか見つけて購入ボタンを押した。

注文から2日で実家に届いた。
梱包を解いて、早速音出し。
音には全く期待していなかった。
僕としては、可搬性とキワモノに対する好奇心しかなかった。

音色は100種類。
どうせロクな音が出ねーだろ、と思いつつスイッチを入れる。

あれれれれ〜。

音はマトモです。
100音色のなかにはヘボい音もあるけれど、きちんとした音が出る。
ストリングス、オルガン、ピアノ、アナログシンセ系の音は充分マトモ。
内蔵スピーカーだけでも、結構イケる。

実家にはデジタルリバーブつきのアンプもあったので、つないでみる。
ウホッ!!!
充分使えるぞ。

鍵盤が黒鍵も含めて、まっ平らなので、鍵盤を見ながらでないと弾けない。
鍵盤サイズは通常のキーボードと同じなので、慣れれば問題ないだろう。
ただ、慣れないと黒鍵を弾き間違える。

しばらくイジっていたら、早めのパッセージもキチンと弾けるようになった。
母も最初は黒鍵が弾きにくそうだったが、さすがは還暦でも現役プロ。
すぐにスラスラと演奏できるようになった。

ん〜っ、良いっ。

僕も自分用に買おうかな。

年末にMIDI端子つきの61鍵バージョンが出るようなので、出たら買おうっと。

■ハンドロールピアノ(山野楽器)
http://www.yamano-music.com/docs/hard/handroll_piano.html
■親孝行プレイ
http://pub.twn.ne.jp/oya/index.html


2004年08月28日(土) アナログデバイド

僕は今、実家に帰省中なのだけれど、今日は僕の家族が全員外出。
僕が一人でお留守番、ということになった。

自分で家事をやらなくてはならない。

朝、コーヒーを飲もうを思った。
僕の実家では、コーヒーは朝、コーヒーメーカーで作り溜めしておいて、カップに注いで、電子レンジでチンする方式の飲み方をする。
僕は、コーヒーメーカーからコーヒーをカップに注ぎ、電子レンジに入れようとした。
げ。
使い方がわからん・・・。
ボタン多すぎ。
電子レンジのドアの開き方もわからない。
電子レンジのドアを(たぶんどこかを押せば自動的に開くのであろう)力技で開き、何とかコーヒーを温めた。

昼、「カレーがなべに入っているので、温めて食べてね」とのメモがある。
僕の実家は電磁調理器。
ガスではない。
液晶パネルに、これまたボタンだらけ。
焼き魚モードとか揚げ物モードとか。
火?の出るところは三口あるのだけれど、どれをオンにするかに一苦労。
何とか、カレーを温める。

ジュースを飲もうと思った。
冷蔵庫を開ける。
氷を探した。
「ローソン氷」がないじゃん、と思って冷蔵庫をごそごそやっていると、「ドアヲシメテクダサイ」と冷蔵庫の音声にしかられる。
おいっ、冷蔵庫がしゃべたぞ。
氷は、自動製氷機能で氷スペースにたくさんあった。

食後は自動食器洗い器。
キッチンにビルドインされている。
これまた、使い方が全くわからない。
洗い物はあきらめる。

着替えを洗濯しようと思った。
洗濯機も訳のわからないモードだらけで使い方がわからないので、洗濯も脱落。

以前、帰省した際は、トイレさえも難しかった。
最新型ウォシュレット。
ウォシュレットそのものの使い方くらいは、さすがに僕にもわかる。
実家のウォシュレットはセンサーつきだった。
便器から腰を上げると水が自動的に流れる。
トイレットペーパーを取ろうとして、腰を上げると水が流れてしまう。
手を洗う水も同時に流れるので、僕は「あわわわ」と急いで手を洗う。
水が流れてしまうと、当然、タンク内の水がなくなってしまうので、次に水を流すまでにしばらく待たなければならない。
僕は、タンクに水が溜まるまで、トイレのなかで便器に座って待っていた。

シャワーもこれはこれで難しい。
液晶の操作パネルで何とかお湯を沸かす。
風呂に入るとまた、ややこしいシャワー。
お湯の温度調整やらシャワーと蛇口の切り替え、湯量の調節。
しばらく考え込み、操作パネルの横に張ってある使い方シールを見ながら何とかシャワーを浴びる。

僕が新入社員だった頃は、オフィスでもいろんなやつが様々な事件を起こしていた。

・シュレッダーにネクタイを引き込まれ、動けなくなったやつ
・ウォシュレットが珍しく、覗き込んでいじっていたら水が噴出し、スーツがびしょ濡れになったやつ
・ファックスを送ろうとしたら、何度やっても紙が反対方向から出てくるので、何度も送り直し、クライアントからクレームが届いたやつ
・マウスを使っていたら、机の端まで来てしまい、困ったあげく、机の裏側にまでマウスを這わせていたやつ

僕は一人暮らしなので、AV系のデジタル家電やPC環境は充実しているが、白物、アナログ系家電は古い機器ばかり。

僕って、アナログデバイド?

あんまり偉そうなことは言えないな。


2004年08月27日(金) FOMAより「圏外君」な僕

手足に「ぶつぶつ」ができてかゆい。

公園で昼寝をするのが日課だったので、蚊にさされたのだと思っていた。
酒を飲んで外で寝るとさされやすいのかなあ、と思いつつポリポリ。
ムヒを買ってきて、塗ってスースーさせて治療。

だけど、一週間たっても直らない。
それどころか、どんどん「かゆみ」がひどくなっている。
かゆいのは手足のみなのだけれど、ひどいところはミミズ腫れみたいになってきた。

もしかして、ヤバい病気がとうとう陽性になってきたのか???
僕はアレルギー体質ではないし、三十数年生きてきて、肌にぶつぶつができてこんなにかゆくなったのは初めてだった。

アタマの中をアレコレと過去の悪行がよぎる。

心配になってきたので、実家の近所の皮膚科に行くことにした。
血液検査をして、医師の診断を受ける。

「草にかぶれてますな」

かゆみ止めの巨大注射(50mlくらいある)を打ってもらい、薬局で、ステロイド系のかゆみ止め、軽い系のかゆみ止め、アレルギー対策用の飲み薬をもらった。
医師は「毎日、かゆみ止めの注射を打つので、毎日病院に来てください」と言った。

たかだか、新横浜駅周辺の公園にしか行ってないのに・・・。
僕は、ジャングルはおろか、草むらや森林にすら行っていない。
近所の公園のみである。

確かに、コンクリート上のベンチだと暑いし、噴水の近くはガキが水遊びをしていてうるさいので、草むらの近くにあるベンチで寝ていた。
草むら、といっても、芝生よりちょっと長い程度。

僕にとっては、その程度の「自然」ですら「圏外君」なのであった。

春先は、郊外やちょっと大きめの公園に行くだけで花粉症になる。
今度は、近所の公園ごときで草にかぶれた。
逆に、ジャンクフード、めちゃくちゃな生活リズム、酒、ごみごみしたところ、等は平気である。
自然が多いところに激弱な僕。
自然といっても近所の公園レベルだけど。

僕はFOMAより「圏外君」なのであった。


2004年08月25日(水) ローカルなデジタルデバイド

僕は今、関西の実家にいる。
1週間の予定で帰省中。
なんだかんだと仕事があるので、実家でもほとんどの時間はPCに向かって作業をしている。

僕の実家は、父、母、妹の3人暮らし。
僕の実家は必要以上に広く、僕の仕事用の部屋もあるので、基本的に快適。
Mova, Foma, AirH"という僕の無線三種の神器も問題なく使える。
iPodをALTEC LANSINGのinMotionポータブルスピーカーに繋ぎ、快適にお仕事。

が、僕の家族は恐ろしくアナログなのであった。
僕の実家にはアナログ家電は必要以上に完備されている。
「ナショナルのお店」で「適当に持ってきてくれや」的に家電を買っているので、エアコン、冷蔵庫、洗濯機、電磁調理器、食器洗い機、FAXといったアナログ系の家電は、アホほど最新製品がそろっている。
照明すらリモコン操作である。
一方で、デジタル系に関しては何もない。
デジタル家電、コンピューティング環境がとんでもなく不便。
ADSLも光もない。

父は2年前に高校教師を定年退職し、職業訓練学校に再就職した。
僕は、その際にVAIOの最新機種をプレゼントした。
「ええかげん、PCくらい使えるようになれや」という気持ちからである。

そのVAIOは、妹が自分のモノのように使い始め、父はVAIOをほとんど触れられなくなった。
しかたがないので、僕の自宅で余っていたもう1台のVAIOを追加で父にあげた。
これで、少なくとも2台のPCが僕の実家には揃ったハズである。

2年前から2台のPCが実家にはあるハズなのに、僕の父は未だに「ソリティア」しか使えない。
父は、一応、PCを使う努力は試みているらしく、PCの基本中の基本中の基本、みたいなマニュアル本だけは何冊も買っている。
「OSが古いからマニュアル本と画面が違う」とのたまう。
WindowsXPとMS Office2000は古いソフトじゃないぞ。
ソリティアのためにXP2にアップグレードしろ、というのか?
それに、「遅い」とのたまう。
Pentium�靴裡�GHzはMSオフィスを使うのに十分じゃないのか?

ブロードバンド環境がないと生きていけない僕としては、実家にいるとストレスが大きい。
AirH"しか使えないPC環境で1週間を過ごすのはつらい。
休職中とはいえ、僕には毎日数十通のメールが届く。
しかも、夏休み期間中なので、写真添付やら、ファイル添付の嵐。
20MBのファイルを添付してきたアホもいる。
こっちはAirH"しか使えないのだ。
ブロードバンド環境から切り離された僕は、思いっきり弱っちょろいのであった。

父:元高校教師、現在は職業訓練学校勤務
PCで使えるソフトは2年かかってソリティアのみ。imodeの使い方を何度教えても覚えられない。毎晩「阪神勝ったか?」と僕に聞いてくる。「imodeで確認しろ」と教えても覚えられない。一応、携帯は持ってはいるが、携帯メールの送信などもっての他。そもそも携帯でメールが送れる事を知っているのかどうかもわからない。

母:ピアノ講師(現役)
PCは一切使えない。なぜだかMIDI関連の音楽機器は大量に保有し、使いこなしている。帰省する度に機材が増えている。自分でMIDIで打ち込んだ音をバックに生ピアノでコンサートにも出演している。携帯メールも問題なし。MIDI機器がそれだけ使いこなせてどうしてPCが使えないの?「せめてACIDくらいは使えるようになってくれ」と僕は言う(60歳の母にACIDを使え、というのは無茶かも)。

妹:音大卒、ピアノ、コーラスの講師
パソコン教室に通い、何とかPCの基本的な操作はできるようになった。PCはアマゾンでCDや本を買う際のみに使用。自分のプロバイダのメールアドレスすら覚えていない。携帯は普通以上に使いこなしている。

ブロードバンド環境がないと生きていけないデジタルアディクトの僕の実家は、デジタル後進家族なのであった。
僕は、帰省する度に、「PCが使えなければ、もはやこの国ではマトモに生きていけないぞ」と説き続け、機材も揃え、帰省の度にパソコン&携帯教室を開いてあげていたつもりだった。
でも、僕の家族は相変わらずアナログ。

これでは、帰省するたびにストレスが溜まる一方なので、今日、僕は唯一かすかな望みが残っている妹名義で、実家のADSLを申し込んだ。

意外なところにデジタルデバイドは存在した。
これが、日本の普通の家族の風景なのだろうか?


■ALTEC LANSINGのiPod用ポータブルスピーカー(iPodを持ってる奴はとりあえず買っとけ)
http://store.apple.com/0120-APPLE-1/WebObjects/japanstore?productLearnMore=T8355J/A
■ACID 4.0
http://www.hookup.co.jp/software/acid4.0/acid4.0.html


2004年08月24日(火) 「禅」と「バイク」

Ducatiに乗り始めて思ったことがある。

バイクは「禅」ではないのか?
バイクの運転は、両手両足、バランス、視線、頭脳と身体の全ての機能を使う。
特に僕のDucatiのように神経質なバイクの運転は一瞬たりとも気を抜けない。
クルマの運転のように、音楽を聴きながら、カーナビをいじりながら、電話をしながら、おしゃべりをしながら、等という「ながら運転」はできない。
バイクの運転のみに集中せざるを得ない。
あたりまえのことだけれど、バイクは自力では立っていられない。
常に乗る人間からのインプットが必要となる。

バイクの運転だけに集中して走っていると、いわゆる「無の境地」に近くなる。

バイクは常に「死」にさらされている。
高速で走るクルマの隙間をひらひらとかわしながら走り抜ける。
プロテクターを着用しているとはいえ、僕は剥き身だ。
クルマのような鉄の鎧があるわけではない。
エアバッグもABSもない。
僕は、イタリアからやってきた最高時速270キロの鋼鉄の馬に跨り、「無」と「死」の傍らで「禅」を感じる。

バイクに乗ること、それはすなわち「禅」ではないのか?

同じことを考えている人がいるのではないか、と思って検索してみたら、あった。

「禅とオートバイ修理技術」ロバート M.パーシグ (著)。

この本は、僕とは異なる視点ではあるけれど、「禅」と「オートバイ」について記述されている。
「オートバイ」ではなく、「オートバイ修理技術」。
ハーレダビッドソンで、米国の2級国道を走りながら、東西の哲学、真理の追究を行っている。
「ロードムービー的哲学書」な本。
ジャック・ケルアック的というか、1960〜1970年代のビートニクの空気も感じる。

デジタルな感性を持っているハズの僕が、1960〜1970年代年代のビートニク的な感性から離れられないのはなぜなのかな?


■禅とオートバイ修理技術 ロバート M.パーシグ (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839700524/
■路上 ジャック・ケルアック(著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309460062/


2004年08月23日(月) レーシック手術の6ヶ月検診

昨年の12月に受けたレーシックの6ヶ月検診を受けてきた。

6ヶ月検診なのに、既に手術後、8ヶ月めである。
眼が快調なので、レーシックの手術を受けた事すら、うっかり忘れていた。
レーシックの手術後、8ヶ月が経過した今となっては、メガネやコンタクトを使用しなくてはならなかった頃の感覚が良く思い出せない。
既に裸眼が当たり前の感覚になってしまっている。

今回の視力測定結果は、右1.2、左0.5だった。
医師によると、「手術後既に半年以上が経過しているので、だいたいこの辺りで視力は安定するだろう」、との事。
もし、今後、視力が下がる事があっても、3年間の再手術保障つきなので、視力が落ちた場合でも無料で再手術を受けることができる。

ハレーションはまだ少しだけど残っている。
夜間の信号の矢印が若干見づらい。
だいぶマシにはなったが、まだ完全にハレーショは消えてはいない。
僕がクルマやバイクに乗るのは、夜間がほとんどなので、気になるのかもしれない。
それ以外は全く問題がない。
だが、医師からは、「ハレーションは一般的には3ヶ月から6ヶ月でほぼ消えるので、完全には消えないかもしれない」、とは言われた。
夜間の信号の矢印が若干見づらい程度で、見えないワケではないので、それほど大きな問題ではない。

下記が僕のレーシック手術後の視力の変化である。

・手術翌日  ;右1.5、左0.5
・手術1週間め ;右1.5、左0.6
・手術1ヶ月め ;右1.0 左0.6
・手術8ヶ月め ;右1.2、左0.5

この程度の視力変化であれば、ほとんど誤差の範囲だろう。
手術前の目標視力は右1.0以上、左0.5以上だった。

レーシック手術の目的は運転免許の「眼鏡等」の限定解除だったので、問題なし。
片目0.3、両目0.7の基準さえクリアできれば良かった。

左眼の視力が悪いのは、僕が生まれつき弱視気味だからである。
弱視なので、レーシックの手術では治せない。

レーシックの手術には50万円ほどかかったが、確定申告で医療費控除を申請し、約10万円が還元された。

将来、攻殻機動隊みたいに義体化ができるようになったとしたら、僕はまっさきに義眼化手術を受けるだろう。
ズーム機能、二次元バーコード読み取り機能、デジカメ機能、赤外線暗視機能。
まあ、あと30年くらいはかかるだろうけれど。

■オクノ総研のレーシック関連のWEBLOG
2004年02月17日(火)  レーシック手術2ヶ月経過
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20040217
2003年12月19日(金)  ダブル限定解除
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031219
2003年12月13日(土)  レーシック手術の翌日検診
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031213
2003年12月12日(金)  レーシックの手術当日
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031212
2003年12月08日(月)  レーシックの手術前最終検査
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031208
2003年12月07日(日)  レーシックの適応検査に行ってきた
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031212
2003年12月04日(木)  今度はレーシックの手術だあっ!
http://www.enpitu.ne.jp/usr9/bin/day?id=99799&pg=20031208


2004年08月22日(日) 人工浜でボーっと過ごす

今日は葛西臨海公園でバーベキュー。
10年くらい前から遊んでいるメンバーである。
女の子達は、既に子供つき。
なぜだか、ダンナは連れてきていない。
僕もいつの間にか年をとったのだなあ。

僕は、インドア野郎のイメージが強いが、北海道で2週間のキャンプ生活も生活している。
子供の頃はボーイスカウトにも入っていた。
アウトドアでもMova, Foma, AirH"のいずれかが圏内であれば何の不自由もない。
ただ、修行が足りないので、電波の届かないところにはまだ行けない。

僕の家は横浜。
葛西臨海公園には、首都高神奈川線と首都高湾岸線を爆走すれば、40分程度で到着する。
距離はあっても実は近い。
第三京浜港北インター→首都高神奈川線→首都高湾岸線。
僕のクルマはETC装着車なので、最大の鬼門である大井料金所も楽々スルー、他の料金所渋滞も楽々スルー。
道路は夏休みの日曜日にもかかわらず空いていた。
あっという間に葛西臨海公園に到着。

葛西臨海公園は、10年位前、某社の宣伝部に所属していた際、水族館とのイベントタイアップの打ち合わせに訪れて以来。
以前はあくまでも仕事の打ち合わせだった。
今回訪れてみて、全体を見回して、あまりもの広さにちょっとびっくり。

葛西臨海公園は、首都高から下りてすぐだし、駅前だし交通の便も最高。
横浜の僕の自宅からでも、40分くらいで到着する。
駐車場も六本木や西麻布相場から考えれば、激安。
意外な穴場発見!

が、都の施設なので、何かとルールがうるさい。
僕たちは、バーベキューコースを予約していた。
食物、飲み物、器材、一切持ち込み不可。
ゴミは持ち帰り。

バーベキューといっても、その場で全ての食材を受け取り、器材を借りる。
ある意味、「セルフサービスバーベキューレストラン」なのであった。
野外焼肉屋というか。
良く言えば、食材、器材の全てが用意されているので、手ぶらでバーベキューができる。
スーパーお手軽バーベキュー。
まさにバーベキュー界のファミレス。

利用可能時間もきっちり決められている。
利用時間内までに借りた器材を洗浄し、返却しなくてはならない。
大人である僕たちは素直に、ルールに従った。

バーベキューが終わった後、僕は浜辺で、昨日ドンキで買っておいた、肱つきのディレクターズチェアー(998円)を広げた。
酔い覚ましもかねて、何時間だか、ボーっと海をただ見ていた。

海風のせいか、風が心地よい。
近所の公園とは快適度が全く違う。
暑くもない。

ただ、ボーっとしているだけ。
たまに、タバコを吸う。
マナーの良い僕は、携帯灰皿に灰を落とす。
クルマで来ているので、ビールは控えめ。

なんだか幸せ感がただよっている。
海はやっぱり何らかのパワーを秘めているのだろうか?

僕は、今日のために海パンも用意していた。
でも、葛西臨海公園は水遊び場であって、海水浴場ではないのであった。
大阪湾で泳いできた僕にとっては東京湾はきれいな水に見える。
浜辺にはゴミひとつ落ちていない。
僕が子供の頃泳いでいた、大阪湾、須磨海水浴場は、ゴミだらけだった。
割れたガラス等、危険物も散乱していたので、泳ぐときも、ビーチサンダルを履いたままだった。
関西に較べて、関東の海、河川の水質は良い。
僕にとって、海や川は変なニオイがする場所、という根源的イメージがあるのだけれど、東京湾でも充分きれい。

遊泳禁止なのであれば、海に入ってもしかたがないので、僕は海には入らず、砂浜で、ただ、ボーっとしていた。
何も考えず、ただただ、海を見つづけていた。

海のチカラってなんなんだろう。
明らかに癒しのチカラを持っている。
僕はバックバックのなかにiPodを忍ばせてたのだが、そんなものは全く必要なかった。
余計な音楽などいらない。
僕には波の音だけで充分だった。
ただ、海を見ながら、ボーっとしていれば良かった。

葛西臨海公園は超遠浅。
かなり沖のほうでも大人のひざくらいまでの水深しかない。
風呂より浅い。
2−3歳の子供たちも海に入って、よちよちと遊んでいる。
水遊び用に設計された人工浜なんだろうな、と無粋なことをちょっと考える。

砂浜でボーッとしつつ、PCを広げて何かを書く、という行為もなかなか良いのではないか、と思った。

今度は平日に、PCを持って一人で海で過ごしてみよう。


2004年08月21日(土) 「24時間テレビ」の募金をおサイフ携帯でやってみた

今年の「24時間テレビ」の募金は、おサイフ携帯のEdyを使って、ネットワーク経由で行なう事ができる。

僕は子供の頃、24時間テレビは「24時間連続で見つづけなくてはならないもの」と信じていたので、毎年、24時間の間、テレビにへばりついていた。
大人になった今は「今年の100キロマラソンの杉田かおるも、エンディングのサライが流れている時間ぴったりにゴールするのかな?」」などと邪悪な事を想像しつつ見てしまう。
もちろん、24時間連続で見続けたりはしない。
明日は海でバーベキューなので早起きしなきゃいけないし。
マイスリーを飲んで早く寝る。

が、これはおサイフ携帯のネットワーク経由決済の実験、としては格好のチャンスだ。
僕の心の中は黒くてドロドロしたもので溢れかえっているが、好奇心が邪悪さに勝り、「Edyチャリティー募金」をやってみることにした。

結論。

スゲー面倒くさい。

��bokin@ntv24.jpへ空メールを送る
��Edyチャリティー募金用のURLがメールで届く
�J膓睛僂�URLにアクセスし、募金の金額(100円、300円、500円)を選択する
��Edy決済開始メールが届く
��iアプリのEdyを起動し、募金の決済
��Edy決済完了メールが届く
��募金証明チャリティー待受け画像をダウンロード
�┘▲鵐院璽箸謀�える

最初に空メールを送らなくてはURLが分からない時点でヤな感じ。
個人情報を収集してるんじゃないか、と不安になる。
携帯サイトからであれば、直接募金URLにたどりつけるのではないか、と「24時間テレビ」の携帯サイトにアクセスしてみたが、そこにも空メールを送れ、という指示しか出ていない。
しかも、空メール用のメールアドレスは「mailto」タグをつけておけばクリックするだけで、簡単にメールが送れるのに、ベタに空メール用のアドレスが書いてあるだけ。
メールアドレスは手打ちかよっ。

ご褒美に貰える「募金証明チャリティー待受け画像」は異常に小さい。
QVGAのF900iCだと、画面の真ん中にちょこっと小さく表示されるだけ。
QVGAサイズに引き伸ばしてみたら、今度はボケボケに画像が荒れた。
そもそもEdyで募金が可能なFeliCa対応携帯は全機種QVGAだろっ!
新手のイヤガラセか?

セキュリティー対策なのか、オペレーションの問題なんだか、よく分からないのだけれど、もうちょっと何とか簡便な方法は取れないのか?
面倒くさ過ぎ。
それに明らかな仕様上のミスが目立つ。

Edy経由のネットワーク決済は、もうちょっとオペレーションの簡便化が必要だな、と思う。
何とかならんのか?

■24時間テレビ Edyチャリティー募金
http://www.ntv.co.jp/24h/mobile-charity02.html


2004年08月20日(金) 帰ってきたDucati

2ヶ月ほどまえから入院していた僕のDucati 998 Matrixが帰ってきた。


■Ducati 998 Matrix(日本には10台程度しか存在しないらしい)



僕のDucati 998 Matrixは燃料系のパーツに不具合が見つかり、イタリアからパーツが届くのをひたすら待っていたのだ。
交換したパーツを見せてもらったら、単なる金具。
ワンオフで作れるぞ、こんなもん。
イタリア人にはSCMという言葉を教えたい。
この金具のために、2ヶ月かよ・・・。

久しぶりにDucatiのエンジンをかける。
相変わらずの爆音。
排気量998ccのバイクでありながら、2気筒なので、1気筒あたり499cc。
「デロデロデロデロ、ドガドガ、バゴーン、ギュワーン!!」
といった音がする。
ビッグバイクというよりも2スト250の極太版みたいな音。
誰でも一度聴いたら忘れない特徴的な音。

マフラーの音はノーマルの段階で既に日本の法規ギリギリ。
たぶん、何か詰め物でもして、音量を下げているのだろう。
僕は「軽量化」のためにマフラーを交換したいのだけれど、Ducatiのリプレイスマフラーには日本の法規内の音量で収まるような甘っちょろいものは存在しない。
バイク雑誌にはDucati 998用のリプレイスマフラーの広告や特集があるが、実は全て違法品。
「公道用」ではなく、「レース用」として売られている。
僕はマンション住まいであり、深夜に乗る事も多いので、爆音仕様には興味がない。
ノーマルマフラー程度の音量の「公道用」の軽いリプレイスマフラーがあれば即買いなのにな。

2ヶ月ぶりなので、Ducati 998 Matrixに慎重に跨る。
走り始めて、5秒で感覚が元に戻った。

ひょえーっ、気持ちいいぜっ!

バイク屋から自宅へはワザと大回りして20キロほど走ってみた。
やっぱ、バイクはいいなあ。

この猛暑のなかでは渋滞に巻き込まれると地獄だけれど、幸い道路は空いていた。
走行中のクルマの間をマトリックスのトリニティー気分ですり抜ける。
車重200キロを超す大型バイクなのに、ヒョイッ、ヒョイッといった感じで軽く曲がる。

渋滞でもないのに、猛暑のせいで、水温計がぐんぐん上がる。
渋滞していたら、即、エンジンストールだろう。
このあたりはご愛嬌。
レーシングバイクに保安部品をつけただけのバイクだし。
日本の真夏の渋滞路をトロトロ走ることなど、ハナっから想定されていない。

バイクの運転は、クルマと違い、全神経を集中しなくてはならない。
考え事など、できない。
両手、両足、視線、頭をフル回転させ、爆走する。

僕はバイクに実用性を全く求めていない。
移動のためのツールでもない。
ただ、走りたいから走る。
ストレス解消の最強グッズ。

このバイクには、体力的に乗れなくなるまで、乗りつづけようと思う。

■Ducati 998 Matrix
http://www.ducati.com/scoopage.jhtml?area=bikes&scoopNum=087#


2004年08月19日(木) 会社のロッカーの荷物の撤去と「その子」ちゃん

会社のロッカーの荷物が撤去されてしまった。
会社のロッカーは平社員用の予約制のロッカーとマネージャー用の専用ロッカーがある。
僕の場合、マネージャー用の専用ロッカーがあるのだけれど、荷物が入りきらないので、平社員用の予約制のロッカーも併用していた。
そして、その撤去されたロッカーの荷物のなかには「ヤバいブツ」が入っていた。
が、マネージャーが使用できない平社員用のロッカーを使用していることがバレ、休職中という事もあり、ロッカー内の荷物が撤去されてしまったのである。

お金にドライな会社なので、荷物は「着払い」で自宅に送られてくることになった。
社員の仕事に関する事なのに「着払い」ってところが、すばらしい。
いい会社だなあ。

コンサル会社の平社員には専用の座席はおろか、ロッカーもない。
全て予約制である。
座席は、当日の朝にしか予約できない。
毎朝、椅子取り合戦が繰り広げられる。
ロッカーは1ヶ月間限定。
長期出張や、クライアント先常駐等で、予約延長ができなければ、荷物は即、撤去。

僕のようなマネージャーの場合、座席に関しては、10日程度先まで予約できるので、事実上は固定席。
場所に飽きたら、移動する。
でも、やっぱり予約は必要なので、毎週、座席の予約をしなくてはならない。
予約を忘れたら最後、出社したら、自分の席で他の人が仕事をしている、というハメになる。

コンサルティグの仕事には大量の資料等を使う。
ハンパじゃない量の資料。
当然、ロッカーだけには入りきらない。

なので、僕の席は、僕の近くの席で仕事をしているスタッフの荷物置き場と化している。
僕の場所を提供しなくては、荷物が収まりきらないのだ。
いつの間にやら、自分のプロジェクト以外のほかのプロジェクトのメンバーも僕の席に荷物を置いていくようになり、僕の席はダンボールだらけ、と化した。

荷物を撤去された平社員用ロッカーには「ヤバいブツ」が入っていたので、死守する必要があった。
僕は、ロッカー死守のため、日曜の深夜にこっそり、1ヶ月のロッカー使用期限を延長のため、クルマでオフィスに向かった。

が、しかし。

休職中の僕の社員カードは無効になっていた。
オフィスに立ち入るためには、非接触ICカードのカギ機能つきの社員証が必要である。僕は、髪の毛を金髪に染めているので、余計なことを言われるのを避けるため、日曜深夜、という誰もいない時間を狙ったのであった。
結局、平社員ロッカーの使用期限延長は断念。

ロッカーに入っていた「ヤバいブツ」とは、某上場企業の専務から僕の誕生日に送られてきたプレゼント。
その専務は僕の元上司。
そのプレゼントの名前は「その子ちゃん」という。
いわゆる、すなわち、つまり、オランダ妻人形と言えば良いのか。
空気で膨らますアノ例の人形である。
口を丸くあけているアレ。
ダッ○ワイフ。
僕はその「ヤバいブツ」を自宅に持ち帰るワケにもいかず、ロッカーのなかに入れていたのだ。

その某上場企業の専務からのプレゼントにはメッセージがついていた。

「この子は『その子ちゃん』といいます。かわいがってやってください。ちなみに付属していた下着は僕が頂いておいたので、別途購入してください」

ガーッ!!!。

自宅に置いておくワケにはいかないので、オフィスのロッカーに隠しておいたのである。

僕は、以前、別の上司から「電動コ○シ」をプレゼントにもらったこともある。
その時は、パッケージが書籍と同サイズだったので、机の上の本にまぎれこませていた。
僕の持っている資料を参照したいと思った女子社員が、僕の外出中に僕の机の上の書籍のなかに紛れていた「電動コ○シ」を発見してしまった。
オフィスには「悲鳴」が響き渡ったという。

僕の上司や元上司は、なんでこんなモノばかりくれるのか?

「その子ちゃん」が欲しい人がいれば、あげます。
ちなみに開封はしましたが、「未使用」です。


2004年08月18日(水) オクノ総研設立2周年!

2年前にはじめたオクノ総研もついに3年めに突入!
アクセスも1日平均500件〜600件、最高記録は1日1,600件!
月間アクセスも15,000件〜18,000件程度にまで成長しました。

ちなみに昨日のアクセス数は、1,463件/日。
本日は1,153件/日。
この1ヶ月で1日のアクセス数が1,000件を超えた回数は4回。
個人サイトとしてはまずますだと思う。

皆様、どうもありがとうございます。
これからも、戦略コンサルタントのサイトだと思って期待して読んでみると、がっかりするようなロクでもないことを書きつづけます。

サーチエンジンからのアクセスも相変わらず多いのですが、ブックマークやアンテナ、各種サイトでご紹介いただいているようで、大変、感謝しておりますです。

でも、サーチエンジン経由のアクセスの検索ランキングをみてみると、4位が「うんこ」・・・。
まあ、僕のサイトなんてその程度のもんなのでしょう。

世の中がいつの間にやらブログブームになってしまい、2ちゃんねるにさえ「ブログ板」が出来ています。
「オクノ総研WEBLOG」が「オクノ総研BLOG」ではなく、「オクノ総研WEBLOG」なのは、僕がこのサイトを始めた2年前にはまだ「BLOG」なんて言葉かなかったからです。
「WEBLOG」という言葉さえ一般的ではありませんでした。

僕はこれからもロクでもない文章を書きつづけます。
立派な文章は仕事で書かざるを得ないので、このWEBLOGは僕にとっての精神安定剤。

日によって、恐ろしくテーマに差がある文章を読みつづけてくださっている皆さんの根気には頭が下がります。
守秘義務上、コンサルタントとしての仕事に関する話題はほとんど書けないのですが、もうしばらくがまんしてください。
本職のほうでは、本にして出版します(したいです)。

では、これからも生温かく見守ってください。


2004年08月17日(火) おサイフケータイを買ってきた

先月、Preminiを買ったばかりなのだけど、やっぱりiアプリヘビーユーザーの僕としてはPreminiだけでは不便なので、F900iCをデュアルネットワーク契約で使うことにした。
Preminiをポケットに入れ、F900iCをカバンに入れておくデュアル作戦である。

なぜ、F900iCはお得意の発売日ゲットではないのか?

それは、ドコモの場合、機種変更は1ヶ月経たないとできないから。
Preminiを先月買ったので、1ヶ月が経っていなかったのだ。
購入価格は機種変更後6ヶ月未満なので、45,000円!ほどかかった。
高い・・・。
アホと呼びたければ、呼べ!
一般的にみた相対価格は高いが、ブルジョアの僕にとって、絶対価格としてみれば安いものなのだ。

これで、「世界最小のPremini」と「世界最強のF900iC」の二段がまえ、という最強のケータイ環境が整った。
カネで解決できる事はカネで解決する。
それが僕の信条である。

僕は株取引、PCメールのチェック、2ちゃんねる閲覧をiアプリを使って行なっていたので、iアプリがないPreminiだけでは大変困っていた。
最近はPDAを持ち歩かなくなり、携帯をPDA代わりにしてスケジュール管理をはじめとしたPDA機能を代用していたので、高機能の携帯がどうしても必要だった。
加えて、仕事上、最新のモバイル事情を熟知しておかなくてはならないので、Felica対応携帯を実際に使っている必要もある。

僕は、文献や資料による分析、インタビューだけに頼ったコンサルティングを行なわない。
自腹で最新の機器を買いまくり、最新のハイテク環境を自宅内に構築し、実体験をもとに通信、ハイテク関連のコンサルティングを行なう。
使ってもいない製品やサービスのマーケティング戦略や10年先までの経営計画策定なんて、実体験がないと、僕にはできない。
必然的に最新のデジタル機器は、自腹で購入する事になる。
僕はマネジャーなのでプロジェクトの経費として購入することもできる。
でも、僕は、自腹にこだわる。
自腹じゃなきゃ、本気で考えないから。
いわゆる人柱人生。

F900iCはさすがFOMA。
自宅のリビングではアンテナ3本立ちだが、ベットルームは既に圏外。
窓に近づけば何とかアンテナ1本立ち。
でも、そこはデュアルネットワークサービス。
寝るときはMovaであるPreminiに切り替えておけば良いのである。
デュアルネットワークサービスは何かとややこしい。
メール等も含めて、2台の携帯の情報をキチンと連携させておかないと何かと不便なので、うまくリンクさせるために試行錯誤を繰り返している。

ビックカメラで購入したので、ビックポイントを早速、F900iCに入れてもらった。
続いて、Edyにネットワーク経由で5,000円入金してみた。
クレジットカード(くどいようだがプラチナカード)を使用したので、クレジットカードのポイントも溜まる。
Edyはコンビニのam/pmで使える。
つい最近まで、自宅からの最短距離コンビニはam/pmだったのだけれど、潰れた。
会社の周辺はam/pmやEdy対応の飲食店だらけなので、復職したらEdyを使いまくりだ!
シャリーン、シャーリーンいわせまくるぞ。

僕は、F900iCのマニュアルを見るまで、FeliCa機能は対応のiアプリをいちいち立ち上げるのだと思っていたのだけれど、そうではない。
ただ単に、そのまま携帯をかざせばよいのである。
なんだ、実は便利じゃん。
Suicaも対応予定なので、いずれFeliCa対応携帯は必携になるだろう。

F900iCは予想外だったが、スケジュール管理ツールが充実していた。
待受け画面をカレンダーにしておけば、そこからそのままスケジュール管理ができる。
もはや、PDAなんて全く存在価値がないな。
F900iCはそこいらのPDAを既に超えている。
「運が良ければ」電話として使えることもある。
と、いいつつも僕は最新のPDAは買いつづけている。
PDAに関しては、また別途。

いつの間にやら携帯は、PC並に高機能になっていた。
どこまで、高機能化を続けるのか?
ああ、これは僕が各携帯電話会社に提案しなければならないのであった。

地上波デジタルのワンセグ受信に加えて、少なくともRFIDのリーダー機能の搭載は必須になるだろう。
携帯電話にRFIDのリーダー機能が搭載されれば、携帯電話の付加価値は飛躍的に高まる。
ただ、現時点ではコスト的に難しい。
QRもあることだし。
それにそもそもRFIDタグ自体がまだ普及していないし。

だけど、いずれはRFIDリーダーが搭載されるだろう。
と、言うよりも、僕がRFIDリーダーを携帯電話に搭載させ,普及させるために各携帯電話会社、政府に働きかける。

ドコモが言うところの「おサイフ携帯」は電子マネーだけを想定したものではない。
おサイフに入っている全てのモノを代用することにある。
おサイフは、現金以外にクレジットカードやポイントカード、免許証、各種の会員証等でパンパンに膨れ上がっていることだろう。
家やオフィス、クルマのカギもFeliCaで対応できる。
それらは全てカタチは違えど「情報」に過ぎない。

情報なのであれば、データとして携帯に格納してしまえば良い。
さっさとデータ化して携帯に入れてしまえ。
FeliCa携帯は、ハッキリ言って、売れていない。
だが、FeliCa携帯は普及すれば、とんでもないインフラになる可能性を秘めている。

DoCoMoは今後発売する携帯のほとんど全てをFeliCa対応にする。
ユーザーがFeliCa機能を欲しがるかどうかは別として、1−2年後には数千万台のFeliCa携帯が出回ることになる。
気がつけば、Felica携帯は社会インフラと化しているハズだ。

いやあ、またこれで、FeliCa関連のコンサルティング案件が僕に殺到してしまうなあ。
でも、僕は休職中なので、仕事は受けないのであった。


■イチから学ぶ、FeliCa携帯「Edyの使い方」
http://www.itmedia.co.jp/mobile/articles/0408/09/news007.html


2004年08月16日(月) 若手社員でも会社は変えられる(その2)

〜(その1)から読んでね〜

僕は5つの施策を考えた。

� ̄超抜浜�システムの徹底改善
�▲�ライアントサーバーソリューションの開発
�H稜簑緲�店活用と経営診断ツール
�た型猶超箸�話せるツール作りと経営セミナーの定時開催
�ケ超函■咤邸�販売代理店の再教育

� ̄超抜浜�システムの徹底改善
まず、システム部門にお願いし、企業情報のDBと営業情報管理システムの改善を行なった。
当時は、CRMという言葉もSFAという言葉もなかった。
僕がやろうとしたのは今で言うまさに、CRMとSFAのシステム構築である。
システム部門は、営業が既存のシステムを全く活用してくれない事を嘆いていた。
当時の営業部門はそれぞれの営業部ごとにバラバラのフォーマットで営業の管理を行なっていた。
僕は事業部内で唯一の営業システム利用者だったのだ。
システム部門は、僕の営業システム改革の依頼を大喜びで、引き受けてくれた。
僕は、システム部門と議論しながら、数ヶ月かけて従来システムを全て変更した。
事業部のシステム部門のユーザーは事実上、僕ひとりだったので、僕の意見は全面的に受け入れられた。

�▲�ライアントサーバーソリューションの開発
外部のシステム開発会社を何社か回り、ソリューションの「型」をつくってもらった。
中型サーバーの情報をミドルウエアを介して、PCに落とし、PC上のEXCELのマクロやVBAを使って、ボタンを押すだけで、経営情報のグラフが表示できるソリューションを作った。
外部のシステム開発会社とは協業、という形にしたので、お金はかかっていない。
協業会社は自社が保有しているミドルウエア製品が売れれば良かったのだ。
このソリューションを使えば、ダム端末と呼ばれるただの表示ディスプレイにキーボードがついただけの端末が、一斉にPCに置き換わる。
加えて、サーバー側の機能もフル活用することになる。
フル活用されるにしたがって、サーバーはどんどんアップグレードされるはずだ。

�H稜簑緲�店活用と経営診断ツール
販売代理店の営業はヤンキー上がりのにいちゃんとかもいて、とんでもなくレベルが低かった。
僕は既に社内に存在していたが、まるで活用されていなかった簡単企業診断ツールを発見した。
アンケートに答えていくと、自動的に企業の改善点が、ビジュアルとともに即座にプリントアウトできる、という優れモノだった。
ビジネスショー等のイベント会場等でのみ使われていた。
僕はこの企業診断ツールに目をつけた。
できあがってきた新営業情報システムを活用し、有望そうな顧客リストを抽出し、アンケート部分のみをDMにして数万通送った。
アンケートに答えると、診断結果と記念品がもれなくもらえるようにした。
そして、診断結果と記念品は手渡し。
郵送はしない。
代理店営業が、直接、診断書と記念品をもって、クライアント候補を訪問する。
同時にクライアント企業の企業情報を帝国データバンクのDBから引き出し、一緒に営業担当者に渡した。
既に診断書が出ているので、話はしやすい。
即座に、システム改善の提案を開始できるようになった。
しかも、僕は診断結果は�△離�ライアントサーバーソリューションに結びつくように細工をしていた。

�た型猶超箸�話せるツール作りと経営セミナーの定時開催
上記の診断ツールに加えて、会社のセミナールームにクライアント候補を連れ込む必要があった。また、新人が話すネタ作りが必要だった。
僕は、数ヶ所存在していたセミナールームでそれぞれ月に1回のペースで「経営セミナー」を開くことにした。
ワザとシステムの話ではなく、経営セミナー、という形を選択した。
社内で暇そうにしていたコンサルタントのおじさんに僕の戦略を話し、講師をお願いしたら、二つ返事で受けてくれた。
これで、新人営業は、キャンバスコールや初対面のクライアント訪問に、セミナー案内、という大義名分ができた。
��の診断書とあわせて、経営セミナーの案内状をクライアントに持っていけば、簡単にセミナーに案内できるようになった。
クライアントがセミナールームに来たら最後、そこには百戦錬磨の営業が待受けている。
そして、経営セミナーでは、経営の話に加えて、�△悩遒辰織�ライアントサーバーのしくみのデモを行なった。

�ケ超函■咤邸�販売代理店の再教育
�,�ら�い砲茲蝓△靴�みはできた。
最後は、営業、SE,販売代理店の再教育。
しくみができても、使われなくてはならない。
僕は数多有る営業部を行脚し、�,�ら�い砲弔い討諒拔�会をして回った。
同じ営業部でも浸透するまで何度もしつこく勉強会を行なった。
事業本部長にお願いし、勉強会には、出席を必須にしてもらった。
SEにはクライアントサーバーシステムの勉強会を別途用意。
デモシステムも各営業部に配布した。
その頃には、賛同者も増え、僕は既に一人ではなかった。
ヴァーチャルではあったけれど、社内外で構成されたチームができていた。

� 銑イ里靴�みはうまく機能した。
僕の所属してい事業部はビリから全国で最も売れる事業部になった。
そして、モデルケースとして僕のしくみは全国に展開されていった。
もともとは、僕が「大嫌いだったキャンバスコールをいかにやらなくては済むか?」というところから始めた個人的な活動だったのだけれど、1年後には、僕の所属していた800人で構成される事業部そのものの改革になり、噂が広まり、全社営業改革になっていった。
上司からの指示で始めた活動ではない。
最初は、単に僕が「楽をしたかった」がための行動だった。

それから僕は、オクノ総研の前身とも言える個人ニュースレターを勝手に作り始め、800人の営業部隊に対して、発信をはじめた。
年間に50本以上、僕の個人ニュースレターが営業部隊に流れた。
僕の個人発行のニュースレターは会社のお知らせ用の掲示板にも貼られていた。

結果はもちろん、僕の7000台の目標はクリア。
続いて、僕は、社長賞をもらうことになった。
特別報奨金をもらい(お世話になった方々と大宴会を開き全額散財)、シンガポールへのご褒美旅行もオマケについてきた。

若手社員にだって、会社を変えられる。
行動する前に、戦略を練ることが重要だ。
とことんまで考える事。
若手社員には部下もいなければ、予算もない。
使えるのは自分の手と足と頭だけだ。
僕は最初は一人だったけど、徐々に賛同者が増え、最後には事業部全体、全社営業部隊を巻き込むこととなった。
戦略が正しく機能すれば、人も結果もついてくる。
若くて権限がないから、なんてことは言い訳にはならない。
勝手にやってしまえば、良いのだ。
部下も予算もなくても、考え抜いたうえで、行動することにより、会社を変える事ができる。

これは、僕が将来戦略コンサルタントになることになろうとは夢にも思っていなかった、25歳、入社3年めの時の話だ。

P.S.
同僚の皆さんへ
僕は法人営業改革も代理店営業改革もBPRも戦略コンサルタントとしてはやりません。
でも、皆さんがベストプラクティスだと信じて研究している某社のしくみの基本を作ったのは僕です・・・。


2004年08月15日(日) 若手社員でも会社は変えられる(その1)

僕は、25歳、入社3年めのとき、バブル期の本社宣伝部という天国から、中小企業担当の営業という地獄へと人事異動の辞令が下った。
現場を知れ、という事だろう。

僕のミッションはパソコン、PCサーバー、UNIXサーバーを年間7000台売る事。
チーム目標ではない。
個人目標である。

営業は初めてだったので、まずは当時の営業のやりかたに素直に従った。
キャンバスコールと呼ばれる、いわゆるドブ板営業である。
雑居ビルを見つけたら、一番上の階へエレベータで昇り、上の階のオフィスから順番に絨毯爆撃的に訪問する。
1日の訪問件数は20から30件。
ほとんどの会社は、ただの支社だったり、システム担当者が存在しなかったり、玄関で追い払われたりして、全く売上にはつながらなかった。
新人営業の僕にとっては、運良くシステム担当者と会えたとしても、それぞれ事情が異なる企業相手に何を話せば良いのかが、全くわからなかった。
ドブ板営業は、精神的にもつらい。
これでは、7000台の目標など、絶対に達成できない。
当時はバブル崩壊直後で、バブル期に採用された大量の新人営業がいたので、数打ちゃ当たる方式の営業と既存顧客からの売上で事業部としては、何とかなっていたのだ。
だが、僕の所属していた事業部の営業成績は全国でビリだった。

僕は、仕事のやりかたに疑問を感じた。
いくらなんでもアホ過ぎる。
それに、僕はキャンバスコールが大嫌いだった。
精神的にも肉体的にも辛い。
効率が悪すぎる。

営業経験のない新人営業の僕は「当たり前」とされてきた従来の営業手法に強い疑問を感じた。
仕事をサボって、横浜の元町プールのベンチでビールの500ミリ缶を片手に水着のおねいちゃん鑑賞をしていた僕は、決意した。
「キャンバスコールなんて、止め止めっ!」
もっと涼しいところで楽に営業できる方法を考えよう。
僕は、キャンバスコールを止めて、戦略を練ることにした。

まず、システムの知識が全くなかったので、猛勉強した。
そして、当時(90年代初期)は「クライアントサーバーシステム」がブームになりかけていたこと、単体売りではなく「ソリューションビジネス」に移行しようとしていたこと、「経営者がいつでも簡単に経営情報を取れるシステム」が求められている事、がわかった。
そして、このアホなキャンバスコール、営業のやり方の課題を洗い出した。
自分で売ることよりも、他の営業や販売代理店の「他人の力を使って勝手に売れるしくみを構築すること」が必要だと思った。
自分ひとりで、中小企業相手に7000台ものシステムが売れるワケがない。
また、当時、大量増殖した新人営業が、キャンバスコールを行なっても、そもそも「話すネタがない」ということに気づいた。

(その2に続く)


2004年08月14日(土) 僕が本当に好きな映画は・・・

僕は人からよく「好きな映画は何ですか?」と聞かれる。
マニアックな答えを期待されているのは明らか。

「バックトゥーザフューチャーかなあ」と僕は答える。
僕は他人の期待に応えるのは嫌いだ。
質問した相手は、100%の確率で怪訝な表情を見せる。
続いて「次に好きなのは爆発系のハリウッド映画かなあ」
実際に僕は「バックトゥーザフューチャー」も「爆発系のハリウッド映画」も好きである。

バックトゥーザフューチャーは、デロリアンは出てくるわ、マイケルJフォックスが1950年代の設定のなかで、ヴァン・ヘイレンみたいなギターを弾くわ、子供が見ても面白い内容で、完璧に近いエンターテイメント映画だと僕は思う。

爆発系のハリウッド映画とは、バカスカ爆発シーンがあって、地球上のどの民族が見ても理解できるレベルのストーリー性を持つ映画。
シルベスタ・スタローンやアーノルド・シュワルツェネッガーが主演しているようなアホ映画である。
もし、僕が映画評論家だったら、爆発マークで5段階評価を行なうだろう。

が、本当に好きな映画、何度も繰り返し見つづけている映画は、ちょっと違う。
僕が本当に好きな映画ベストテン!

�〇�計じかけのオレンジ
�▲屮譟璽疋薀鵐福�
��マックスヘッドルーム(TVシリーズ)
�す恭無‘安癸咤腺叩複圍屮轡蝓璽此�
�ゥ供Ε札�
�Ε肇譽ぅ鵝Ε好櫂奪謄�ング
�Д織�シードライバー
�┘好肇譽鵐献磧次Ε競鵝Ε僖薀瀬ぅ�/ダウン・バイ・ロー
��ビデオドローム
��裸のランチ

と、いったところが本音の部分で好きな映画である。
こんな映画が好きだと僕が言ったら、合コンでは絶対に盛り下がる。
マニアックとは言えないまでも、偏った趣味であることは間違いない。
なので、僕はいつもボケた回答しかしない。
一応ウソじゃないし。

では、ウザいと思うけれど、各映画についての僕の一言コメント。

�〇�計じかけのオレンジ
キューブリックの名作バイオレンス近未来SF。僕がはじめて見た頃は、暴力シーンが多すぎる、という理由で日本ではビデオ化すらされていなかったので、海外にいる友人にビデオを送ってもらって見た。今のワカモノは普通にDVDで見れていいなあ。僕は、この映画を見る度に傘で人を殴りたくなる。

�▲屮譟璽疋薀鵐福�
はじめて見たのは中学時代。サイバーパンクの元祖、原点、総本山。リドリー・スコット監督作品。原作は、フィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか? 」。一体何度繰り返して見たことか。僕は5回目くらいで、やっとこの映画の本質的素晴らしさが分かった気がする。今の近未来モノの映画は全てブレードランナーが原点。超メジャーなので見たことのない人はいないと思うが、1回観ただけではこの映画の本質はわからない。最低3回は観るべし。

��マックスヘッドルーム(TVシリーズ)
大学時代にミニシアターのレイトショーで映画版を見た。その後、TVシリーズがビデオ化されたので、全巻5回以上見ている。日本ではNHKで1990年頃に「未来テレビ局・ネットワーク23」というマヌケなタイトルで放映された。アート・オブ・ノイズのパラノイミアのビデオクリップにも登場。「20分後の未来(20 Minutes into the future)」という最初のテロップだけで僕は逝ってしまった。

�す恭無‘安癸咤腺叩複圍屮轡蝓璽此�
押井作品の攻殻機動隊映画版、イノセンスよりもTVシリーズのほうが実はおもしろい。ここ最近の僕のテクノロジーや思想に最も影響を与えたと言っても過言ではない。TVシリーズだからと言ってバカにしてはいけない。菅野よう子のサウンドトラックも良し。アニメだからといって、バカにすると恥をかくぞ。タチコマのラジコンが発売されたら即買いなのになあ。

�ゥ供Ε札�
映像の美しさでは最強。ビデオクリップの巨匠、ターセム監督作品。僕は、この映画を見た後、あまりもの映像のスゴさに圧倒され、クリエイターの友人達に「見ないと死ぬぞ」と電話やメールを送りまくった。世間では2時間のMTVビデオクリップ、みたいな評価がされているが、2時間も最強のビデオクリップを見れるのだ、映像好きならDVDを買って永久保存しろ!

�Ε肇譽ぅ鵝Ε好櫂奪謄�ング
映画を見る前に、原作本のほうを先に読んでいた。僕的には1990年代の「ライ麦畑」(異論続出覚悟)。結論を言えば、原作本のほうがおもしろい。ジャンキームービーとしては一番好き。オクノ総研のトップページはオレンジ、白、灰色で構成されているが、これはトレイン・スポッティングの原作本の装丁のパクリ。アンダーワールドを世界的アーティストに押し上げた映画でもある。

�Д織�シードライバー
はじめてみたのは、小学校低学年。最近、深夜にTVでやっていたので見てみた。デ・ニーロ、いいなあ(しみじみ)。孤独と暴力、ワケのわからない正義感。超メジャー作品なので、見たことのない人はいないと思う。大人になって観て、ようやく理解できた気がする。

�┘好肇譽鵐献磧次Ε競鵝Ε僖薀瀬ぅ�/ダウン・バイ・ロー
ジム・ジャームッシュのモノクロ映画2連発。学生時代に3本1000円で見れる映画館で見た。残りの1本はリトルショップオブホラーズだった。この映画に出てくる「TVディナー」というTVを見ながら食べられる冷凍食品が食べたくて、輸入食品屋を探し回った。手に入れることはできたけれど、電子レンジのサイズが合わず、電子レンジを大きなものに買い換えた。

��ビデオドローム
デイビッド・クローネンバーグ監督作品。学生時代の僕はクローネンバーグがマイブームだった。そのなかのイチオシがビデオドローム。ちょっと難解系が入っているので、興味のない人は見なくても良しとする。

��裸のランチ
原作はドラッグの神様、ウィリアム・バロウズ。映画版の監督はこれまたクローネンバーグ。でも原作の凄さにクローネンバーグの負け。僕は一時期、ビートニクにハマっており、バロウズ以外にもケルアックやギンズバーグを読み漁っていた。実はオクノ総研のドメインであるwww.junokuno.comの前には、www.beeet.com というドメインを保有していた(既に放棄)。噂によると「裸でランチ」というアダルトビデオがあるらしい(未確認)。

このリストのなかで、見ていない映画があったら、夏休みの宿題としてきちんと見ておくように。


2004年08月13日(金) 「外側」から見た富士通

「内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 城 繁幸 (著)」を読んだ。
僕の家の近くには、富士通のビルがあるせいか、近所の本屋には5列平積み。
本の内容はいわゆる内部告発本。
富士通の裏事情が詳細に書かれている。
ただ、著者が若いペーペー社員だったと見受けられるせいか、「傍観者」としての愚痴本に見えた。

おかしい、と思ったらなぜ行動しない?
僕は、新入社員研修の最後の感想を書く際、ただ一言だけ「ち○かす」と、書いた。
おかげで、六本木の本社勤務だった僕は、川崎の研修センターに呼び出された。
僕は一歩も引かず、「お茶くらい出せや」とか「ここまでの交通費を出せや」とか「通常勤務が忙しいのに呼び出しやがって、残業代をよこせ」などと言った暴言を吐きつつ、ロジカルに研修の問題点を指摘してきた。
本当に会社を良くしたい、と考えるのであれば、退職してからではなく、在職中に書け!

でも、よくこんなに企業の内情を書けるなあ、と感心もする。
通常、企業を退職しても守秘義務はあるだろうに。
ここまで売れてしまうと、富士通としても訴訟を起こしにくいだろうから問題ないのかもしれないけれど。

僕は、以前、富士通が最大のライバルと捉え、かつ目標とする企業に在職していた。
また、仕事上、富士通の社員と接する機会も多かった。
富士通だけではなく、日立、東芝、NEC、IBM、ソニー、松下といった、IT系の企業との社員とのつきあいもある。

そのなかで、富士通社員は圧倒的に印象が悪い。
結構な人数の富士通社員と話をする機会があったが、僕は誰も好きになることができなかった。
正直、僕の中では富士通はつきあいたくない企業、ダントツのナンバー1である。

僕がコンピューターメーカーで営業をやっていたとき、富士通とのコンペになることが多かった。
その際、富士通は決まって、めちゃくちゃな見積もりを出していた。
僕が出す見積もりの10分の1、というめちゃくちゃな見積もりである。
これは、とりあえず仕事を受注してしまえば、後から追加でガンガン請求しまくれば良いという発想からきている。
そして、きちんと提案内容を検討していない、ということの証明でもある。
まじめに提案書を作ったら、どうやってもそんな見積もり金額は出てこない。

僕は、あるポータルサイトの仕事のコンペで、富士通に負けた。
富士通のめちゃくちゃな値引きに負けた。
クライアント曰く、提案内容では、比較にならないくらい僕のほうが上だったらしい。
でも、見積もり金額の差が極端に違う、という理由で僕は敗退した。
そして、半年後。
負けたクライアントから電話があった。
「富士通さんは、あれはプロトタイプを作るつもりの金額でした。今、作っているものもプロトタイプです。本番サイト構築のためにはXX億円必要です」と、言い出したらしい。
あり得ない話だが、僕が実際に体験した話である。
クライアントを半年間騙していたのだ。
クライアントは、怒り、「大変恐縮ですが」といって、僕にそのプロジェクトの仕切り直しを依頼し、僕が当初出した見積もり金額で仕事を発注してくれた。

IT業界では、富士通の「初期は安く受注して、後でガッポリ回収する」営業モデルは常識として誰でも知っていることである。

そして、僕は富士通との協業も何度かやろうとした。
オープンシステムの時代なので、IT業界での呉越同舟はよくある事。

が、僕が今まで接してきた富士通社員は全て「ゴーマン」だった。
交渉ができない。
100%自分達の意見を通そうとする。
富士通社員は「自分達は、技術、システム構築力、営業力の全てにおいてナンバーワンなので、お前らは俺たちの傘下に入れ」と。
サブコンストラクターでじゅうぶんだ、と。
僕もナメられたものである。
あのような不愉快な交渉は富士通以外では経験したことがない。
その、株価とも企業業績とも全く連動していない、自信はどこから来るのか?
結果として、僕の富士通との協業交渉は全て、破談となった。
交渉の余地がないのであれば、交渉などできない。
複数のプロジェクトで何回も同様の交渉を行なってきたが、全て同じだった。

富士通ってマジでやばい会社だと思うよ。

■内側から見た富士通 「成果主義」の崩壊


2004年08月12日(木) アトラクションとしてのセルフスタンド

最近、自宅の近所のガソリンスタンドが全て「セルフ」に変わってしまった。
バイク(Ducati998 Matrix)の場合は、セルフのほうが便利なのだけれど、クルマ(AudiTT クワトロ)の場合は、セルフじゃないほうがありがたい。
ガラスやミラーも拭いてくれるし。
洗車もいつもガソリンスタンドでの「手洗い」だった。
洗車機に自分のクルマを通したことは一度もない。
だが、給油だけではなく、洗車までセルフになってしまった。

自宅周辺にはもはや「セルフ」スタンドしか存在しない。
戦略の変更が必要である。
セルフ給油とセルフ洗車を受け入れなくてはならない。

セルフ給油に関しては、僕の自宅の近所のガソリンスタンドではスピードパスが使える。
スピードパスとは、ガソリンスタンド版のSuicaみたいなもの。
RFIDが内蔵されたキーホルダーを給油機にかざせば、クレジットカード決済ができる、というもの。
米国では普及しているらしい。
日本では、僕の自宅周辺で普及している。

クルマの場合はクレジットカード決済と対して変わらないけれど、バイクの場合には便利。
バイクの場合、グローブを装着しているので、サイフを取り出すのは面倒。
が、スピードパスであれば、バイクのキーについているスピードパスを給油機にかざすだけで決済が完了するので、楽ちん。
しかも、キャンペーン中らしく、スピードパスを使った決済だと、ガソリン価格が安くなる。
休職中で、貧乏な僕にとってはありがたい。

次は、クルマの洗車。
子供の頃、セルフの洗車場が実家の近くにあり、父親が洗車をするときには必ずついていった。
クルマに乗ったまま、洗車機の中に入る。
嵐のような水の噴射とぐりぐり回る洗車スポンジ。
子供の頃以来、体験していないセルフ洗車機をTTに乗ったまま使ってみた。

ひょえ〜っ!

嵐のような水攻撃、ぐりぐりと回りながら迫ってくるスポンジ。
ぐりぐりと迫ってくる。
そこいらのしょぼいテーマパークよりも迫力がある。

ディーラーから、「洗車機にはかけないでください」と言われたワケが良くわかった。
僕のクルマは一回6万円のポリマーコーティングを既に3回もやっているので、少々のことでは大丈夫かと思っていた。
だが、このスポンジのぐりぐり度を見ていると、さすがにこれはボディーに傷がついてもしかたがないだろう、と思った。

うはははは、とセルフ洗車機から出ると、TTのミラーが曲がっていた。
TTは、ゲルマン人がラテン人になったつもりで作ったクルマ。
国産車のように、自動的にミラーが閉じたりするような、気の効いた機能はない。
洗車後は、しっかりとラテン人が勝っていた。
僕は洗車後、ミラーをチカラ技でガコンと元に戻した。

いや〜すごいパワー。
「アトラクション」としては、申し分ない。
ミラーは、ガコンとやれば手で元に戻るし、ボディーの塗装は既に三層の焼き付けポリマーコーティングだし、今後もまた年に1回くらいのペースでコーティングとバフがけをする。
面白かったので、またセルフ洗車機を使いたい。
それに手洗いだと2000円だけど、セルフの洗車機だと300円。
今度は、おねいちゃんを横に乗せて、セルフ洗車機を使いたい。

でも、良く考えてみると、ガソリンって、ミネラルウォーターよりもずっと安い。
ガソリンは1リットル110円前後。
ミネラルウォーターは500ミリリットルで150円程度。
しかも、ガソリンの半分は税金である。
ガソリンの1リットルあたりの原価は50円程度に過ぎない。
初期投資がかかっても、セルフ化せざるを得ないのかな。

セルフスタンドを「アトラクション」として楽しみながら、何か変だぞ、と思う僕なのであった。

■スピードパス
http://www.speedpass.jp/


2004年08月11日(水) 正しい文章を書きたい

どうも最近、僕の文章が乱れているような気がする。
最近、といっても、もうここ数年くらい文章が変になっているので、2年前にはじめたこのWEBLOGに書いている僕の文章は全て、乱れた文章である。

これはイカン。

僕の大学での専攻は、「新聞学」である。
ジャーナリストになりたかったワケではない。
「メディア」に興味があったのだ。

僕はメディアや記号論を中心にお勉強をしていた(来年から専攻名が「新聞学」から「メディア学」に変わるらしい)のだけれど、「新聞学」専攻なので、正しい文章の書き方については、かなりの訓練を受けた。
お題を出されて、20分以内で文章を書く、といった演習を4年間続けた。

そのせいか、今でも文章を書くのは速い。
このWEBLOGを1本書くために要する時間は、10分〜20分。
結構、長めの文章を書いているときもあるけれど、せいぜい20分程度で書いている。

書くスピードは維持しているのだけれど、日本語として正しい表現か?、正しい文章になっているか?、と考えると、かなりひどい文章になっている気がする。

と、いう事で文章をもう一度勉強し直すことにした。

僕の場合、何事を始めるに際しても、まずは道具のお買物から始まる。

・共同通信社の「記者ハンドブック・新聞用字用語集」
・シャープの46冊の辞書入りの電子辞書
・正しい文章を書くためのノウハウ本

共同通信社の「記者ハンドブック・新聞用字用語集」は、アホが読んでも理解できる文章を書くためには必須の本である。
新聞記者やジャーナリストは必携。
辞書みたいな本なのだけれれど、手もとには必要。
「コンピュータ」 VS 「コンピューター」、「マネージャー VS マネジャー」、「終わり VS 終り」等々、正しくはどっちだ?と、迷った際に便利。
共同通信社のルールが提示されている(朝日新聞社も同様の本を出しているが、ルールが微妙に違う。僕は、共同通信社のほうが正しいルールを提示していると思う)。
ただし、あくまでも新聞でのルールなので「ヴ」などの表現はダメと書いてあったりするので、新聞的には「ヴァン・ヘイレン」が「バン・ヘーレン」となってしまう。
バカ正直に従うべき本ではない。

次に、シャープの46冊入りの電子辞書。
英語辞書は電子辞書、PC用ともに多用していたけれど、日本語系の辞書が欲しかったので、買い増した。
機種を選ぶのが面倒だったので、「ジャパネットたかた」のCMでやっている同一モデルをビックカメラで購入。
「ジャパネットたかた」モデルは「魔法の粉ベーキングソーダ」等のいらん追加辞書をつけており、ビックカメラのほうがポイント20%還元で安かったので、ビックカメラで購入した。

「正しい文章を書くためのノウハウ本」は決定打、みたいな本は見つかっていない。
本屋で、片っ端から文章書きのノウハウ本を買い、読んでいる。
だが、「まずは、あなた自身を見つめ直す事」、みたいな精神論だったり、「何を今更」という内容が多く、ほとんど役にたっていない。

バーバラ・ミント著の「考える技術・書く技術 」を10回読んだほうがすっと役に立つ。
僕にとって、この本の「考える技術」の部分は何度も読み返し、「肉体化」(注)
されている。
戦略コンサルタントという職業は、この「考える技術」を完璧にマスターしていれば、じゅうぶん務まる。
逆に言えば、「考える技術」が肉体化されていない戦略コンサルタントはクソである。
戦略コンサルタントおよび、戦略コンサルタント志望者は10回読め!
そして、肉体化するために実践せよ!

でも、「書く技術」はたくさんの文章を書きなぐり、できる限り他人の目に「恥をさらすこと」が重要なのではないか、と思う。
僕のWEBLOGのように本名で書き、恥をさらしつづければ、練習になるぞ。


注;「肉体化」
オクノ総研総裁の造語。意識しなくても、無意識のうちに繰り出せる技のことをいう。クルマやバイクの運転技術にも同様のことが言える。オクノ総研 総裁は「Adobe PhotoShop」「Macromedia Director」を恐るべき速度(赤い服を着れば3倍)で操作できる。

■共同通信社 記者ハンドブック[第9版]
■考える技術・書く技術 (著)バーバラ・ミント


2004年08月10日(火) Blogのため文体とは?

僕は、紙媒体のための文体と、Blog(WEB)のための文体を明確に使い分けている。

このWEBLOGのアクセスログを解析すると、1ページあたりの滞在時間は1分以内が6割近い。
10分以内が3割。
短時間で読みきれる文章表現が必要なのだ。

このWEBLOGを書きながら、WEB、すなわち、PCの画面で読まれる文章、短時間に読める文章、とは何ぞや?と、常に自分に問いかけてきた。
今も試行錯誤中だけれど、結果として、現状のWEBLOGの文体、表現がある。

現時点でのWEBのための文章、短時間で読まれる文章、読み捨てられる文章としての表現として意識している点がいくつかある。

・一文を短く書く
・段落を短くする
・段落ごとに空白行を入れる
・「しかし」、「そして」、「また」のような表現はできる限り排除。もしくは、重複させない
・構造は「A but B ≒ C ≒ D」

構造については、少し説明が必要かと思う。
僕の文章の基本は上記の通り、「A but B ≒ C ≒ D」である。

「A;最近XXである」 『が、しかし』「B;XXになってしまった」『なので』「C;XXなのだ」『と、いう事で』で「XXである」

これが、僕のこのWEBLOGの文章構造の基本形。
「起承転結」というよりも、「起転結結´」である。

基本的に短時間で読み捨てられる、WEBで書くためには、正しい「起承転結」では、最後まで読んでもらえない。
「起承転結」の「結」をできる限り前に書く必要がある。
結論を文章のできる限り頭に書かなければならない。

WEBメディアでは、簡単に読める、すぐに理解できる、結論を先に持ってくる、という文章表現が必要なのではないか、と思う。
あくまでも仮説だけれど。

まだ確立されているとは言えないけれど、WEBのための、Blogのための、文章表現の型というものは存在すると思う。

まだまだ、僕の試行錯誤は続く。


2004年08月09日(月) 僕の睡眠サイクルは36時間

休職してみてわかったことがある。

それは、僕の体内時計のサイクルが約36時間である、という事。
体内時計が36時間サイクルだと、一応、2日に一回は、起床時間、就寝時間が普通の人と同じになる。

今の僕は、起きる時間も寝る時間も自由。

朝、6時に起床し、そのまま翌朝の午前5時から7時頃まで起きている。
そして、起床時間は午後2時から3時頃。

午後3時に起床すると、そのまま自然に放っておくと、翌日の正午頃まで、起きていそうなものだけれど、マイスリーを使って、その日は午前0時過ぎくらいには眠る。

すると、睡眠時間が多すぎるので、翌朝は、午前6時頃には目が覚める。
そして、また、翌朝5時から7時まで起きていて、午後2時から3時に起床。

その日は、またマイスリーを使って、午前0時就寝。
翌朝は、午前6時起床。

これが、ここ1ヶ月くらい続いている。

一般的に人間の生物的生活サイクルは24時間ではなく、25時間である、といわれている。
僕の場合は、それが36時間サイクルあたりにあるようなのだ。
体内時計のサイクルが36時間、といってもそれは、だいたい36時間程度、というだけのもので、そもそもの僕の体内時計は完全に壊れている。

僕は、海外に出かけても、時差ボケが全くない。
体内時計が、もともと壊れているからである。

今まで、マトモなサラリーマン生活を送ってこれたのは、単に、平日の睡眠時間を削っていただけである。
放っておけば朝まで眠れない身体を、酒や睡眠薬で午前3時か4時に無理やり眠らせ、3時間ほど眠って、強引に午前7時に起きる。
週末に足りない睡眠を少しだけ、補充する。

10数年かかって、僕の身体は少しずつ壊れていった。

やっぱり、マトモな社会人生活に戻るのはなかなか厳しそうだ。


2004年08月08日(日) ゲームは一日10時間まで

僕は、「ゲームは一日10時間まで」、という個人的ローカルルールを定めているのだけれど、なかなか守れない。
小学生ならば、「ゲームは一日2時間まで」、なのだろうけれど、僕は大人なので、まあ、その5倍程度ならば、と思って定めたルール。

僕がはじめて、ゲーム機を買ってもらったのは、今から20年以上前の小学校5年生頃。
テニスゲームだった。
スペースインベーダーもまだ出ていない時代の頃だ。

アホで凝り性の子供であった僕は、ゲームにのめりこんだ。
その後、中学生時代は3年間で1日も休まず、ゲーセンに通い続けた。
インフルエンザや台風で学校が休みになった日も、お盆も正月も関係なかった。

が、その後、高校生になった途端、僕の興味は音楽に移ってしまい、ゲームからは遠ざかっていた。
僕は、のめりこむときのエネルギーも相当だが、飽きると、あっという間に興味を失う。

それから何年かが経ち、僕はサラリーマンになった。
仕事上、なぜだかゲーム機メーカーやゲーム開発会社の方々と仕事をする機会が多かった。
僕は、「仕事上」やむなく、とりあえず、FFとかドラクエ程度はやっておかなければならないな、と思った。
あくまでも「仕事上」である。

「仕事上」必要なので、僕は睡眠時間を削ってゲームをやり続けた。

会社を変わり、ゲームは仕事とは関係なくなった。
だが、いわゆる「大作」と呼ばれるゲームは今でもやり続けている。
高校、大学時代のいわゆるファミコン全盛期をすっ飛ばしているので、ファミコンミニのような復刻版ゲームは、やらざるを得ない。
リアルタイムで聴いていない音楽を聴くかの如く、僕は復刻系のゲームをやりつづけている。

僕の場合、ゲームも一種の仕事感覚なので、一日10時間では済まない。
休職中の代償行為として、そのエネルギーがゲームに向かっている。
なので、連続30時間、といった、アホなゲームのやりかたになる。

ちなみにドラクエ�垢錬各�で終わった。
攻略時間は特に短いワケではなく、ごくごく平均的なのだけれど、延々とやりつづけているので、日数的には短い。

今は、ゲームボーイアドバンスのファイナルファンタジー�機↓兇鬚笋辰討い襦�
ゲームボーイアドバンスのソフトは、どこでもセーブができる。
電車の中等でゲームをすることを考えられて作られているので、セーブポイントではなくてもどこでもセーブができる。
逆に言えば、どこでもセーブできる、ということはゲームを中断するキッカケがない。
中ボスを倒したら、すぐに次のミッションが出てくるので、ついつい、続けてしまう。
ここ何日かの間に、ゲームのコントローラーを握ったまま、寝てしまったことが何度かある。

と、いう事で、毎日、命を削りながら、延々とゲームをやり続ける僕なのであった。


2004年08月07日(土) もうさすがにお笑い系の本は書けません

「本を出版したいので、編集者を紹介してくれ」と友人にメールを送ったら、「お笑い系の本ですか?」と返事が返ってきた。

僕は、数年前、お笑いコラムのコンテストで大賞を取った事がある。
そのコラム集は出版され、コンビニにも並んでいた。
その時の印象がまだ残っていたらしい。

これまた、数年前、まだ以前の会社に勤めていた頃、出版の企画があった。
転職して、忙しくなり、流れてしまったのだけれど、その時の企画も「お笑い系」だった。
その際の企画内容は既に陳腐化していてもはや書いても遅いので、その際の企画内容を書く。

本の題名は「やれるウィンドウズ」。
インプレスの「できるウィンドウズ」をパロディーにして書くつもりだった。
装丁等もほぼ「できる××」シリーズと同じにするつもりだった。

「やれるウィンドウズ」とは、そのものズバリ、ウィンドウズで「やれる」ためのノウハウを書こうと思ったのだ。
あまりにも直接的だが「やれる」は、当時の僕は面白い、絶対に売れるぞ、と思っていた。
うまくいけばシリーズ化だ、うはうは、みたいな。

で、その際の企画内容の一部。

�,弔覆扱�への道
まず、自分をパソコンに詳しい人間として、印象づける。
そして、女の子のパソコン選びの相談に乗る。
その際にはノートパソコンではなく、デスクトップパソコンを選択しなければならない。
しかも、液晶ディスプレイではなく、できる限り巨大なブラウン管のディスプレイを選ぶ。
なぜなら、巨大なブラウン管パソコンを女の子一人でセットアップするのは大変だからだ。
巨大なブラウン管のついたパソコンは女の子一人では、箱から出すことすら困難。
よって、セットアップを手伝う、という名目で、堂々と女の子の部屋へと侵入する事が可能となる。
あとは、あなたの能力次第。

�▲僖好錙璽廟瀋�
パソコンの設置を手伝ってあげる際、ネットワーク等のパスワードは毎月、変更しないとセキュリティー上危険であることを女の子に伝える。
だが、毎月パスワードの設定を行なうと、パスワードがわからなくなるので、パスワード設定の「コツ」を教えてあげる。
それは、キーボードの配列を利用したパスワード設定である。
1月ならば「1qasw2」、2月ならば「2wsde3」。
今は、8月なので「8iklo9」。
一見、複雑なパスワードに見えるが、ただ単にキーボードをその月の数字から始まって、下へ3つ、右に移って、上へ3つの合計6文字を設定しているだけである。
パソコン初心者の女の子は感心し、素直に従う。
これで、女の子のメールは全て読めるようになります。

みたいな、アホな内容であった。
これをインプレスの「できるシリーズ」とほぼ同じ装丁の図解満載で出そうと考えて、必死でネタを考えていたのだった。

が、今はこんなアホなことを書いてももう遅い。
時代はもっと先に進んでしまっている。
今は、出会い系サイトをはじめ、やれるウィンドウズ系のネタはあまりにも多過ぎるのでもうウケないだろう。

でも、僕の友人の僕に対するイメージは未だに「お笑い系」だったのだな、と思うと、少しうれしくもあった。


2004年08月06日(金) 2ちゃんねるの就職偏差値表

2ちゃんねるの就職版には、就職偏差値というスレッドがある。
リクルート等が発表する人気企業ランキングは、就職難易度ではなく、自分でも入れそうな企業を前提としているので、正しい情報ではない、という事ではじまった趣旨のスレッドである。

★ 現在の最新版 ★
77 財務省 経産省 外務省 総務省(自治)
76 日本銀行 警察庁 金融庁 BCG
75 総務省(総務+テレコム) 厚労省 JBIC GS
74 防衛庁 国交省 文科省 DBJ マッキンゼー モルガンスタンレー フジ
73 会計検査院 郵政(総合職) 農水省 環境 内閣府 NRI(コンサル) メリルリンチ
72 その他官庁(1種) 日テレ 講談社 みずほ証券 野村證券(リサーチ)ドイチェ アクセンチュア(戦略) 
71 三菱商事 朝日新聞 集英社 電通 日興citi
70 JR東海 三井物産 JP-モルガン 小学館 三菱地所 三井不動産 読売新聞 博報堂 TBS
69 東電 日本郵船 ソニー 共同通信 日経 大和SMBC 農林中金 新潮社 P&G(マーケ) NHK JICA
68 関電 住友商事 東京ガス テレ朝 トヨタ 任天堂 商船三井 三菱信託 東京海上 東京三菱
67 中電 産経新聞 準キー テレ東 大阪ガス 武田 新日鐵 三菱重工 野村AM 日本コカ 日本放送
66 JR東 新日石 三井化学 花王 伊藤忠 毎日新聞 住友信託 本田技研 時事通信 味の素 JRA JWAVE
65 富士フィルム キャノン 信金中金 松下電器 日産 日本生命 住友化学 JFE サントリー シティバンク マイクロソフト
64 地方電力 資生堂 JR西 SMBC ADK 丸紅 旭化成 住友電工 川崎汽船 ドコモ キリンビル アサヒビル リコー
63 住友不 三菱化学 新生銀 JASRAC 地方局 デンソ- 富士ゼロ 日本リーバ ユニバーサル 東宝
62 日立 王子/日本製紙 地方新聞社 みずほ メトロ 東レ NTT東 日清製粉 松竹 JT NRI(SE) 日本IBM
61 シャープ インテリジェンス 川崎重工 バンダイ ニコン キッコーマン 日本HP NEC NTT西 コニミノ 日清食品
60 東急電鉄 MS海上 明治製菓 東芝 三菱電機 オリンパス 帝国データ アクセンチュア 地方JR NTTデータ
59 NHKエンタープライズ 商工中金 共同テレビ カゴメ オリエンタルランド ビクタ パイオニア 損保ジャ キリンビバ
58 国民公庫 森永乳業 明治乳業 KDDI 伊勢丹 アサヒ飲料
57 最上位地銀 あおぞら銀 第一生命 中小公庫 サッポロビール 政令指定都市 UFJ
56 中央三井 TBSビジョン ブラザー 森永製菓 ING 
55 農林公庫 ヤクルト ミツカン 明治安田生命 国��
54 上位地銀 ハウス食品 AFLAC ALICO JCB 日本興亜/あいおい損保 住友生命
53 中位地銀 サントリーフーズ キューピー オリックス ヤフー
52 上位信金 信用保証協会 IYバンク 住商リース 富士通 太陽/大同生命
51 大和證券 日興コーディアル証券 
50 下位地銀 AGF 警察消防 積水ハウス 楽天


2ちゃんねるの就職板は学生の妄想の宝庫。
この偏差値表も学生の妄想にあふれていて面白い。
学生から見た企業イメージをつかむのには最適なので、良く見ている。
コンサルタントとして、各企業の奥深くまで入り込んで実態を知っている僕にとっては2ちゃんねるの「就職板」は「就職妄想板」でしかないのだけれど、企業イメージは企業戦略にとって重要。
学生からどう見られているか、については企業の将来を左右しかねないほど重要なことである。

僕は、仕事柄、様々な企業の方々と接するのだけれど、この就職難易度ランキングと各企業の社員の優秀さ加減にはかなりの開きがあるな、という印象を持つ。
企業のなかには優秀な人もそうでない人も混在しているので、特定企業の社員の評価などできないので、あくまでも印象だけど。

企業にとって、新卒社員の採用は実はとても難しい。
正直なところ、ギャンブル、と言っても良い。
中途採用であれば、職務経歴書があるので、ある程度の判断も可能だけれど、新卒社員の場合、実績が何もないので、何とも判断がつきづらい。

よく学生が「10分や20分の面接で何がわかる!」みたいな事を言っている。
その通り!
10分や20分の面接では、コミュニケーション能力程度しかわからない。
学生のポテンシャルの見極めなどできるワケがない。
グループディスカッション等をやれば、多少、マシではあるが、それでも学生の本当の姿は見えない。

一方、新入社員が配属されて、一緒に仕事をしてみると、能力はすぐに判断がつく。
演技ではない本当の姿を見ることができれば、能力は簡単にわかる。
一日のうちの午前中だけで判断できる。

なので、企業は新卒採用をインターンシップ重視に切り替えつつある。
インターンシップ中でも学生は「演技」をするのだけれど、期間が長いぶんだけ、演技ではない、本当の姿が見極め易くなる。
ちなみに、インターンシップ中に社員との飲み会や打ち上げがあると思うけれど、その時こそが、本当のアピールタイムだ。
インターンシップ終了後の打ち上げだろうと、気を抜いてはいけない。
酒の勢いでした、と言えば良いので、酔ったフリして、大ボラを吹きまくれば良い。

新卒学生の採用にあたっては資格、成績等はほとんど考慮されていないと思う(少なくとも僕は)。
なぜなら、学生時代の成績とビジネスマンとしての能力に相関性があるとは思えないから。
企業は、大学の教育に対して、何の期待もしていない。
採用してから育てる。
仮にMBAを持っていたとしても、英語ができるのね、とかEXCELを使った分析やファイナンスの「基礎」は知っているのね、程度(ただしどこの大学のMBAかは重要)。
採用時に一番重視しているのは、あくまでもポテンシャル。
将来成長できそうかどうか、を見ているのである。

就職難易度表そのものは面白い、と思うけれど、高偏差値の企業で成長できるかどうか、待遇はどうか、といった点との相関性はない。
あくまでも単なる就職難易度。
「幸せ度」表ではない。
大学の偏差値であれば、学歴社会である日本にとって、就職時にある程度意味のあるものかも知れないけれど、就職難易度表は、お遊びとしての域を出ない。

終身雇用が完全に崩壊した今、日本は「学歴社会」から「職歴社会」へと移行している。
学生は、この就職難易度表に惑わされてはいけない。
高偏差値企業に就職しても、何年かすれば転職することになる。
偏差値としてみるのであれば「職歴」として、評価されやすい企業を選択したほうがおトクだと思う。

でも、僕はそもそもキャリアを積んで「エリートちゃん」を目指す人生そのもののほうに疑問を感じる。
同じ2ちゃんねるにある「合コン受けランキング」の上位企業を目指したほうが、幸せだと思う。


2004年08月05日(木) 若い頃のじじい人脈は年を取ると役に立たない

僕は、昔、「じじいキラー」と呼ばれていた。
新卒で、某大企業の本社に配属されたので、新卒のときから、役員や事業本部長みたいな「じじい」と接する機会が多かった。

当時の僕はクソ生意気な若造だったのだけれど、「じじい」から見れば、「ワガママな孫」に見えたらしく、逆にかわいがってもらえた。
僕は、恐いもの知らずで、クソ生意気で、ワガママだったので、「じじい」のところに人も金もかかる様々な企画を持っていった。

僕は「じじいキラー」だったので、予算をガンガンつけてもらえた。
当時はバブル期だったので、予算は億単位で、際限なく使いまくった。
新卒の若造だったので、社内の人はつけてもらえず、外部の広告代理店やシステム開発会社のリソースを金の力で動かして、仕事をした。

僕の職務経歴書を見ると、自分で見ても「凄いなあ、こいつ」と思うのだけれど、それは金の力によるものである。
一般のサラリーマンが会社の言いなりになっていては、職務経歴書は決して凄いものにはならない。
地道な努力と、配属の運に左右される。
僕は、地道な努力も配属の運もすっ飛ばし、「じじい」から金(予算)を奪い取る事で実績をあげてきた。
素手で実力のみで成果をあげられるほど、僕は優秀じゃない。

おかげで、社内だけではなく、財界の大物系の人脈も20代の後半にはそこそこできた。
ベンチャーキャピタリストやエンジェル、と呼ばれる投資家も寄ってきた。

で、今、その人脈はどうなっているのか?

実は、全く役に立っていない。

それは、僕の人脈が10数年前の時点で既に「じじい」だったからである。
当時の偉い人は、既にビジネスから引退しているか、鬼籍に入っていたり、なのである。
自分が若い頃に培った「じじい人脈」は現在、全く機能していない。

逆に、当時中堅どころだった方々が、今は、偉くなっている。
ただの先輩、としてしか見ていなかった方々が今は、偉い人。

僕は、先輩達とも仲良くやっていたので、問題はないのだけれど、「じじい攻略」ほどには露骨な工作活動は行なってこなかったので、イマイチ、分が悪い。
先輩達は僕の強引なビジネスのやり方を見てきているので、警戒もされる。
また、僕が新卒で入った会社には同期が2、000人いたのだけれど、僕は「じじい」しかいない本社ビル勤務で、同期達が配属されているビルとは離れていたので、同期や年齢の近い先輩からは完全に隔離されていた。
自分の同期入社の人間との付き合いは全くといっていいほどない。

そのうえ現在は、戦略コンサルタント、という職業柄、僕の仕事の裏には必ず、特定の大企業なり、政府機関といったクライアントが存在する。
僕の昼間の活動は、特定企業の利益のため。
守秘義務があるので、僕は自分のクライアント名はヒントすら出さない。
社外の人とは、仕事の話を抜きにしたプライベートな会話は問題ないのだけれど、仕事の話は非常にやりづらい。
と、いうかできない。
僕としても、知っている情報がたくさんありながら、話す事はできない。
クライアント以外の外部企業の方々とお話すると、化かし合いと化す。
ウソは言わないけれど、知っている事を話さない。
知っていても話さないのはウゾつきではないけれど、ウソつきと同じ。

よって、僕の仕事に関係する外部人脈は、弱くなる一方である。
夜の飲み友達しか残らない。
本社勤務だったので、当時若かった同期や先輩の友人は非常に少ない。

巨額の金と強力な人脈を失った今、僕は自分のチカラだけで仕事をせざるを得なくなった。
億単位で僕に投資してくれるような人脈はもうない。

まあ、それはそれでいいんだけど。
遊んでくれる人はたくさんいるし。

若いときの「じじい人脈」は、自分がある程度の年齢になった際には役にたたない。
先輩や同期ともっと仲良くしておくべきだったなあ、と思う。


2004年08月04日(水) ウィルメールとスパイウエアとの戦い

ここ2、3ヶ月、ウィルスメールと、スパイウエアによるブラウザ乗っ取りが、急激に増えた。
以前は、こんな事はなかった。
このような状況は、ほんのここ2、3ヶ月の事である。

毎日、ウィルスメールが個人のメールアドレス、会社のメールアドレスにそれぞれ、2、3通ずつは届く。
自宅のPCは電源を常に入れており、ディスプレイだけを消しているのだけれど、ディスプレイをオンにする度に、スパイウエアによる海外のギャンブルサイトの広告がブラウザを乗っ取って開かれている。
メールを開くたびに、仕事用、個人用それぞれにウィルスメールが2,3通ずつ届いている。

すごーーーーーーーく、面倒くさい。

ウィルスメールに関しては、個人アドレスも会社のアドレスも、ウィルス駆除システムを導入している。
個人アドレスのほうは、ウィルスメール駆除機能が、完璧にウィルスメールを除去してくれている。
ウィルスメールが届いている事をきちんと知らせてくれ、かつ駆除も完璧なので、被害はない。
問題は、会社のほうのメールアドレス。
こっちはウィルス除去システムが完璧には作動していない。
ごくごくたまに、ウィルスメールを感知して、除去してくれる事もあるけれど、ほとんどのウィルスメールはそのまま僕のところに届く。

こういう事を言うのは変だけれど、仕事用のアドレスに届くウィルスメールは、良くできている。
「Mail Delivery Error」とかのメッセージでウィルスメールが届く。
しかも、僕のメールアドレスから発信されたかの如く、エラーとなったメール本文らしきファイルが添付されている。
この添付ファイルがウィルス本体である。
実に巧妙だ。

だが、僕は休職中なので、仕事用のメールアドレスは極力使わないようにしている。
個人メールが主体で、仕事用のアドレスは仕事関連であっても見るだけで、送信はしない。
そもそもメールを送信していないので「Mail Delivery Error」のメッセージが来ること自体がおかしい。
休職中で、ほとんど死にアドレスと仮しているから良いようなものの、仕事中だと、一日に何十件ものメールを打つので、ほとんど見分けがつかず、簡単にウィルスに感染していたと思う。

おかげで、今のところ、ウィルスメールは完全に見破る事ができているので、ウィルス感染といった直接的な被害は被っていない。

ただ、ウィルスメールと本当のメールの見極めが面倒なだけである。

そして、スパイウエアによる、ブラウザ乗っ取り。
こっちにはかなり手を焼いている。

僕は、スパイウエアブロッカーを導入しているので、ほとんどのスパイウエアは感知できる。
このソフトウエアは、スパイウエアが侵入しようとすると、警告メッセージを出す。
そして、実態を暴露すれば、日本の有名サイト、特にニュース系サイトの大半で、警告メッセージが出る。
僕は、休職中であっても、毎日、日本のニュースサイトをくまなくチェックしている。
だが、たいがいのニューズサイトに接続しようとすると、スパイウエアのチェック機能が起動する。
ダブルクリックに代表されるの大手のインターネット広告会社がCookieをブラウザに侵入させるためだ。
インターネット広告会社にとってみれば、クライアントに広告効果を報告をしなければならず、かつ広告効果を最大化させるために個人情報をつかみたいのだろうけれど、僕にとっては大迷惑である。
Cookieを食わせる事がスパイウエアか?と言われると、そうでもないのかも知れないけれど、僕個人のサイトアクセス行動をトラッキングされていることは事実である。

ほとんどのスパイウエアを感知すると、システムがアラート出すので、除去できるのだけれど、中には一筋縄ではいかないものはある。
スパイウエア探知ソフトだけでは、完全なスパイウエアの除去は不可能なので、完全にスパイウエアを除去するためには、手作業によるインターネットエクスプローラーのキャッシュとCokkieの初期化だけではく、ウィンドウズのレジストリの書き換えも必要となる。
Cokkieの初期化を行なうと、本来パスワードの入力が必要でなかったサイトも一から登録のやり直しが必要となるので、面倒な作業が増える。

ウィルスメールは犯罪なので、どんどん取り締まってもらえばいいのだけれど、このスパイウエアはかなり、面倒。
Cokkieは良く利用するサイトやECサイトにとっては必要不可欠なものである。
Cokkieそのものは悪ではない。
Cokkieはインターネットの利便性を向上させるための機能である。
だが、その影に隠れて、Cokkie悪用して、企業は僕の個人情報をせっせと収集している。

大手サイトも例外ではない。
僕の導入しているスパイウエア探知ソフトは日本の大手サイトでも反応する。
インターネット広告業界では、スパイウエアを導入するのが当たり前の事なのだ。
スパイウエアブロッカーを導入してみれば、いかに日本の大手サイトがスパイウエアを活用しているかが、良く分かる。

僕は、自分の個人情報がいくら漏れようと知った事ではない。
やれるもんなら、やってみろ。
でも、ガマンの限界を超えたら100倍にして、DoS攻撃を仕掛けてやる。
これは個人情報を守るための聖戦だ。
犯罪行為であろうが、知った事か。

僕は、現在は経営戦略を中心とする戦略コンサルタントのフリをしているが、インターネットセキュリティーの暗黒面の情報の知識もそれなりにある。
時間さえかければ破れない暗号など、どこにもないし、ベンダー丸投げの大手サイトをぶっつぶす事など、それほど難しい事ではない。

僕がブチ切れる前に、大手サイトのスパイウエアによる個人情報収集行為はさっさと止めてもらいたい。

インターネット利用者のほとんどは、初心者なのだ。
スパイウエアもウィルスメールに対する対処方法も知らない。
日本の名だたる企業が、スパイウエアを個人のPCにこっそりと忍ばせ、個人情報の収集を行なっている行為は見過ごすわけにはいかない。

日本の大手サイトはCRMとか何だとか言って、顧客の理解、という言い訳をするのだろう。
CRMや顧客理解などとほざいている僕と同業のコンサルタントも同罪だ。
僕は企業から理解されたいとは思わない。
CRMとは、アンタはこのサイトを良く見ているし、会員登録時に年齢や職業も確認しているし、商品も買ってもいるから、次はこの商品が欲しいんでしょ、ホラ買え、というだけのモノである。
僕にとっては大きなお世話だ。
勝手に僕の ブラウジング履歴を収拾し、勝手に僕を理解などして欲しくない。
アレ買え、コレ買え、といったウザいメールに対して、「二度と送ってくんなボケ」といった主旨のメールを書くだけでも、かなりの労力なのである。
僕のように、ネットショッピングを多用する人間にとっては、そういった、アレ買え、コレ買えメールといったウザいメールはとてつもなく多い。

僕が、犯罪を覚悟して大手サイトに対する攻撃をはじめる前に、スパイウエアをユーザーのPCにこっそりと侵入させる行為は止めて欲しい。

気休めにしか過ぎないのかも知れないけれど、ユーザーは、ウィルスチェック機能のついたプロバイダを選択すること、そして、スパイウエアブロッカーは、PCに常駐させる事。

Spybot-S&Dをインストールして、自分のPCに潜むスパイウエアをチェックしてみるといい。
はじめてのチェックであれば、100件程度のスパイウエアが検出される事だろう。

そして、これらのツール類は頻繁にアップデートを行なうことも重要である。
ウィルスもスパイウエアも日々進化している。
僕らの個人情報は、駄々漏れなのだ。
自分の身は自分で守れ、これはインターネットで生きていくための必須条件である。

■JENS SpinNetメールウイルスチェックサービス(今のところ100%の確率でウィルスを感知、除去。ただしJENS SpinNetの利用者のみ)
http://www.spinnet.jp/vcheck/index.html
■Spybot-S&D(フリーウエア。今のところ世界最強のスパイウエア探知ソフト。完璧に全てを探知できるわけではないが、マメなアップデートによりかなりの効果あり)
http://www.safer-networking.org/en/index.html
■AVG Anti-Virus 7.0(フリーウエア。頻繁なアップデートがあるので、安心)
http://free.grisoft.com/freeweb.php/doc/2/


2004年08月03日(火) 六本木の怪(都市計画の再考察)

昨日、六本木について書いたのだが、もうひとつ書き忘れていることがあった。

「ある情報筋」によると、六本木ヒルズを始めとする、六本木再開発により、東京にとんでもないことが起きているらしい。

現在の六本木ヒルズの敷地は、麻布トンネルの上の人工地盤である。
六本木ヒルズができる前まで、青山一丁目で分岐した外苑東通りの南側の道路は開通していなかった。
「メイ牛山のハリウッド化粧品」の看板がかけられた作りかけ、で行き止まりになっている通りだった。
「ある情報筋」によると、長年の間、この通りが開通していなかったのには大きな理由があったらしい。

森ビルによる現六本木ヒルズ周辺の再開発と同時にこの外苑東通りの南側の道路は、六本木ヒルズ下の麻布トンネル、青山一丁目寄りの六本木トンネルという2つのトンネルの開通により、完成した。

僕は、この通りをタクシーでも自分のクルマでも良く利用する。
この通りの完成により、六本木交差点の渋滞を避けて麻布十番や西麻布、青山一丁目を行き来することができるようになり、大変便利になった。

が、しかし。

この通りは東京の中心部に対し、多大なる影響を与えてしまった「とんでもない道路」なのである。

この外苑東通りの南側道路を地図で確認して欲しい。
外苑東通りは青山一丁目で2つに分岐する。
六本木交差点に向かう道と、六本木ヒルズに向かう道である。
今回の話題は、六本木ヒルズに向かうほうの道だ。

青山一丁目で分岐したすぐ先は、青山墓地である。
そして、六本木トンネル、六本木ヒルズの下を通る麻布トンネル。
麻布十番を抜けて、芝公園へと至る。

芝公園と言えば、東京タワー。

すなわち!

この2つのトンネルの開通によって、「霊の通り道」ができてしまったのである。
霊は、青山墓地から六本木トンネル、麻布トンネルを抜け、芝公園の東京タワーへと向かい、天へと繋がる。
今まで、封印されてきた青山墓地の霊が、天と地を自由に往来することができるようになってしまったのだ。
霊界との回路を開いてしまったのである。

そして、霊によっては東京タワーまで至らずに、六本木ヒルズの森タワーを利用して天と地を行き来するものも現れることとなった。
六本木ヒルズで多発した事故は青山墓地の霊の仕業、と考える事もできる。

そして、東京タワー。
東京タワーは単なる天と地の結節点ではない。
東京タワーは電波塔である。
霊はテレビの電波によって、家庭のテレビを通じて各家庭にも自由に行き来ができるようになってしまった。

テレビの放送終了後のホワイトノイズ(別名;砂の嵐)を見ていると、ほら、メッセージが・・・。


■疑惑のエリア周辺地図
http://www.mapfan.com/a4.cgi?MAP=E139.43.50.9N35.39.31.5&ZM=9&CI=e22E139.43.50.9N35.39.31.5&MAPKEY=a771-e660-45fc-8b00&MODE=1


















・・・すんません。
アホなこと書いて。

でも、都市計画の際にはこういう事って考えないのかなあ。


2004年08月02日(月) 廃れ行く六本木

暇なので、放送大学だか教育テレビだとかを見ていたら、東京の都市の変化について、というテーマについて、いかにもクソまじめそうな都市工学だかなんだかの専門家のオヤジが秋葉原について原稿を棒読みで語っていた。

都市の変遷には3つのパターンがあるそうだ。

�/圭彪拭聞埓�主導型)
西新宿の高層ビル群(元淀橋浄水場)にみられるように、行政主導で開発が行なわれたパターン

�⊇唾�型(企業主導型)
パルコや西武といった企業によって開発が行なわれたパターン。丸の内も同じパターン。渋谷は文化を作ろうとしたのに対して、丸の内は企業を集積しようとした点では異なる。

��秋葉原型(ユーザー主導型)
ユーザー主導で変遷をみせているパターン

この番組では、この秋葉原パターンを中心にして、クソまじめオヤヂが棒読み口調で話していた。
秋葉原は、「家電」→「コンピュータ」→「ヲタクアニメ&フィギュア」の街へと変貌してきた。
家電やコンピュータはビックカメラやヨドバシカメラに代表されるカメラ屋系量販店や、ヤマダ電機等の郊外型電器店の台頭により、パソコンのパーツ類まで手に入るようになり、秋葉原までワザワザ出かける必要がなくなった。
結果として、秋葉原は電気街、コンピュータの街からヲタクの街へと変化を見せた、という論調である。
渋谷のワカモノの写真と秋葉原のワカモノ(アブラギッシュ&リュックスタイル)等を比較して、秋葉原の特殊性を棒読みで話していた。
逆に言えば、秋葉原は、ユーザー主導で街が進化「?」していった好例である。
「コンピュータ好き=アニメ・フィギュア好き」という、点にはかなり疑問だけど。

僕は、秋葉原には年に1回も行かない。
バイク盗難の名所なので、恐ろしくてDucatiなんぞでは出かけられないし。
そもそも僕にとって秋葉原に行かないと手に入れられないものなど、ない。
アニメにもフィギュアにも興味ないし。
秋葉原は企業や政府と関係なく、ユーザー(ヲタク)、によって変遷をみせてきた特殊例なのだ、という。

で、僕が気になるのは、今後の六本木周辺である。
僕にとっての六本木は「青山ブックセンター」であり、「六本木WAVE」であった。
文科系の僕にとっては六本木は、天国だった。
だが、先日の青山ブックセンターの倒産により、僕には六本木に行く意味がなくなった。
今の六本木には「青山ブックセンター」も「六本木WAVE」もない。
六本木にあるのは、ラーメン屋とカラオケとキャバクラ。

六本木はもとを辿れば、進駐軍の街から始まる。
米軍のアホどもが集まる街から始まって、クラブやディスコの街になり、それに群がるアホ日本人客とヤクザにより、発展を見せてきた。
以前は冷房すらないクリーム色の日比谷線しか走っていなかったので交通の便も悪かった。
いわゆるインチキお水系、ヤクザとサブカル系の人種とが共存してきた街なのだった。

が、そこに六本木ヒルズができて、様相が変化を見せてきた。
企業(森ビル)主導の「これが文化ですよ」的な「サブ」ではない、おばちゃま&観光向けカルチャーの街に変貌してしまった。

80年代までの尖がっていたいかがわしい六本木はもうない。

六本木唯一のパチンコ屋であったコナミ経営の「デルカデルヨ」(本当は全く出ない最悪の店だった)はドンキホーテに変わっちゃったし。

六本木は六本木ヒルズに飽き足らず、防衛庁跡地の再開発計画もある。
どうせ、六本木ヒルズと同じようにラグジュアリーブランドのテナント等が大量出店するのだろう。

六本木は僕にとって就職上京をして、初めて接した東京の街であり、「関西は東京にはかなわんなあ〜」と感じさせた街だった。
六本木3丁目の「墓場」の周りは僕にとってパラダイスだった(墓場の周りのバーのことを「墓バー」と呼んでいた)。

僕にとって、六本木ヒルズのTSUTATAやスターバックスは妙に落ち着かない。
なんだか、押し着せられている「これがトーキョー文化ですよ」的なものを感じる。
「サブ」じゃない「カルチャー」。

せっかく、大江戸線の開通によって六本木の交通の便が良くなったのに、六本木が企業の「都市計画」によって計算された街に落ちぶれるのは悲しい。

僕は、西麻布からも外れ、六本木通りの渋谷と西麻布の中間という、交通の便が最悪のエリアまで追いやられた。
このあたりの六本木通りは、地下鉄はおろか、横断歩道すらも少ないので、タクシーでも不便。
タクシーでも目的の店の反対車線で停まってもらうと、目的の店まで、トボトボと歩くハメになる。

自宅や自宅から徒歩3分の公園で酒を飲んで、アマゾンで本やCD、DVDを買ってるほうが、ずっと文化的だ。
「街を捨て、インターネットに接続せよ」
これが、今のトーキョーの実態だ。

せめて、僕にとって六本木の最後の砦であった「青山ブックセンター」には復活して欲しい。


2004年08月01日(日) 休職期間の延長と人生の勝ち組

8月に入った。
休職して1ヶ月。

僕はとりあえず1ヶ月の休職を申請し、その後の体調次第で、仕事への復帰の時期を考えることにしていた。

医者によると、僕の体調はまだ完全ではないらしい。
僕自身は元気なつもりなのだけれど、自律神経が元に戻るには、最低でも3ヶ月はかかるという。
僕は、医者の指示に従い、2ヶ月間、休職を延長することにした。

この季節の休職なんて、学生の夏休みみたいなものだ。
バイトをしなくていいぶん、学生の夏休みよりもお気楽。

しかも、僕の治療は薬をきちんと飲んで、たくさん睡眠をとって、遊んでいれば、良いのだ。
今は、ゲームボーイアドバンスのファイナルファンタジー�機↓兇破擦靴ぁ�
ゲームボーイはエアコンの効いた部屋で寝転がってもできるし、公園でビールを飲みつつ日焼けしながらでもできる。

僕の休職は最長で1年半まで認められる。
給与の6割は保険で保障されるので、お金には困らない。
貯金もマンションのローンの残額を払ったうえに、フェラーリが買えるくらいはある。

これで、いいのか?

と、思うこともごくごくたまにあるのだけれど、僕は「勝ち組み」だ、と思う。
仕事もしないで、遊んでいるだけなのに、生活には困らないだけの収入がある。
でもまあ、今まで死にそうになりながら働いてきたのだ。
許してやってください。

ま、僕は現在、人生の勝ち組み、ってことで。
労働者諸君、国家のため、働かないでごろごろしている高等遊民のため、がんばって、稼いで僕らダメ人間を養ってくれたまえ。



P.S.

同僚の皆さんへ

僕の今の収入は保険で補填されているのであって、会社から補填されているワケではないので、誤解なきよう。
皆さんの稼ぎを食いつぶして遊んでいるワケではないよ。




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孤独に歩め 悪をなさず 求めるところは少なく 林の中の象のように

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