徒然日記帖
日記の目次   登場キャラ紹介

2004年12月24日(金) 退院

入院5日目。朝食はやっと常食。といってもパンだったので常食の実感はイマイチ(苦笑)

友人C様に頂いたお花を半分ずつに分けて、地下の売店で買ってきた透明なカップに活け、それぞれ同室のお姉さんとおばちゃんへ。
お世話になったお礼。
どっちもやっかいな病気らしいけど、早く良くなりますように!

午前中に退院。
久々のシャバはすごく寒くなってました。入院前は温かかったのに(泣)

帰宅すると、まずは蘭ちょきがご挨拶。すごい尻尾振ってくれたv
玄関入って「ただいまー」と言うと、すぐに「にゃーー!」という返事が。
愛娘のシャムシエル嬢が速攻お出迎えしてくれましたv

ああこのフサフサふわふわフニフニ感‥‥‥!!!(抱っ)

ホームシックにはならないけど、キャットシックとドッグシックになってましたので、やっと思いきり充電できて癒されました。
シャムシエル嬢はしばらくくっついて離れませんでした。4泊も居なかったから心配してたのか‥‥‥ごめんよシャムちんっ(抱っ)

夕方には蘭の散歩にも行きました。近所を軽く。
かなり寒かったけど、犬連れの散歩はやはり楽しい。

クリスマスイブですが、今年もまたシングルベルです。
今回は父の仕事が忙しく、ケーキも無し。(お疲れ様です父上;)
部屋で猫たちとTV観つつ、独りロッテのチョコパイ食べてクリスマスを祝ってみました。
うん、たまにはこんなクリスマスもいいさ。



2004年12月23日(木) 入院日記〜その4〜

入院4日目。食事はまだ5分粥食。
同室のお姉さん(38歳)とおばちゃん(71歳)とはもうかなり親しくなり、世間話に花が咲きまくる。

なかなか出るものが出ないので、腸を動かすべく病院内を散歩。
そのおかげか、無事に開通。
ウンコが出て便所で小躍りしたのなんて初めてでしたよ。
便秘がひどい人も、きっとこんな感じなんだろなぁ。

担当医のお兄さんから許可が出たのでシャワーも浴びて。

明日には退院かと思うと、病室の窓から見える景色も名残惜しく。
周囲に高い建物が少ないので、かなり眺めが良かったです。黒崎の街、街に隣接した工場地帯、その向こうの若松の山々が一望できました。
夜明けの工場地帯の白い煙が良い感じでした。



2004年12月22日(水) 入院日記〜その3〜

入院3日目。
ご飯は5分粥食に。朝はパンでした。
病院のご飯は美味しくないというイメージがありましたが、とんでもなかった。おかずの味付けも美味しくて、かなり幸せでしたよv

2日目から歩けましたが、傷口が開くからあまり動き回るなと父に怒られ、しかたなく散歩は控えめにして年賀状の宛名書きをすることに。
ヒマな時間を有効活用しようと、プリントアウトしといた分を持って来てたのです。

年賀状が終わったら、あとはまたヒマなので、ひたすら読書、読書。
持参した『十二国記』2冊。
父が買って来てくれたハウルの本3冊。<大興奮v
友人C様の差し入れ『双一の呪いの日記』。
友人K様の差し入れ『魁!男塾』全34巻+小説1冊。

ありがたいことに読むものには不自由せず、双一君にクスリと笑いつつ、男塾に爆笑しそうになりつつ、ハウルにハァハァしつつ(サリマン×ハウルの師弟萌え)、なかなか幸せな入院生活でしたよ。
ありがたやありがたやv



2004年12月21日(火) 入院日記〜その2〜

5時過ぎに手術室入りして、出て来たのは8時頃。
胸から下は麻酔が完全に効いてて感覚がない、て状態でベッドに乗せられたまま病室へ。

あらかじめ1人部屋か4人部屋か選べたので、寂しくないように4人部屋をチョイス。(だって夜中に目が覚めて病室に独りだったら、かなり怖いと思う‥‥ええ、怖がりなのですよ/苦笑)

病室に着いてからは、麻酔との格闘です。
麻酔が効いてる状態ってのは、正座等で足がしびれた状態のバージョンアップ版とでも言いましょうか、完全に感覚が無くなるまでしびれさせてあるワケです。
その状態が、なかなか解けずにもどかしい。
足を動かしたくても動かない。
こういう状態が数時間続きます。(<正座でしびれた時とはここが違う。)

やがて傷口から遠い部位から少しづつ感覚が戻ってゆき、ついには傷口の痛覚も戻ります‥‥‥この時はめちゃめちゃ痛かったですよ(涙)
(<痛くて当然。)
灼けるような痛みってのは、多分ああいうのを言うのだ。

あまりの痛みに白衣の天使に助けを請うと、痛み止めの座薬を入れて下さいました。恥ずかしいとか言ってられません。でも冷静に考えると、何かのプレイっぽいですよね(笑)

38度の発熱のせいで朦朧としつつ、軽く眠りつつ。
朝になる頃には麻酔も完全に覚め、熱も下がり痛みもやわらいでました。

お腹空いたよ〜っ、と担当医のお兄さんに駄々をこねたら、この日の夕食から食事を許可してくれました。(手術から1日弱。)
看護婦さんが「美味しくないですよ」と言いつつ持って来てくれた3分粥食は、お粥好きな私にとってはかなり美味しいものでした。(米が3、水が7のお粥。梅干し付き。デザートにヨーグルトも付いてた。幸せv)



2004年12月20日(月) 入院日記〜その1〜

ぶっちゃけて言いますと、夜間や休日は若いお医者さん達がコキ使われてるだけで、熟練した医師の診断ってのは平日にしかもらえないのですね。

というわけで、熟練したお医者さんに診断してもらうべく、平日朝イチで再度病院へ。が、予約は無理だったため、延々と待たされることに。

午前中は卵巣が妖しいからと婦人科で待ち、検査、待ち、検査。
結果、卵巣は軽く大きくなっているが、それは生理前だから。という診断。
きっと盲腸だよ、と愛想のない中年熟練婦人科医。
(余談ですが、やはり婦人科医は女性であるべきだと痛感。女性の方が内診が丁寧。(個人差か?)前日の救急の婦人科医は若い爽やかな女性、この時の婦人科医は中年オヤヂ。むしろテメーが金払え!と言いたくなりましたよ‥‥デリケートなトコなんだからもっと丁寧に扱えっての(怒) ‥‥いや世の中には素敵な男性婦人科医も存在するのかもしれませんが。)

午後は外科で延々と待ち。
結果によっては手術もありうるってことで、ご飯も水も一切禁止の状態で、約3時間待ち。
仕方なく痛みと餓えと乾きに耐えつつ、ジャンプ読んだりして大人しく待つ。

やっとの診察。エコーで診て速攻、「盲腸でしょうね。」  早っ。
できれば入院せずに薬で治したいと伝えると、
「もうそれができるほど軽い状態じゃないからねぇ‥‥これは石もあるから、切らないと再発しやすいしねぇ。」

というわけで、手術決定。

執刀医さんにも診てもらい、ちょうどやって来た母と一緒に説明を受けていると‥‥
「じゃ、今から手術の予約取るから。早くて5時、遅くて8時くらい。」
もちろん、当日の。
この時、3時過ぎ。 ‥‥早っ;

盲腸確定後はトントン拍子に話が進み、5時過ぎには手術台に。

下半身麻酔か全身麻酔か選べたので、手術の様子が少しでも分かる方をと下半身麻酔をチョイス。

下半身麻酔用の注射はかーなーり痛かったですが、自分の下半身が麻酔で感覚なくなってゆく様子や手術の雰囲気を観察できたので面白かったです。
できれば執刀の様子も拝見したかったけど、それは禁止でした。
麻酔がしっかり効いてて、感覚も分からなかった。残念。

実はかなり重症なとこまで進んでたらしく、通常より時間がかかったらしいです。傷口も通常より大きくなったとか。(4cm。通常は2cm強で済むらしい)

執刀するお医者さん達は大変そうでしたが、当の本人は意外とヒマで。
ウトウトと居眠りしたり。
(かすかな音を聞く以外、することないんだもん。しかも2時間近くかかったし。)

人生初めての手術は、面白いけど暇、て感じでした。



2004年12月19日(日) 初体験づくし

夜中からお腹が痛くて耐えきれず、朝まで自力で解決しようと試みたものの、結局は病院の救急へ。

いろいろ検査しました。
初めてのCTとか初めての内診とかされました。
内診してくれた婦人科のお医者さんが、若くて美人な女医さんだったのでかなりドキドキしてしまいました。

最終的な診断は、明日また詳しく検査してから、だそうです。
手術しなくて済むことを祈るのみ!(切実)

えー、もし手術とか入院ってことになると、しばらくサイト放置になります。日記や絵日記が放置されてたら、入院したのだと思って下さい(泣)

年賀状もどうにかして完成させて送るつもりですが、下手すると退院後とかもあり得ます、すみません;



2004年12月18日(土) 年賀状の絵がいちおう出来上がり

あとはプリントアウトと宛名書きだ!

それはいいけどお腹が痛い。豆茶ライブに遊びに行こうと思ってたのに‥‥
体調管理って大事だよなーと痛感。


 < 前の  日記の目次  後の >


さえる [HOMEPAGE]

My追加