浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2001年10月25日(木) 映画を見てきた/批評する目を忘れて、パワーに圧倒されたいんだ

なんとか時間ができたので、ひさびさに更新。F1ネタにあらず。
F1ネタはいじりいじりしているんだけど、なかなか突破口が見つからない。うーん、なかなか腰を落ちつけて創作ができない〜。体が2つ3つほしいです。

このごろ私事雑事が多くて煮詰まっていたので、休める日くらいは気分をあらためようと映画を見に行ったのね。
1回目から最終の上映まで網羅したのはひさしぶり。入れ替えのない映画館はいいなー。途中で爆睡しちゃったけど。(笑)
心の中でツッコミ倒すわ、場面を再構築してみるわ、まっとうな映画ファンでない見方をしてしまいがちなワシです。
アニメーションやSFや猟奇なサスペンスや時代物など作り込まれた世界が好きだから、それに盛り込まれたガジェットや暗喩につい気持ちが行ってしまう。
コンサートもそうだけど、なかなか演出効果を批評したり吟味しようとする目を忘れることができない。それが悩みなんですわ。
それでも時には、それを忘れてしまう出会いがある。頭上から降り注ぐ音に、我を忘れてただその音に身を震わせていたい、と思う瞬間。体を押し包む音に、自分の体が弦となりかき鳴らされて共鳴する楽器となった。これまで私が聞いていたライブはなんだったのだと問い、この喜びに包まれたまま息が止まっても惜しくないと思った。そんな瞬間が。
看板に「烏口」と書かれていようが、後から逆版で挿入されたシーンがあると知っていようが、ルトガー・ハウアーのロイ・バッティの表情と咆吼には、ビデオを見返すたび心臓をつかまれる。資料本読んでいようが完全版との違いを知っていようが、ジャン・レノのレオンが壁をたたき崩すシーンには、物語の圧倒的なパワーに押し流される。そんな風に画面に紡がれる物語に翻弄され、息を殺し見つめ見守ることしかできない瞬間が。
そういう瞬間がほしくて、私は映画を見る、ライブを見る、F1を見る。
鈴鹿の予選の放映を見たとき、圧倒されてひさびさに「化け物....!」と口走ってしまった。もちろん誰のことかはおわかりだと思う。
私が惚れた紅の魔獣は、無慈悲なまでに強く、サーキットに君臨する。その化け物に小僧っ子達がどこまで迫れるか。喉元まで食い下がり、競い合ってくれねば面白くない。その魔性の姿は、牙をむいて追い上げるときこそが、もっとも美しいのだから。来季が待ちどうしい。


2001年10月03日(水) I miss you !/ドライバー達のインプレッション

本の山が崩れ(^^;)て、数年前のCARTの本が出てきた。当然のことだが、グレッグ・ムーアやアレックス・ザナルディの記述もある。石見周さんはグレッグに惚れ込んでいたんだなあ。
ムーアを失ってから、もうじき2年。最近は、プレイヤーズ・ブルーのマシンを目にして胸を突かれることも少なくなった。彼をよく知る前に失ったせいで、比較的冷静でいられるのかもしれない。
時折、激しい食い下がりや壁ギリギリを攻めるドライバーを見ると、そこにムーアを重ねていることに気がつく。自分は、彼をオーバルを熱く攻めるドライバーの象徴のように感じ、そこに彼がまだ存在すると思っていたいのかもしれない。

ミカ・ハッキネンの姿を、来季1年見ることができないのは残念だ。マシンのトラブルさえ頻発しなければ、ミカのおそろしい速さは今年もフェラーリ陣営を脅かしたはずだ。きっと来季は、その不在に寂しい思いをすることになる。
彼の自信や勝負度胸は、ミハエル以上と思う。ミハエル、けっこう脆いところあるからな。(^^;)
デヴィッド・クルサード、肝心の所でコケたり周回遅れの処理など、見極めがやや甘い気がする。性格なんだろうか。キミ・ライコネンが彼にどれくらい迫れるかも見物だ。キミの教育の役回りも求められるだろうけど、若造を圧倒できなきゃあ立場なくなるぜ。
ウィリアムズの2人は、まだミハエルを追いつめるには修行が足りないな。ドライバーズサーキットと呼ばれる場所でのクラッシュやリタイアが多いのも、不安材料だ。
ラルフは、他車の後ろでの威圧感がまだ兄の域ではない。慎重なレースの組み立てやタイヤの使い方が上手いのは、期待できる。
くそ度胸のあるモントーヤ、マシンに慣れていけば来季はもっと伸びるだろうが、たぶん開発の主力はラルフの方だろうな。
今季の活躍は、ミシュランタイヤとエンジンパワーに多くを依っていたと思う。彼らには戦略下手という弱点もある。来季タイトルを狙うなら、ここがポイントだ。
3強のチーム首脳陣や開発の着実さは強みだ。ホンダ勢がもうちょっと競争力を増してくれれば、ジャック達の活躍もみられるんだろうけど、チーム内のごたごたが気にかかる。
勝利は甘美だ。けれど、それ以上にミハエルのすさまじい走りをまた見たいと願う。速いミカの存在が、ミハエルの能力を限界まで引き出したように。ミハエルの傍らには、強いライバルがいてほしい。


2001年10月02日(火) テロのショック/ハンブルクの思い出

ニュースを見てるとどんどんと世界が戦争に近づいてる感じがする。いったい21世紀が、こんなはじまり方していいんだろうか。(-_-;)
ブッシュ大統領や小泉首相の言動が、どうにも不安でたまらない。外務省も田中外相おろしにジタバタしてる場合じゃないと思うんだ。シビリアンが賢く状況を動かさないと、ユニフォーム組が後で苦労するんだよ。(と、パウエル長官も思ってるかもしんない。)

テロでミュンヘン五輪やフランクフルト空港爆破事件を思い出すのは、私が年だからかな?
無差別テロ→空港やスタジアムなどが狙われる?→GP開催危ない?と連想してあせったんだ。テロやハイジャックや誘拐事件はずいぶんたくさんあったから、欧州に生まれ育った人達の方が身近に危機の存在を感じていたかなあ。
ハンブルクにテロリスト達の住居があったのには驚いたけど、西ドイツの頃は亡命者や外国人の受け入れに積極的な国だったんだよ。(ネオナチの連中はその反動だ。)
ニューヨーク、ワシントン、ボストン、ハンブルグ....、みんな、さまざまな国の人々が集まる国際色も豊かな都市だ。人が多く集まれば、犯罪や衝突の可能性もある。けれど、自由に旅し移動すること、他国で働き新しい生活を築くこと、異なる文化を受け入れること、それらに活力を得て都市は発展していく。こんな事件でそれを失わないでほしいと思うんだ。

ハンブルクといえば、私の友人は数カ月間そこで暮らしていた。外国人にとっては、暮らし易い街だ。中央駅近くには薬の売人のたまり場と噂される場所もあったが、そんな物騒な場所は東京などにも存在する。ちょっと東京に似ていると思った。大昔からの港町で国際化がすすんでいるせいか、他の街では外国人に向けられがちな奇異な視線を浴びないで済む。
私も、ドイツの旅行中、この街が一番すごしやすいと感じた。言葉はできなかったから、あからさまな軽蔑の視線もあった。ときには身ぶり手振りでジタバタもした。言葉が通じないながらも手助けしてくれようとした人達がいた。ほほえみかけてくれた人達がいた。ある程度人との距離を置いて放っておいてくれるが、冷たすぎるわけじゃない。こちらが困っている様子を心配そうに見守る人達の視線を感じた。
大きくて、居心地のいい、懐の深い都市。ずっとこんな街に暮らすことができればと、そう思った。今も、あの街に恋してる。


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