度々旅
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とうとう買ってしまった。デジカメ。もう、どうしても欲しくてしょうがなくて、もう、清水の舞台から飛び降りるつもりで、とうとうです。今日は見に行くだけと思っていたのだけれど、私の財布の中身でなんとか買えそうなものがあり、買ってしまったです。 やっぱり、財布にそんなに多めにお金を入れておくものじゃありませぬ。
そうは言っても、嬉しいのなぁ。これからいろいろ撮ってみましょう。本当は中古で良いと思っていたのですが、中古屋に行ってもお高くて、ネットでもいろいろ見たのですが、何せ初心者なものですからよくわからず。 そんななか、1万3千円で130万画素、2倍ズームで新品というので買ってしまいました。でも、液晶はついてないので使い勝手はちょっと悪い。 親が良いものを買うようなので、娘はこれくらいで良いということで。
そういえば、私は使い勝手が悪いものでも、そういうものだと思って慣れてしまうと全然大丈夫。何事も慣れによってどうにでもなるでしょう。このお部屋も、給湯器が台所についていません。私以外のお部屋の方は大家さんに、給湯器をお願いしたり、シャワーの水圧が弱いと言ったりしているらしいのですが、こんなもんだろうと思っているので、ちっとも苦になっていない私です。
環境に順応しやすい体質なようで。
夕方また、夕立。買い物を終えていそいで家まで帰ってきたけれど、なんだかこういう夕立とかってわくわくするので、雨にぬれながら友人の家まで行ってみました。 ずっと猫を見に来るよう言われていたので、行ってみたのだけれど、本当にかわいいわぁ。子猫たち。 私の被写体の第一号になっていただきました。
頑張って早く起きて、お布団干して気持ちがよくて、結局そのふかふかになったお布団に転がって、昼寝をしてしまった。
最近食事を作るのが面倒。というより、何も食べたいものがない。食べるのも作るのも大好きな私にとっては、なんだか寂しい。ここ数週間いろいろ作っていたら、なんだか自分の味に飽きてしまったのかも。
私は、一人暮らしにしては調味料を持っているほうだと思う。基本的な調味料というより、2次的調味料の方を買ってしまう。貧乏な私は、お酢は一人暮らしを初めて3年目、みりんは4年目、ゴマ油は最近買った。けれど、ナンプラーや、豆板醤、コチジャン、ターメリックやクミンなどどいったスパイスは最初の頃からあった。
調味料というのは、冷蔵庫にたくさんならんでいると楽しい。でもかさばる。冷蔵庫を開けて、いろいろ入っているなぁと思って何かをつくろうとしたら、調味料だらけで、食材はほとんどないなんてことはよくある。
調味料が一番活躍するのは、カレーの時。最近はやらなくなってしまったが、昔は小麦粉を炒めてルーをつくるところからやっていた。いろいろスパイスを混ぜ、化学の実験のようだった。鳥ガラでダシをとって、一日かけてつくる。その時の気分で、コーヒーやヨーグルト、りんごを入れたり、焼肉のたれやソースなども入れてしまったりする。だから毎回味が違う。それも楽しみ。ココナッツミルクを入れて、タイ風のカレーをつくったりもした。いつの間にか、私はカレー名人と呼ばれ、カレーをつくるというと、友人が家に集まってくるようになっていた。
カレーってすごい食べ物だと思う。何を入れても良いし、鍋いっぱいのそれを見れば幸せになる。
自分の畑でたくさんの野菜をつくって、それをカレーにしてふるまう。そんなお店をやりたいなぁ。今度インドに行ったら、スパイスを買ってこよう。こげんきのカレー、どこでもお届けしますわ。
田植えのために先日かき混ぜられていた田んぼで、夕方手作業で田植えをしていた。いつも気がつけば植えられていて、気づけば育ち、穂を垂らし、刈られているというかんじだったので、今年は田植えから見ることが出来てうれしい。最近は、学校へ行く道が楽しく、そして、帰り道も楽しい。 もともと大好きだった道だけれど、じっくり感じながら歩くと、毎日毎日違う表情を見ることができる。一日の中で、一番落ち着く時間になっているようだ。
夕方かみなりがなり、雨が降る。だんだん夏の気配がやってくる。
私はこの季節が一番好きだ。連休があけて、学校は空いてくる。ある程度その年度の生活にも慣れてきて、春に決心してやりはじめたことが、だんだんこの辺りで、淘汰されてきて自分に丁度良い程度に落ち着く。一番時間がゆったりと流れている時のような気がする。緑は青々と鮮やかに色づき、花も咲く。風も冷たくも温くもなく、心地よく吹く。
意識しなければ、一番印象が薄い時期なのかもしれない。暑くもなく、寒くもなく、紅葉もなく、特別なイベントもないこの季節。梅雨までの隙間みたいな季節。
私は隙間や、真ん中が好きだ。階段は踊り場が好きだし、建物と建物の隙間もわくわくする。決まった位置に自分から立つよりも、何かと何かの隙間みたいなところに入りこみたくなる。
真ん中や隙間は通路のようなものだ。通路は何かを結ぶ。何かを結ぶということは、前と後ろ、右と左というように二つ以上の対象がある。私には、過去と未来がある。いつでも自分は通路に立ち尽くしている。前と後ろをつなげるために、必死でここに立っている。先の道を開拓しようと、通路に立っている。
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