散歩主義

2005年02月28日(月) クモマソウ

夕方にクモマソウを一鉢買いました。
白い小さな花が5月頃まで咲きます。
枇杷の木の枝に引っかけたままの蔓で編まれた花入れが空っぽのままだったので。

つまりはその花入れに合う容器がなかったからなんですけれど、勘でこれは合う、と閃いたんです。
どんぴしゃでした。

今朝、原稿を送付。
なんだか今回はとても疲れました。「光函」をだしたとき以上に神経が摩耗しました。
今ではもう、原稿のことを全部忘れましたけど。

パソコンを開ける気も起こらなくて、かろうじてここだけは続いています。
ついでに音楽も聴く気が起こらなくて、昨日のリヒテル以降は何も聴かずじまい。

やっとパット・メセニーの新譜を何日かぶりに聴きました。
聴ける音楽と聴けない音がはっきり分かれだした気がします。
聴けないのはジャケットも見たくないという感じ。
それぐらい精神を殺いでいた気がします。
それでもメセニーの新譜で回復途上。
このアルバムのオープニングは凄く好きです。素晴らしい。

メセニーを聴いていて元気になってきたので、ンデゲオチェロも聴けるかな…。

次の作業は詩をまとめること。
また明日もこつこつ。




2005年02月27日(日) リヒテルばかり聴いた日

午前中から原稿の体裁を整えていて
その間からずっとスヴャストラフ・リヒテルのピアノを流しっぱなしにしていました。

今回、原稿を書いていて、これからはますますパソコン原稿がほとんどになるんじゃないかな、と感じました。
で、今は禁じ手になっているらしい、原稿用紙に印字することも増えるんじゃないでしょうか。
(編集の人にとってはいちばん楽なはず)

それに作品を客観的に見るのにはやっぱり原稿用紙がいちばんです。
画面だとかプリントアウトだと、自分が誤魔化されてしまうんです。
そうでなければ自分の書式をきっちりつくるか、ですね。

リヒテルで聴いたもの。
J.Sバッハ
平均律クラヴィーア曲集から前奏曲とフーガ 1,4,5,6,8



2005年02月26日(土) ひとつの終わり

ここのところ何よりも優先して進めていた原稿がアップ。
一段落しました。

あす、体裁を整えます。

明日の朝はとても寒いようですけれど、季節は春。
ぼくの中では冬は終わっています。
愛犬の毛の入れ替わりがもうピークを越えたのもあるけれど、
冬とか春とか、季節を現す言葉は天気だけが基準ではありません。

明日から詩を書きます。



2005年02月25日(金) ロックのベストアルバムは?

京都新聞で「ロック50年マイ・フェバリット」というとてもゆっくりしたペースの、しかもシンプルこの上ない企画が進行していて
今日の夕刊はその何回目か。

ロックの好きな文学者や評論家に�.蹈奪�を代表すると考えるアルバム��代表するミュージシャン3組��コメント、
これらをアンケート形式で答えてもらうもの。

ロックの歴史の時系列順に回は重ねられてきていて、今回はディランが全盛の頃。1960年代中頃のフォーク・ロックに焦点が当てられていた。

だからそのあたりの音楽に強い人たちが五人選ばれていたね。
その人達が選んだベストアルバムは

ボブ・ディラン/ブロンド・オン・ブロンド
ビーチ・ボーイズ/ペット・サウンズ
ザ・キンクス/ヴィレッジ・グリーン・プリザベイション・ソサエティ
ザ・バンド/ザ・バンド

代表するミュージシャンは
ビートルズ、ディラン、ストーンズ、キンクス、ビーチ・ボーイズ、バーズ、プレスリー、チャック・ベリー。あ、クィーンが一人。

この手のアンケートでは異例ともいえるキンクス(シブイ!)をあげていたのが、翻訳者で英米文学者の柴田元幸さん。
なんだかわかる。

たぶん60年代中頃に絞ってのアンケートだとは思うけど、よく柴田さんを引っ張り出してきたなあと、変なところに感心してます。

ぼくはどうかなあ。
ジャズ聴くまではロック小僧だったし、いまだに聴くからなあ。
なるべく60年代中頃のものを入れるようにして考えると…。うむむ…

�.薀弌次Ε愁Ε襦織咫璽肇襯�
�△蓮.咫璽肇襯此,判颪い燭藜,�書けないね。
 

で、コメントもみんな様々で面白いんだけど、いちばん個人的な感想を書いていたのも柴田さんで
『一人で小音量で聴くのが好きな人間でも許容してくれそうなロックが好きです』
これもわかるなあ。

ちなみにぼくは「爆音仕様」が好きです。
play loud!ってやつ。
もしくはもっと酷い「爆音」。だってロックでしょ。

時代がもっと後になるとジミヘンやクリーム、ザッパなんかが好きだけど、その頃はジャズばかり聴きだしていたなあ。
もちろんそれとは別に日本の音楽も聴き続けていました。それはほんとに、また「別」。

ところでこの企画、次に紙面に載るのは4月4日だって。
なんともゆったりした企画だなあ。さいている紙面もそんなに大きなないのにね。



2005年02月24日(木) さらに書く日々

今書いている原稿をある人に読んでもらった。
ばっさばっさにやられて、やっぱりあんたは詩だよと言われた。

だいたい自分でも意識して句読点を息つぎのとおりに打つ。
それがへんてこりんなのだ。

ここのところ連日の書き直しで、ここの記事の日本語もだいぶ疲れていると思う。
すみません。

ばっさばっさにやられた挙げ句、一つ完成。
まだあと四つある。



2005年02月23日(水) 春一番が吹く

春一番が吹きました。
そのまえに昨日は「猫の日」でしたね。
一ヶ月ぐらい前から、ペットフード売り場ではカルカンがこの日に合わせたセールをやっていて、
上等なドライと缶詰をかなり買い込みました。
外用です。

春一番の日のことは「猫と南風」という詩にして、「光函」に入れてあります。
ほんとに2月の不思議な日。
春の先発隊。すぐに寒くなるんだけれど。

音楽は夜になるとROSSOをヘッドフォーンで爆音のようにして聴いてます。
フラストレーション、というわけでもないけれど、チバ君の声が好きなもので。
最近は「1000のタンブリン」だけじゃなくて「バニラ」と「シリウス」も聴きます。

原稿。一応まとまりましたが、最後の最後まで検討したいです。
突然新しいのを書き始めるかも。
締め切りまであと僅かです。



2005年02月22日(火) 詩の動機

「冬の光」という詩を書くまでに、どれぐらい時間がかかったろう。
最初の一行からは果てしなく時間がかかったように思うけれど、最後は一瞬でまとまった。

祈りの風景を書きたかった。

「冬の光」は婦人公論3/7号、ブログin Paradisumでどうぞ。



2005年02月21日(月) 炎

自由
そして詩
自由はすぐに壊れる

人の熾きとなり
やがて 必ず 燃え上がる
詩

自由なあなたからの
贈り物を
壊さないために
炎の枠を抱きながら
考える


*明日発売の婦人公論の詩・フォーラム(P130)に作品が掲載されています。
上記の詩ではないですよ。
書店でご覧になってくださいませ。
表紙は吉本ばななさん。



2005年02月20日(日) セロニアス・モンク的ネット

サイトやブログで作品を発表するということは、たぶん最後まで未完成のままなのだろうな、と思った。
ネットというのは完成形ではなく、常にフロートするものだから、これで決定というのはあり得ないし、作ろうとしても無理だと思う。

というのは、今あるコンペのために原稿を書いているのだけれど、読み手が決まっている媒体、あるいは肉声がそのまま形になるメディアこそが、一応閉じた姿であって、ネツトは常に開いたままだと思うのだ。

これはジャズ的な感覚に近い。
同じ演奏は二度とない。他の音楽も厳密に言えばそうなのだろうけれど、意志としてはずそう、崩そう、自由であろうとするのはジャズの特有の考え方である。
ロックはだいぶ前にジャズ的なものも取り込み済みだから、そういう演奏も多いけれど。

で、他のブログでセロニアス・モンクの「セロニアスヒムセルフ」の感想を少し以前に書いたんだけれど、いちばん肝心な部分を書き忘れいた。
それがまさにジャズの真骨頂というか、ネツト上の作品のあり方と結びついているんだ。

ただ、これはCDのみについているボーナス・トラック一曲の話なんだけれど。
一曲といっても長い。なんと21分39秒もある。
演奏されているのはモンクの傑作「ラウンド・ミッドナイト」。

これはよほどジャズが好きな人か、モンクのファンでないと聴くのを止めてしまうと思う。ミュージシャンの人なんかはどう聴くかなあ。

このアルバムはモンクのソロピアノだから、ソロでなければ出来ないアプローチを様々に試みるのだけれど、普通のテイクで6分38秒である。
つまり、このボーナストラックはモンクが自らの代表作の演奏のための試行錯誤がほとんど全編収められているのだ。

プロデューサーのオリン・キープニュースはこう書いている。
…モンクが代表作「ラウンド・ミッドナイト」の個人的に満足できるヴァージョンを作ろうと、彼一流のやり方を展開しているところを収めたもの。
何度かのスタート・ミス、途中放棄、不完全なテイク、時折まき散らされるモンクと私のコメントからなっている…

まさに彼の言うとおりの録音が収められている。
ネットもそうじゃないかなあ。

ネットの自分の作品をバラバラにして読み直しているとつくづく妻そう思うのだった。



2005年02月19日(土) いそがしかったあ

今日は一日中、来客あり。
それでも午前中に「海馬」読了。
糸井重里さんと池谷裕二さんの対談。刺激受けました。
ものすごく。
それ以外は忙殺。

ところで「文庫本主義者」の小さい頃からの友達の娘さんが、東京・新橋で芸妓さんをしてはります。
それが姫千代さん。
五花街共同の今年のカレンダーの一月が姫千代さんのポートレイトで、「文庫本主義者」のお兄さんが祇園でもらってきてくれました。

たぶん今の祇園にこんな美女はいない、というのが煩いひとたち、ほとんどの意見。
ぼくは御茶屋でも祇園でも遊ばないから、わからないけれど
まあ美しい方の写真を見せて頂きました。

これだけ美しい方なら方々から声がかかるだろうと思っていたら、やはり人気抜群だそうで、京都からもお花がかかるといいます。
新幹線に乗ってきはるんやね。

ちゃきちゃきの江戸っ子だから、きっぷがいいんだろうな。
画像を載せたいけれど、「文庫本主義者」からストップをかけられているのでーーー残念っ。

ということで今日も制作に入ります。
「海馬」は凄い刺激になりました。くどいようだけれど。



2005年02月18日(金) 制作続く

昨日は久しぶりにブログも日記も全部お休み。
夜遅くの制作を避ける原則を曲げて、ほとんど0時頃まで書いていた。
書かないといけないときが、ほんとにたまにだけれどある。

ペースを守って、体調のしっかりしたときにしか書かないようにするというのが本来なのだけれど、書かないといけないときはあるんだ。

だいたい目鼻が付いてきたので、もう一息。
まったくの新しい原稿ではなくて、これまでWeb上で発表してきた作品の再構成。

緊張感をゆるめたくなかった。

新聞で池澤夏樹さんの文章を読む。
日野啓三さんについて。
「観察者」という切り口に、なるほど。

新進気鋭の大脳生理学者、池谷裕二さんの著作を二冊。
励まされるなあ。

これからまた制作。
当分、没頭の日々です。



2005年02月17日(木) 制作

いきつもどりつ
けしたり たしたり
だけど最初のものがいちばんいいのだと思う。

消さない派か推敲派か。
やっぱり後者だ。
そういう構造なんだろうなアタマ。



2005年02月16日(水) 雨

二週間前の早朝よりも温かい雨が降る。

夜の散歩を、朝のスクワットに変えた。
ほんとうは朝に走りたいんだけれど、朝は犬のために空けてあるからね。

薔薇の芽が大きくなってきた。だけど来週はまた寒波が来るそうだ。
まだまだだな。

MDを作ろうと久しぶりに考える。
最近作ってなかった。
なんと、ビートルズからセレクトする。

はずせないものから書いてみよう。
ブラックバード、アイル・ビー・バック、トゥモロウ・ネヴァー・ノウズ、サムシング、イン・マイ・ライフ、エリナー・リグビー、ノルウエイジャン・ウッド、……。
うーーん、傾向がわかりやすいなあ。



2005年02月15日(火) 朝

空を見ながら詩を考える。
普通の人。
鮮やかな言葉。
生活。
そんなことを。



2005年02月14日(月) クロッカス

寒い日と暖かい日が交互に来ているような気がします。
そして寒くても、もう底は打っているな、とも思います。
温度計やメディアの発表する気温はそれほど高くないし、厳しいとさえいえる冷え込みなのに、どことなく違う。
寒さの中に春がある、などと言うとおめでたいね、といわれそう。
だけど自然の中で何かの要素がもう動き出しているのは事実。梢を見れば一目瞭然でしょう。

今日はクロッカスを植えました。
本格的に植え付けるのなら、去年の秋にはもう植えておくべきなのだろうけれど、花の季節が近づいてから思い出す人のために、今じぶんは芽出し球根が売られています。

すでにほんの少し芽が吹いているから、植え付ければ成長を楽しんでから花をめでることができます。
さらに花が方々で咲き出してから慌てる人たちのために、花の咲いた鉢が最後に店頭に並びます。それはまだ先。

本当は白か黄色のチューリップにしようと思ったんだけれど、家人からクロッカスというリクエストがあったのです。もう時期がぎりぎりだったんだけれど、まだ少し残っていて、紫を三つ買いました。

小さくて可愛らしい花を咲かせます。それがひとつ100円で手に入るんですから。



2005年02月13日(日) 日曜日の新聞

日曜の新聞は書評を読むのが楽しみだ。

好きな詩人の蜂飼耳さんが大道珠貴さんのを書いていて、この「素敵」という作品集を読みたくなった。

また、新刊が出たら立ち読みで目次を見るだけでもいいから、とにかく手に取ってみたいのが大脳生理学の本。
何度も「目からウロコ」になったことがあるし、いつまでも興味が消えない。
ということは、やはり自分の脳みそがいったいどうなっているのか知りたいということであって、
それはとりもなおさず、いかに「脳」に引っ張り回されて、手こずり、疲れ、あきれているか、ということでもあると思う。

そんな大脳生理学の本がまたでた。「またしても」よく売れているという。
目次を見ただけで買おうと決めた。
「進化しすぎた脳」という本です。

そして蜂飼さんの下にはスティングの自伝の書評が。
最近、アメブロでとても身近に感じるようになった山川健一さんが書いてる。これもいいなあ。

で、読書欄から繰っていくと経済面が現れ、なんとそこにはブログを運営している「ドリコム」が、社長の写真入りで大々的に掲載されていた。
おお、たいしたもんだなあ、と記事を読むと社長はまだ京大に在籍しているんだね。

社員の平均年齢もひょつとしたら20歳代じゃないかな。
かつて、といっても大昔だけれど東大や京大の学生新聞から会社が起ちあがっていった時代を思いだしてしまった。

工学系のテクノクラートからの発想なんだなあ。システム作りがまず企業として成立し、コンテンツが後を追っていくという形。

システムとコンテンツの関係は、心と体の関係に似ているような気もする。
文化系だとコンテンツがシステムを生むと考えそうだけれど、実社会では逆だよね。
システムがコンテンツを誘導するんだという考え方が支配的なんじゃないかな。

実に周縁的な考え方が支配的なんだ。(まんなかはからっぽ、ってやつ)
それは間違ってはいないとは思うけれど、脳と身体に置き換えて考えると、どちらかが行きすぎると、どちらかが反乱するというのが「決まり」のようにある。

だからバランスが必要。本当に大事なもの、生き生きとしているものは常に逸脱しようとするように思えるから。
ネットのシステムに収まりきらないコンテンツは常にオーバーフローし続けているし。

ブログというのは日本ではシステムから入っていったと思う。
コンテンツが追いつくかどうか。ブロガーはものすごい勢いで増えているけれど。

さて、「原稿用紙に書くこと」がいよいよ本格的になってきました。
創作のメインは今月中、ずっと原稿用紙になります。
身体をきちんとして集中しなくては。



2005年02月12日(土) keep left




「キープ・レフト」はオートバイも含めて、二輪車の走行の基本である。
どんな場合でも左側、それも道の左側の「さらに左側」を走ること。

オートバイに比べると自転車はいい加減。歩道も走るし、右側だって平気で走る。
こっちも買い物自転車だったりすると、ちょっとヒヤリとするぐらいだけれど、MTB、ロードバイクとなるとそうはいかない。

ぼくは二回、側面から自転車に激突されたことがある。こちらが速すぎるのが原因。いまでは変速機やホイールの走行音はほとんどしないから、気がつかないというのもあるようだ。
つまり、エンジン音の有無で、車の走行の有無を想定しながら「合理的に」走っている人がほとんどなん。
そこに想定外のスピードの自転車がくる、というわけだ。

だからロードバイクは事故が多い。
車にもよくぶつけられる。原因は自転車が速いから。気がついたら横にいたとか、もう目の前に来ていたとか、よく聞く。

今日もインドモンスーンを買いにゴールデン・コーヒーまで走ったけれど、ヒヤリとした瞬間が何度かあった。
ぼくはロードパイクはオートバイと同じという認識だから、絶対、車道の左側を走る。音がしなくても人か車か自転車が飛び出してくるといつも想定している。
だから信号や交差点で、そんなのお構いなしのおばさんや高校生に抜かれる。

それだけ注意していても、それでも衝突しそうになる車が結構多い。
こちらのスピードが読めないんだろうな。
それと最近は運転が下手な人が増えた。「左小回り、右大回り」というのが自動車を運転する際の、大事な鉄則。
それが右で切り込んでくる人がいるから。

ほんとに危ない。
交通事故はありとあらゆるものを犠牲にしてしまうから、危ないと感じたらったら即、逃げるか止まる。

それでも「キープ・レフト」の遵守でどれだけか事故のリスクから逃れることが出来ていると思う。
ぶつかったら終わりだものね。ぶつけられても。



2005年02月11日(金) Arneのある風景




なんだかざわついていて、
生活を大事にしたい。
丁寧に生きたいと思うとき、感じるとき、
そばにあって欲しいものがあります。
それがあれば精神が、心が落ち着いてくるもの。

Arneはそんな雑誌です。
この本のことはこの日記にだけ書きたかった。
どんなに疲れていても、身の回りの一つでもいいから清潔にしたり、整えることが出来れば
ぼくは崩れないですむ。
Arneを読むとぼくははそう思うように、行動するようになります。
単純だから。

もちろんそんな時に読める本があったり、音楽があれば、とも思います。
それを集めて身の回りに置いているのかもしれません。

本屋さんで見つかった時だけ買っていたんですが、とうとう年間購読をすることにしました。

話は変わりますが睡眠について。
もう少し睡眠の質を高くしようと思います。
「ながら」はやめてすぱんっと寝ること。

いい加減な睡眠では、身体はだませないので。
もちろん「ぼくの場合」ですけれど。



2005年02月10日(木) 袋小路の男

絲山秋子さんの「袋小路の男」感想文を書きました。
なんだか身につまされるようなところもありました…。
これは男と女ではだいぶ感じ方が違うかもしれません。
ぼくなんかは「女派」かもね。

明日からまた、というかすでに寒くなりつつあります。
寒暖の差が激しくて、なんだか消耗します。
おまけにスギ花粉が飛び出しそうなので、戦々恐々。
ほくは花粉症ではないのですが、あれって突然来るんですよね。
怖いな。

さてそろそろ、縦書きの方に集中しなければ。
ブログは当分、散文や感想文が多くなると思います。

「袋小路の男」の感想文、読んでみてください。



2005年02月09日(水) 糸がいろいろ

メールから。
●村上春樹さんの「海辺のカフカ」の文庫がでるので、その予約注文の案内が届く。
ハードがあるからいいかな。

●ジャスト・システムからメールソフト「シュリケン」の新しいヴァージョンの案内が届く。アウトルックは標的になりすぎだし、今回は本気で乗り換えを検討中。機能も優れているように思うんだけれど。

サイトで。
●ブログのIn Paradisum の文字が突然小さくなった。
理由は不明。どのスキンに変えても小さい。
ぼくの記事は一つ一つが長すぎるのだろうか。強制的に変わるのかな。
このブログは2ウェイスタイルにならないのです。

●もう一つのブログの「コメント欄」。ずっと「形式が違います」というエラーがでて、ずっと書き込みが出来なかった。
サーバーに聞いても教えてくれるはずもなく、もしやと思ってある部分をいじったら書き込みが出来た。
理由は不明。

●ある本を読み出すも、「グリーンのビアンキ」がでてきて、おやっと思う。
ぼくは「チタンカラーのコルナゴ」だから。
ビアンキとコルナゴはライバルなのです。

●トレックのタイヤのサイドが裂けたので交換。スペシャライズドのニンバス、丈夫で長持ちしました。今回は国産。パナソニック。イエローのタイヤです。
タイヤが新品だとグリップがよすぎて怖いぐらい。

●また「バンシゲ」のCDを聞き直しています。
ほんとにいい音出してるよなあー。
この音楽は必ず語りぐさになると思う。もうなりつつあるもんね。

●もうすぐ「アルネ」が届きます。

●いかん、書かねば。という作業がありました。
いかんいかんいかんいかん…。



2005年02月08日(火) 夕方に雨が上がり

夕方にハナと綺麗な空気の中を歩くことが出来ました。
一日の終わりにとても素敵なプレゼントをもらった気分です。

書いたもの。
walk with jeanに「クスノキアラウンド」の続編。
In Paradisumに庄野潤三さんの「ピアノの音」の感想文を書きました。

こちらはそろそろ縦書きの応募作品をまとめていきます。短編。
枚数は30枚以上。

聴いたもの。
マイルス・デイヴィスの「リラクシン」。

読んでいるもの。
池澤夏樹さん「すばらしい新世界」
それと次の感想文の対象となる本。書けたらアップします。

明日はサッカーの北朝鮮戦。たぶん視聴率が凄いでしょうね。
タフな試合になるぶん、実は海外組はそういう時のために必要なんだとぼくは思います。

システムやフォーメーションは研究され尽くしていますから、それが機能しなくなったときに動けるのは、
それが常に要求される厳しい戦いを繰り返している選手だと思うので。

明日の夜は静かにしていたいんですけれどね。



2005年02月07日(月) 42日遅れのバースデイ・ケーキ




今日は嬉しいことがいくつもあった。
一つはぼくのサイトの作品を読んでくれている方からメールを戴いたこと。
ほんとうにありがたい。
とても大きな励ましをいただいた。

二つめは薔薇の花を生けたこと。
かすみ草と深紅の薔薇です。

たまたま立ち寄った花屋さん。
あんまり売れない花屋さんなのだと思う。
薔薇の花ががもう開いていて、たぶん水切りばかり繰り返したんだと思うけど、茎が短くて。
あー、これじゃもう捨てられるなと思って、全部くださいと言ってしまった。

そんな薔薇だから格安。ステンレスの花入れから全部抜いて、千円。
普通なら二、三本しか買えない値段だった。
それでも部屋に置くと、やはり薔薇はいい。
短い間だけれど楽しませていただく。

三つめは誕生日から遅れること42日で、バースデイ・ケーキをもらったこと。
この方はぼくがお酒を呑まないこと、ケーキが大好きなことを知ってから、毎年、誕生日に違うお店のとてもおいしいチーズケーキをプレゼントしてくれている。
もうかなりのお店のチーズケーキを戴いた。

その方は去年の暮れは風邪をひいてダウンしていたことと、猛烈な忙しさのために今になった、と。そんな、詫びなくてもいいのに…。
有り難く頂戴した。

今回は左京区北白川のエキュ・バランスのもの。
これからいただきます。

そんな一日でした。



2005年02月06日(日) 本を読む

昔はこんなに本を読みませんでした。
「読まなければいけない」専攻だったのに読まなかったな。
だけどなんだかなあ、やっぱり本は読まなあかんね、と、最近では思っております。

ところで読書も、音楽を聴く、というのも一つを掘り下げ出すと次から次と作品が出てくるという共通点がありますね。
暇な時間はほとんど無いけれど、「犬猫自転車植栽家事」が一段落したら、必ず本かCDに手が伸びます。
最近その「犬猫自転車植栽家事」に「モノカキ」が加わってさらに時間が制限されるけれど、そうなればなるほど「こんなんありますけど」と新しい作品が出てくるんです。
自分で呼んでるんだよ、といわれますが、そうかなあ。


で、今日は「カイマナヒラの家」の感想文と「クスノキアラウンド」の続編を書きました。
タクティクスとして「アウトプット優先」を選んでいます。
すると面白いことに次の本とか音楽が現れるんですよね。
不思議です。



2005年02月05日(土) UAを聴きながら

UAを聴きながら書いています。
二枚組のベストアルバム。スタジオ録音のベストではあると思います。
(ライヴのベストは昨年出されたもの)

昨日、「真冬のコナウインド」という日録風散文を書いたのだけれど、なかで「ハワイ」をそのままの表記で書いてしまったことを後悔しています。

「ハワイ」は「ハワイイ」というのがネイティヴでは当然のことだったのに…。池澤夏樹さんの「カイマナヒラの家」を読んで知っていたのに…。

ぼくはこのハワイイを舞台にした短編小説がとても好きです。

今日は薔薇の鉢替えをしました。そのことは「薔薇を洗う」という同じく日録風散文に書き残しました。

そう、「鈴木さんの椿」が今年も咲きました。ゴザンスマガジンに書いた最初の原稿のタイトルになった椿。
季節は繰り返され、木々はひたすらに同じ花をつけようとし、そして咲かせて、散らせます。

何も変わらない営みのようで、実は微妙に少しずつ変わって見えて、だけど本質は何も変わっていない。

日録風散文はこちらです。In Paradisum



2005年02月04日(金) 恵方と初午

昨日は節分。
太巻きのかぶりつきはしませんでした。
去年もしなかった。
大阪の海苔問屋のアイデアに文句はないけど、それにはまるのもなんだか嫌になったので。

神道でいう「恵方」とは四つしかありません。それが毎年変わるわけです。
日本で唯一の「恵方社」は京都の神泉苑にあります。
ここのユニークな点は祠が回るところ。
今年の歳徳神は申酉の西南西だから、祠は反対を向きます。
だから参拝に来た人は西南西にむかって拝む形になるのです。

石の台座は大晦日に回されます。
だから一年中、恵方に向かって拝めます。
節分に太巻き食べそこねた人でも、こちらのほうが御利益があるんじゃないかな。

こっちはカミサマ。太巻きは海苔問屋。さあどうだか。
気は心ともいうし…。

それと今年は初午と節分が重なりました。
初午というのは伏見稲荷に神様が降りてきた日のことで、お稲荷さんでは大事な日。
で、昔から、といっても京都の町衆の言い伝えですけど、初午と節分が近い年は火に気をつけろといいます。
火の災いが頻発するぞ、ということですね。

太巻きよりもこっちのほうが、気になります。



2005年02月03日(木) −2.6℃

昨日の最低が−3.6℃だったから、寒さの峠は越えたみたいです。
雪も降りませんでした。ただ路面はがちがちに凍結。
ちょうど関西の私立大学の入試期間中で受験生には大変な日々でしょう。

文庫本主義者からある賞への投稿を勧められました。
ある程度の評価がもらえると出版してくれる賞です。
締め切りまであと一ヶ月。
とにかくその要請を受け入れて、応募してみることにしました。

助かるのはホームページなどで発表したものは未発表作品と見なしてくれること。
たぶんブログで書いているものを原稿用紙に書き直し、整理して応募すると思います。
テーマをさらに絞って。

今日はROSSOのニューマキシシングルを聴きました。
相変わらずこてこての激しいロックンロールです。
ジャムセッション風にやっているのが「ごつごつ」していて、とてもいい。
ただジャケツトの写真が好みじゃないなあ。

ダーテイー・カラットやその前の「1000のタンブリン」のジャケツトはとてもよかったんだけど、Tシャツのロゴがね…うーーーん。

この音はひとりだけで聴きます。どうしても最後の曲でハナがほえるもので。
それだけレアな感覚の音なんだろうな。
こういう音を出すバンドがあまりないからね。

チバくんは相変わらずかっこいい。
「叫ぶ」詞も。
彼の声はどうしてもチャーボーを思い出すね。村八分の。もう故人ですが。
彼のライヴを聴いたことのあるものにとっては同じ質の声が聞こえてくるから、記憶にまでびんびんに響いてきます。






2005年02月02日(水) 雪の日

昨日の冷たい晴天は、今日のための「冷え」だったのだろうか。
朝から雪が止まない。
植物たちはみな退避させたけれど、地植のものはまともに雪の中である。
今日がピークらしいけれど。完全に融けるまで時間がかかりそうだ。

気になるニュースとしては「一太郎」のジャストシステムが特許権侵害で松下電器に敗訴したことがある。
「一太郎」の販売が即座に中止になるわけではないのだけれど、松下とジャストシステムの特許に対する「温度差」がはっきり見えた。
特許侵害は「ヘルプ」のアイコンをクリックしてからの一連の動作らしい。詳しくはわからないけれど、いずれにしてもソフトの本質的な部分ではない。

だけど、だからこそ松下はこだわったのではないだろうか。こんな些末なことを…、という雰囲気がジャストテシステムにはまだあるみたいだけれど、
問題は深刻だと思う。
ユーザーの間にもこんなことで何故裁判までしないといけないのかという声もある。

しかし、どんなことでも自前でつくるということに神経を研ぎ澄ましているメーカーと、似ていても解釈の問題だけ、と考えるメーカーでは
社会的な認知の優位性や投資のメリットからしても、前者の方が圧倒的に有利なのだ。

まして地裁段階で認定されてしまうという判例を作ってしまったわけで、最終的に勝ったとしてもジャストシステムに対する不安感は残るだろうし、
仮に負けたら、製造販売が中止になるわけで、
「一太郎」から他のソフトに乗り換える人が出てくるのは仕方がないと思う。

「他のソフト」というのは端的に言ってマイクロソフトの「ワード」だろうけれど、
日本語変換に関してぼくは「ワード」に不満があって「一太郎」に乗り換えた人間なので「ワード」には戻りたくない。

また「ワード」ユーザーが増え続けているらしく、そうなると完全にマイクロソフトの独占となってしまう。
それも怖い。

例えばブログのコメント欄に書き込もうにも「形式が違います」とかエラーがでて、「一太郎」で書き込めなくなる可能性だってあるんだから。そんなことはないと思うけれども。

ソフトは多様でないと、同じトラブルで全部駄目になるし、おなじソフトの枠組みでしかものを考えなくなるおそれだってあるから、
「革命的警戒心」というと大げさかもしれないけれど、
それぐらいの緊張感はもって欲しい。
「こんなこと」で足許をすくわれないで欲しいのだ。
一ユーザーとしての願いである。

もう一つはネットと国語力の問題。京大の佐伯啓思さんが書かれていた。

日本文化の現状はは無惨である、という認識が示され、その根っこには国語力の低下がある、と。
国語力の低下はテレビとネットによるのだという指摘。

ネットであまりにも簡単に「自己表現」できることが文化の程度をどんどん下げている、というのだ。
そのネットでの表現の特徴はは「直截」ということだ。深みも幅もない。
そしてネットへの対抗力が国語力なのだという。

つまり、ものを考えない人間が増えているということなのだ。
「だとしたら」と考える。
と、原稿用紙やノートに戻ればいいのだ。

ネットという枠組みではなく原稿用紙という枠組みでものを考えるのだとしたら、どちらが幅広く考えられるだろう。どちらが自由だろう。
結論は出ないし、結論はない。

所詮、道具なんだよね。

自前の言葉でものを考えよう。それが結論。





2005年02月01日(火) 冷え切った世界

予想どおりの寒さになりました。
ただし、今回の寒波が西からやってきたので、京都市内はまったく雪が積もりませんでした。
丹波山系が壁になってくれているのです。

しかし寒さが厳しいのは西からのパターンの時。ちょうど風がまわって南風になるんです。
これは京都独特の現象で、若狭から来る寒波の時(北から来る寒波)は湿気があって雪が降りますが、西からの時はからからに乾いてどんどん冷えていきます。
空は風がすっ飛んでいる状態。むしろ青空が多いんです。
「大陸的」といった人もいました。

夜に入ってどんどん冷えていて、外猫用の水が凍ったので、かえてやりました。
明日の朝はかなり厳しい寒さになりそうです。

ではハナが待っているので。
おやすみなさい。


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