あたろーの日記
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旧暦3月23日。 福知山線の事故。 1両目の車両から事故翌日に救出された女性が亡くなったとの報道。救出された時、レスキュー隊に囲まれている映像を見て、涙が出るほど感動したのに、その人が亡くなってしまったとは、なんと残酷なことだろう。 事故の背景が明らかになるにつれ、JRという企業の体質に疑問と怒りを感じる。運転手もある意味被害者だった。過酷な勤務状況、ミスには屈辱的な厳罰を与えはしても再発防止のために手を貸してくれるでもない。事故をめぐる報道の中から見えてくるのは、上層部のエリート達が現場で働く運転手を監視し搾取する構図だ。子供の憧れの職業である電車の運転手さんは、JR西日本という企業の中では尊重されていないんだろうか。 また、事故当初、運転手が23歳という若さで、過去に何度かオーバーランなどで処分を受けていたことや、乗務中、目がうつろだと乗客から指摘されていたことなどを頻繁に報道し、あたかもそういう運転手だからこの事故が起きたのだ、というイメージを受け手に与えていたマスコミの報道姿勢にも疑問を感じた。それが今では声を揃えてJR西日本の企業体質批判。他社に追いつけ負けるなで新しい情報を求めていい加減な解釈をつけて垂れ流すのではなく、新聞社もテレビ局も、入手した情報をしっかりしたポリシーと視点でこちらに伝えて欲しいと思う。
今日の午後は台所に立って、時間をかけて大地宅配で届いた野菜を料理した。大根を煮たり、根三つ葉をきんぴらにしたり、大根ときゅうりをキムチにしたり。大根の葉は、さっと茹でて3センチ長に切り、オリーブ油とにんにくで炒めて塩胡椒で味付け。これが結構美味しいのです。パスタにしてもいいし、ご飯のおかずにも勿論合うし。で、気がついたら、夜ごはん、おかずが8種類になってしまった・・・私、ダイエットしてるんじゃなかったっけ(汗)まあ、いっか。野菜中心だし。
| 2005年04月30日(土) |
一箱古本市と上野松坂屋 |
旧暦3月22日。 連休2日め。うだうだしているとあっという間に終わってしまうぞGW〜ということで、頭の中でどっちの方向に出掛ければ一度で沢山の用事を済ませられるか考える。今日のメインはこれ→不忍通りの一箱古本市と、新しいスニーカーを買うのと、「三河みりん」を買うのと、小さい雪平鍋を買うこと。これらを全部、最低限の交通費と時間で済ませることができるルートを考えて、考えた挙げ句昼過ぎにようやく家を出る(←出掛ける時間自体すでに遅し)。自転車で行きたいところですが、狭い不忍通りが今日はイベントでなおさら狭くなりそうなので、人の迷惑を考えてバスで行く。 バスで不忍通りまで行き、まずは古書ほうろう。あー、やっぱり人が沢山いるなあ。店の前に段ボールとか、トランク?を置いて、その中に古書が入っていて、しゃがみ込んで本を眺めている人達、で、一箱古本屋さんの店長さん達や、関係者の人達がそばに立って楽しそうにおしゃべりしている。主催者の南陀楼綾繁さんもいましたが、すぐに分かった。だって、著書の表紙に描いてあるカワウソ?っぽい似顔絵(おつれあいの内澤旬子さん画)そのまんま。実はこの一箱古本市、ほとんど毎日読んでいる南陀楼さんの日記で知りました。不忍通りの古書店や喫茶店など、協賛各店が大家さんになる形で、一箱古本屋さんの各オーナーの箱を数箱ずつ、軒下に預かる、という仕組み。はじめ、店主として参加しようかなあ、と思ったのですが、自分は売るより買うほうが好き、というか、そもそも今まで買った本はみんな自分で抱え込んでいたい性分なので、売れないや、と思いとどまったのでした。しかし、それを知り合いの書店大好き君に話すと、「べつに自分の持ってる本を売らなくていいんじゃないですか。一箱古本市用に、自分の箱のイメージに合った本を古書店であらためて買い集めて、それを売ればいいんじゃないですか?」と言われた。な〜るほど!それなら楽しそうです。いわゆる背取りってことですね。背取りって、あんまり良いイメージ持ってなかったのですが、一箱分のそういう楽しいイベント用ならやってもいいなあ、と思った(ふだん古書店や古書市で、いかにも背取りやってるような、大量の古書を、それも中身よりタイトルと体裁をチェックしてブルドーザーの如く買っていく人に遭うと、ちょっと反感覚えてしまうのです)。で、その彼も、「僕来年参加してみたいっす!」と言う。確かに楽しそうだ。本に関するイベントに自分も参加できるなんて、いいよなあ。と、取りあえず第1回目の今年はどんな感じなんだろう、と、行ったわけです。 途中から前置きに替わってしまいました。本題に戻ります。 最初の古書ほうろう、せっかく一箱古本市に来たのに、店の前の箱のお店の周りに立っている人達が沢山いるので、箱の前にしゃがんで本を選ぶのがなんだか恥ずかしくて、そそくさとほうろうの店内に入り、フツーに古書店に来た感じになっちゃいました(笑)。しかし、ほうろうの店内もすごく混んでいた。次に近くのブックオフにちょこっと寄って、あとは往来堂書店に一直線、ずーっと歩いていく。通りは根津神社のつつじと一箱古本市、どっちを見に来たのか分かりませんが、普段の休日より人が多いような気がした。普段、休日はこの通りを自転車で行ったり来たりするのですが、歩きで正解。自分が歩く側になってみるとようく分かる。自転車っていうのは、結構傍若無人なのだ。自転車に乗っている側はそんなにスピード出してるつもりなくても、同じ歩道を歩いている人にとっては、怖い存在だったりする。反省。今度自分が乗るときは、もっと歩く人の立場になって走ろう。 今回のイベント、古書ほうろうと往来堂書店以外にも沢山会場があったのですが、寄ったのは結局2ヶ所だけ。情けないことに、すぐ疲れてしまったのです。一週間の疲れがドッと出てしまい、早く家に帰って、落語聴きながら一杯やるべ、という気になってしまった。で、往来堂書店の前の古本市にも一応寄って、でもやっぱり人が沢山立ち話をしたり、店主さん達が店番してたりで、どうも気恥ずかしくて(?)、すぐ書店の中に入ってしまった。私はかなり優柔不断なので、新刊店、古書店にかかわらず、本屋に行くと、あれこれ手にとってはパラパラめくってジーッと読んだりして、さんざん迷った挙げ句買わずに棚に戻すという動作を繰り返す。年季の入った古書店だと、そういう客は当たり前なので放っておいてくれるし、客が多い店でも居心地は良いのですが、そうでない店だと、どうも、こいつ買う気があるのかないのか、って思われてる気がして申し訳ない。あと、自分の頭の中覗かれてる気がして、本を手にするにも気取って意識してしまう。だから、本を選ぶ空間は、ある意味、店主の広い手のひらの中で自由に遊ばせてもらえる空間でなければ落ち着かないのです。自意識過剰な客だよな(笑)。 で、またまた往来堂書店の中に入り、買ったのは『行動することが生きることである』『私の作ったお総菜』(宇野千代著・集英社文庫)を買って出てきた。いきなり宇野千代2冊だ。宇野千代、私が子供の頃はまだご存命で、その頃は、得体の知れないおばあさんだ(失礼!)、とか、ほんとにこの人死なないんじゃないか?とか思っていた。で、100歳近くまで生きて、亡くなった時はなんだか衝撃的だった。死ぬまでしっかり生きていた、そういうイメージがあった。まだこの人の小説を読んだことがないのですが、最近ちょっと宇野千代さんの生き方に興味があります。生き方、というか、その姿勢。それで、小説じゃないけどまずはこの2冊が目に入ったので。このところ料理に関する仕事にずっと携わって来た人の、料理に対する細やかな気配りが書かれてある著作が面白いなあと思っています。辻嘉一の本や、辻嘉一と宮尾登美子(『八百善物語』という著作がある)の対談も面白かった。2年前の転居を機に、それまで使っていた電子レンジは押し入れに仕舞ったまま。電気炊飯器はやめてご飯は文化鍋で炊く、という風に、少しずつだけど、現代の便利でスピードのある調理機器に違和感を覚えるようになって、遠ざかりつつある。だいいち、お米でも野菜でも、電気で調理するより火で調理したほうが断然美味しい、ということに気がついた。そうなると、ダシだってインスタントじゃなくて椎茸と昆布を水に浸しておいてそれを使ったり、醤油や味噌だって、原料を混ぜ合わせて科学の力で急速発酵させたものより、長期熟成のものを使いたくなるし、お店で食材を買う時も、由来とか、製法とか、作った人のポリシーとか、とても気になるようになった。で、忙しさにかまけて食生活がいい加減だった結果、自分の体調もよくない!と自分で分かるようになって、自分の食生活をもっと見直そうという思いも強くなってきた。 てなわけで、ご高齢になっても台所に立ち続けた宇野千代さんの、お総菜についての本。手間ひまこそが健康をつくり、心の豊かさも生み出すような感じがして、今、料理の手間ひまにとても興味があります。 往来堂で宇野千代本を買って、次の行動へうまく繋がりが出来(笑)、次は再びバスに乗り、上野松坂屋前まで。途中、バスの中から南陀楼さんが自転車で古本市会場を回っているのが見えた。本に関するイベントを企画して実行してくださる方々に感謝。こういうイベント、もっと増えるといいな。他の会場にも行きたいような気がしたけど、心はすでにほとんど上野御徒町。松坂屋の屋上園芸コーナーを見て、台所用品売り場で、径13センチの雪平鍋発見!行った甲斐がありました。というのも、鍋はだいたい16センチからしかなくて、13センチと小さいものがなかなか見つからなかったのです。台所用具は最低限のものしか持たないようにしよう、と決めているのですが、1人分の味噌汁とか蕗味噌とか作るのにちょうどよい大きさの鍋がどうしても欲しかったのです。これでばっちりだ。次は地下の食品売り場に。ここにたしか「正直村」という自然食品店が入っている・・・あったけどスペースが小さい。うーん、「三河みりん」はない。でも美味しそうな「昭和六年豆腐」と納豆を買う。 さて、「三河みりん」でございます。ご存じの方もいるかもしれませんが、ご存じなかったら、ぜひ、探して使ってみてください!!昔、大地宅配を教えてくれた女性、この方はマクロビオティックも教えてくれたのですが、彼女が「これを使ったらほかのみりんは使えなくなるよ」と教えてくれたのが「三河みりん」なのです。大地宅配でも扱っているし、自然食品のお店に行けばたいがい置いてあります。他のみりんより色が濃く、飴色で、実際味も濃厚なみりんです。作っているところはここ→(株)角谷文治郎商店これを使うと、スーパーで売っている、みりん風調味料が物足りなくなってしまう。みりん風・・の何倍もの値段がするのですが、それでも720mlで980円。調味料は高くても良いものを使った方が、日々の料理は絶対楽しくなるんじゃないかと思います。このみりん、なんとフツーにお酒として飲めるそうです。で、これで煮物つくると、やっぱり味が違う。私はこの前、この三河みりんを切らしてしまい、買いに行く時間がなかったので近所のスーパーで大手メーカーのみりんを買いました。しかし、使っていて、みりんを鍋に足している気がぜんぜんしなかった。早く使い終わって三河みりんを買いに行こう、と思っていたら、大地宅配の注文用紙に載っていたのですが、注文しそびれてしまい、今日、わざわざ探してしまいました。たかがみりん、されどみりん、です(←コーフン状態)。それで、「正直村」にはなかったのですが、同じく地下にあった酒屋さんに、置いてありました。しかも、初めて見る「三州味醂 自然農法産米仕込み」も一緒に置いてあったので、そちらを買いました。同じく角谷さんのみりんです。もう、使うのが楽しみです。 ・・・・・・ところで、デパ地下って、凄い誘惑ですよね。一度潜り込んだら出られなくなるワンダーランド。恐ろしい場所です。用もないのにお菓子売り場も回って試食品つまみ食いして、浅草満願堂で芋きん2つ(今日の分と明日の分)買って、コーヒー豆買って、明日の朝用にパン買って(硬くてドライフルーツやナッツの入ったパンが大好きなのです)、イカの塩辛買って、シュウマイの試食もらって、匂いにつられて紫蘇餃子買って・・・だんだん当初の予定からずれて雲行きが怪しくなってきた。気がついたら午後6時。この後御徒町に行ってスニーカー買うつもりだったけど、人に酔った&大荷物&足の疲れ&時間的余裕がなくなったので、諦めて帰途につきました。 自宅で落語聴きながら呑んだり食べたりしていたら、突然頭痛と吐き気に襲われた。それで、急いで片づけて布団出して寝てしまいました。なんだかだらしない。 それで、昨日の日記を今日(日曜の午前)書いている次第です、ハイ。長くなっちゃった。
  旧暦3月21日。 友人と新宿へ。まずデパ地下。伊勢丹の地下食品売り場を徘徊して、お昼のお弁当とおやつと夜のおにぎりを買う。それから新宿御苑。連休初日で好天に恵まれたせいもあり、大勢の来園客。で、みどりの日ということで、入園料が無料だった。つつじを見ながらお弁当食べて、のんびりおしゃべりして、園内散策。新宿御苑に入るのは初めて。いやー、でかい。新宿のビル群を間近に控えて、どどんとそこだけ一帯緑にあふれている。まるでセントラルパークみたいだ(NYには行ったことありません)。つつじと花水木が満開。藤の花も咲き始めている。カメラをぶら下げた人達、イーゼルを立てて絵を描く人達、家族連れ、カップル、サークルの仲間達・・・等々、いろんな人達がたっくさん。新宿御苑、これからちょくちょく行きたい、と思いました。 御苑を午後2時半前に後にして、次は近くの末廣亭へ。先日招待券が当たったので、今日はタダ♪着いたらちょうど昼の部お仲入りでした。さすがに混んでいてほとんど空いている席はなかったのですが、幸い、桟敷席の前方端っこが2つ空いていたのでラッキーでした。ここに座って、3時から9時まで、落語を堪能。 3時を目指して行ったのは、三遊亭歌武蔵がお目当てだったのですが、あいにくお休みで代演は三遊亭吉窓。でも着ぐるみでライオンを演じることになった主人公のとほほぶりが笑える創作落語は面白かった。すず風にゃんこ金魚の身体を張った漫才に爆笑。柳家権太楼の「代書屋」、桂文生「人形買い」はふだん途中までしか演らない噺を最後まで。夜の部は柳亭小燕枝「小言念仏」、三遊亭円丈の創作落語、柳家三太楼「初天神」、柳家喬太郎の創作落語、紙切りの林家正楽、などなど。残念ながら夜の部主任のさん喬師匠はお休みだったけど、喬太郎さんで大満足した。落語を聴き始めた頃は、古典落語のほうが断然面白い、と偏見を持っていたのですが、喬太郎師の創作落語は滅法面白い。ネットやラジオで、音声のみで喬太郎師の落語を最近集中して聴いていたのですが、やっぱり高座を間近に見ると、身体全体で演じる爆笑創作落語は最高に充実のひとときです。あの表情(私の視力がもっと良ければ〜残念)としぐさ。突然バタッと倒れ込んだり、足をくずしたり、首を振ったりと忙しい。マクラからくだらない話題でどんどん笑わせてくれる。街で見かけるカップルの生態とか。あー、いるいる、そういう人!とこちらは思わずゲラゲラ。いやー、ほんと、笑わせてもらいましたです。喬太郎師は、切り取った場面のアングルが絶妙だ。前の場面からいきなりズバッと別の場面へ移るのだけど、客席もその新しい場面展開に違和感なくついていき、噺家の意図した所にすんなり陥って爆笑する。噺の中の何人もの登場人物の中で、この場面には誰にどういう台詞を言わせるか仕草をさせると一番笑えるかが計算され尽くしている。それと場面展開と演じ分けの巧さが、喬太郎師の創作落語に客席を飽きさせずにぐいぐい引っ張り込んでいく。時々、古典新作にかかわらず、登場人物のどちらの台詞かまったく分からなくなってしまう、子供が喋っているのかご隠居さんの台詞なのかさえ区別がつかなくなってしまう噺家さんがいるのだけど、喬太郎師の場合、オーバーなまでに上手に登場人物の性格を表現していて、なおかつツボをわきまえて演じているので、高座を見ていて場面を容易に想像できる。ほんとに巧い噺家さんだなーと思う。 途中、昼の部だったか、どの噺家さんだったか忘れたけど、噺の途中で、高座の上あたりの2階で、パイプ椅子?がバターン!と凄い音を立てて倒れる音が。しーんとなる客席。「・・・今の、大丈夫ですかね」と噺を中断して言う噺家さん。それからみんなで大笑い。どうやら2階の事務所で席亭さんかどなたか椅子ごとひっくりかえったらしい。木造ですからねー。それから気温28度を記録した東京、満席の末廣亭はさすがに暑かった。あまりの蒸し暑さにノースリーブに。しかし、それでも汗ばむ。最初エアコンが効いてなかったのですが、夜はなんとか涼しく効いてきました。でも、まだ4月なのに暑すぎますよね、今年は。 寄席の後は新宿で少し呑んで、ほろ酔いで心地よく疲労した頭と身体で帰宅しました。連休初日でかなり充実した1日でした。
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