|
2004年03月13日(土)
▼「自分のオカマ歴史はここで作られた」 そう言っても過言ではない。
▼初めて足を踏み入れたのは大学一年生の夏。 この頃のアタシって暴走モード最盛期で トークが止まらなくて17時間ノンストップメガMIX状態。 息を吸う方法は引き笑いのみ(呼吸法其の壱「さんま方式」) それ以外の時間はず〜っと話し続けたアタシ・・。
▼あまりに五月蝿いからアヤメキラーなる存在もいたわ。 いま冷静になってみると「キラー」って・・殺人系ですか? 人に対してあまり使ってはいけない言葉な気がするけど この当時のアタシのイメージって
海で産卵 細胞分裂 ・・・etc
現在は「ナマコ」に落ち着いてます。
▼アタシの存在が新人さんの足を遠のかせていた時代。 新人の登竜門と言われ(自称) 愛想笑いと相槌の出来ないオカマはまず生き残れず そこで生き残った方はより抜きのオカマ精鋭として いまもお会いする機会が多々あります。 いやー・・アタシって何様?っていう時代だったのは確かです(自爆)
▼一年以上も皆勤賞を続け、お茶会→オールという状態が 驚くべきかな、一年近く続いていたあの頃。 いまでは布団のない所、音のない所でオールなんてできません。 体力もさることながら、一緒に付き合ってくれてた人に驚きです。
▼ホントに色んな思い出が蘇える○コ。有難う○コ。 そして、潰してご免なさい、○コ。
|
2004年03月12日(金)
▼「THEテレビ女ン」は涙の終焉でした。
この仕事をもって東京での女装は見納めとなりました。 ブルボンヌさんやマツコデラックスさんの涙が印象的で あたしも涙が止まりませんでした。 もらい泣きの部分はあったけど込み上げる寂しさは真実です。
年末の東京ゲイナイトでお立ち台に上げてくれこと。 大学生ナイトや他のクラブでも気軽に声をかけてくれたこと。 本当に努めて明るく振舞うバブリーナさんの姿が印象的で その姿をこれから見られなくなると思うと悲しかった。
出口の所で最後「お疲れ様でした」と挨拶をして 歩いて駅に向かう間、やっぱり涙が止まらなかった。
皆に愛されたDQバブリーナさん、本当に有難う御座いました。
|