度々旅
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ご近所のお店。薬や雑貨を売っている。葉書や切手も売っている。本日葉書を買いに行きました。何に使うか聞かれ、懸賞の応募にと言うと、おばちゃんは、数年前の残暑見舞い葉書を数枚ただでくれました。ありがと〜〜おばちゃん。
ちなみに、このお店。絆創膏を買いに行った時、一番安いのをくださいと言ったら、100円分くらいばら売りしてくれたこともある。
ばら売りってのは、良いなぁ。たくさん買ったとしても、使いきらないうちにどこかへ行ってしまうのだし、安いからといってお買い得品と書いてある大きな物を買っても、一人暮らしだと邪魔になってしまう。お買い得品といって、量を増やさないで良いから、値段を下げておくれよと思う。 必要な分だけを手に入れる。それがばら売りだと可能になる。こういうことは、個人商店でしかできないことだ。こういうお店は、いつまでも残って欲しいもの。 そういえば、友達もそのお店に体温計を買いに行って、「一番安いのをください」と言ったそうな。この周辺は学生が多いので、きっとそのお店では、「一番安いのください」が合言葉みたくなっているのだろう。友人は、その時歯ブラシも買おうとしていて、「一番安いのください」と再び言ったら、ただでくれたらしい。おばちゃん。本当にありがとう。
民主党の代表選挙立候補者の街頭演説に出くわした。菅氏と横路氏の演説は終わっており、鳩山氏と、野田氏の演説のみ立ち止まって聞いてみた。鳩山氏は相変わらずなかんじ。野田氏には、勝手連が沢山ついているようで、聞いている側が適度に盛り上がっておりました。
ところで、この選挙。私達一般市民が投票するには1000円払ってサポーターになることによって可能になるとのこと。むぅ。党首=首相だったならば、払っても良いかもと思いつつも、1000円払ってまで投票して党首や首相なって欲しい人はいないのぉ〜と。
結局二人の演説しか聞けなかったが、それぞれの言い分もわかるし、政策も頷ける所が多々。しかし、その政策の先にある社会の未来というものが、やっぱり見えないなぁというのが本音。政策というものが、現状の修正や改善を目的としたものが多いことにいつも納得がいかない。現状を直すのではなくて、その先に築こうとしている社会に向かって政策を展開して欲しいものだなと。
官僚主体の政治であり、民主主義国家という名を掲げながらも社会主義国家であると言われるわが国であります。いつも思うのは、そういう中途半端さがいけないのだと。国民自身も悪いのでありますが、何かが起きると、国や企業に責任を求めますが、責任をとってくれる場があるということは、そこに対して、自分の選択権を少しばかり委ねることになる。
例えば、レストランで残り物を持ち帰りたいと言った場合、レストラン側は食中毒を恐れてそれを拒否することがある。でも、私は持って帰りたい。レストランがとめるのを無視して、私が残り物を持って帰り腹痛に見舞われたら、あ〜言うこと聞いておけばよかった。私って、バカねぇ。と思うことでしょう。反対に、レストランが持って帰ることを勧めも、とめもしなかった場合に、私が残り物を持って帰ってきて、腹痛になったならば。。。もしかしたら、こういう時の責任のありかは法律で決まっているのかもしれませんが、私自身の見解では、こういう場合も持って帰ってきてしまった自分の判断ミスということで、自分に責任があるなと感じます。私自身が、選択する自由を行使して、自分の判断で行った行為なのですから。でも、人によってはレストランが持って帰ってはいけないという表示をしていなかったとレストランに責任を求める場合もあるでしょう。
どこまで相手に責任をとって欲しいのか。国民側が、どこまで自己選択権を持っていたいのか、それを明確にすることが非常に重要だなと思うのであります。公務員の給料や人数が多いから、賃金カット、人員削減しろとかではなくて、どこまで必要か国民は考えるべきであり、そのためにはどれだけの予算が必要であるかを国がはっきりさせ、互いに納得していかなければならない。国民全ての願望を満たし、平和かつ公平、皆豊かなどということは無理なのですから、して欲しい所と、我慢することを国民自身がもっと考えて、国の方向を考えていかなければ、いつまでたっても、目の前の問題をえっちらおっちらと直して、うねうねぐるぐると回っている、前が見えぬ国になってしまうなと思う。
どこまで必要か。どこまで、自分で選択したいか。どこまで守って欲しいか。守って欲しいし、与えて欲しいし、選択もしたいというのは、無理なのですから。
寝る時に、テレビをつけたままで寝ることが多い。聞きながら寝るわけではなく、なんとなく、小さな明かりと小さな音があると安心するからだ。そういう時は、だいたいの場合NHKだ。
NHKで、深夜番組をやっていない時、音楽とともにいろいろな映像が流れる。それを見るのが結構好きで、ぼ〜っと見続けて、寝れなくなってしまうことも多い。
その中で、深夜3時ごろからかしら。ある時代の音楽を流して、その時の映像を流すというものがある。これが、なかなか面白い。そして、ちょっと切なくなる。昨日は80年代シリーズで、映像は500円硬貨発行や、消費税導入の様子だ。そうかぁ、そんな昔のことだったのかなどと思う。この映像を見ていて、服装や化粧を観察するのも面白い。どう見ても、バブルの頃の映像は恥ずかしいかんじ。でも、70年代はかっこいいなぁと思ってしまう。この感覚も、今だから感じるのでしょうか。
自分の生まれた頃や、自分が生まれる前の映像を見ると、父や母の若き頃の姿を思い浮かべ、彼らはこの時、何を感じていたのだろうかと思う。そして、彼らのその頃の年齢に段々近づいている私を振り返ってみたり。。私が知らない時の彼らが、その映像の中で笑っている若者にかぶさり、彼らにもこういう笑顔があったのだろうと思うと共に、私が知っている彼らは、滅多にこんな笑顔を見せないことに寂しくなる。そして、笑顔を作り出してあげることの出来ない自分を、少し悔やんだりする。
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