麻綴り
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2002年07月29日(月) 「ミヒャ話」

現在、31日(水)1:10a.m.です。
月曜のことなんて、もう忘れたなぁ……。

  ***

午前4時半頃、ドライバーズコメントを入稿してから、しばらくネットをさまよって、寝たのは結局6時近くになってしまいました。

起きるつもりはなかったのだけど、8時頃、家族の声で目を覚まし、一緒に朝食を食べました。眠くてボーッとしていたので、すぐ寝直すはずが、なんだか寝そびれる。洗濯機を回しながらハープを弾いていたら、弾きやめられなくなって……。
GPの週末は、ほとんど弾けなかったので、反動でしょうか。

この日、九州に帰ることになっていた義妹の前でも、軽く演奏を披露しました。

夕方になって、2時間ほど昼寝。
一緒に寝ていた娘は、いつの間にか起きだして、おじいちゃんと一緒に自転車の練習をしていたみたい。家の前で、大声を出しているので、その声で目が覚めました……。

起きだして、夕食の支度。義妹を空港まで送っていったおばあちゃんが帰宅してから、遅めの夕食。

  ***

またもや、娘はひどく寝付きが悪くて……。
「なにかお話しして〜!」というので、久々に「ミヒャ話」をしてしまいました。幼少の頃から始まって、現在まで。なんと長い話でしょうか……。

マカオGPの話をしているとき、「そして、ミカはリタイアしてね、『えーん、くやしいよ〜!』って泣いちゃったんだよ」と話したら、娘も突然「うぇ〜ん!」と泣き出してしまいました。
どうも、ミカのことでは、まだちょっとおセンチになってるようです。

いろいろ話していて思うのは、自分の記憶がいかに曖昧か、ということですね。
自分が熱狂的なミヒャファンになった94年シーズンのことは、詳細に覚えてるのですが、それ以外の年は、けっこう曖昧で、途切れ途切れのお話になってしまいます。
語り部としては、勉強不足ですな……。


2002年07月28日(日) 今日ももう寝ます(+加筆)

毎日【暫定】ばっかりですみませんが、今日も睡魔が襲ってきました。

現在、29日(月)の午前5時前。
さきほど、ようやくドライバーズコメントを入稿したところです。
あ、でも、金曜よりは体調もよく、スムーズに訳せました。
昨夜は6時間ほど寝たし、夕方に1時間、決勝終了後に1時間弱仮眠できたし……。
昼間はいろいろ体力を使いましたけど、それなりに睡眠が足りていれば、訳もスムーズに行きますね。やれやれ。

  ***

とりあえず、ミヒャの地元ハットトリック、おめでとう。
感想はまた明日(の予定)。

「暫定」の日記がいくつかたまってるので、近いうちに加筆するつもりですが……。
今は、夜も明けてきたことだし、おやすみなさい。

  ***

(31日(水)0:50a.m.)
今更ですが、「暫定」をひとつくらい解消しておこうかな、と。
昨日も、今日も、日記をサボってしまって、どこから書いたらいいのやらよくわかりませんが。

日曜日。
いつも通り、朝から教会。
次の土曜に迫ったコンサートの関係で、いろいろ忙しかった。チケットのこと、企画の打ち合わせ、チラシ配り(戸別配布300枚を、昼食も食べる暇なく、一気に片づける)、聖歌隊練習。
この日は、レース後のコメント翻訳のために、体力を温存しておかなくちゃならなかったのに……。ぐったり疲れて、4時半ころに帰宅。

4時半から、30分間、日曜のウォームアップを、ネットライブでフォロー。
ホンダ勢のタイムがよかったのが印象的だったっけ。

1時間ほど仮眠して、夕食の支度。メニューは例によってスパゲティ・トマトソース。

夕食後、レースの生中継を見る。
終了後、1時間弱の仮眠。

0時頃、起きだして、地上波を見ながら、翻訳開始。
4時頃だいたい訳し終わり、チェックして入稿したのが、たしか4時半頃。

  ***

……という一日でした。
娘は、このところ寝つきが悪いのですが、レースの中継が始まってしまったら、ぜんぜん眠れなくなり、結局チェッカーを見届けるまで起きてました。やれやれ。
もちろん、ミヒャが勝ったので喜んでましたけどね……。



2002年07月27日(土) もう寝ます(+宇宙研の一般公開について加筆)

今日はもう限界なので寝ます。

  ***

昨夜は、金曜のドライバーズコメントの翻訳で、朝4時頃(だったかな?)くらいまでかかり……その前の晩も寝不足だった私は、最後は完全に朦朧としながら訳してました。
1文訳しては気が遠くなり、また気を取り直して訳し、またウトウトし……。
へんてこな訳をしてないといいんですが……。

で、4時半頃寝て、今朝も8時頃には起きだしました。
今日は、ハープクラブは欠席して、夫、娘と一緒に、相模原の「宇宙科学研究所」の一般公開に行くことになっていたので。

詳細は、また改めて書こうかとも思いますが、とにかく渋滞がひどくて、ぐったりして帰宅したのが、予選生中継のすでに始まった午後8時過ぎ。

夫の妹が、九州から遊びに来たので、まずは家族全員で夕食をとり、その後フリー走行から予選まで(フリーは時々はしょりながら)ビデオを見たのですが。もう、眠くて眠くて。
現地からの映像も時々乱れてましたが、うちのビデオも不調で、しょっちゅう画面が消えてしまっていて、しかも私の意識が時々途切れるので……なんだか、全体がよくわかりませんでした。結果だけはわかりましたけど。

まあ、こんな状況ですので、今日は寝させていただきます。
前の晩の睡眠が足りない状況で、コメントを訳そうとすると酷いことになる、というのは、今回改めて思い知りましたので。
明日の晩も仕事があることですし、とりあえず寝ます。

おやすみなさい。

*******************

(7月31日(水)8:12a.m. 仕事明け……)
「宇宙科学研究所」の一般公開について、加筆しておきます。

「宇宙研」は、いうなれば夫の仕事場のひとつでして、年に一度、夏休みに開かれる「一般公開」に娘を連れていこうというアイデアは以前からありました。これまでは、スケジュールの都合で実現しなかったのですが。

「一般公開」というのは、「宇宙研」の行っている研究を、一般の人や子供にもわかりやすく展示/発表するイベントです。
娘ももう年長さんだし、それなりに発表もわかる年になって、今年はいいチャンスだったと思います。

さて、車で行ったのですが、この日は渋滞がものすごくて大変でした。
夫は会議だ何だと、折に触れて車で宇宙研に行っているのですが、普通で2時間程度、空いていれば1時間半で到着する道のりを、今回はなんと4時間もかかりました!
どこから湧いてきたのかと思われるほどの、車の量。夏休み中の土曜日って、普通こんな状態なんでしょうか?

娘もさすがにウンザリして「まだ着かないのぉ〜」を連発。しかも、昼になっても到着せず、お腹が空いてくると、さらに情けない声を出す娘……。
「うちゅうけんって遠いんだね〜。こんなに大変な旅をして、おなかがすいてもがまんしなくちゃいけないのぉ?」
結局、時間の節約のため、途中のコンビニでおにぎりと納豆巻きを買って、車内でお昼にしました。

  ***

さて、2時半頃ようやく現地に到着。入り口で「宇宙わ(うちゅわ)」と書いてある宇宙のイラスト入りの団扇をもらい、構内に入りました。

この「宇宙わ」、なかなか洒落の効いた能書きがついていて、面白い代物でした。ここではうまく説明できないのですが……。
「『宇宙わ』の握りの部分は、130億年の昔に始まった宇宙のビッグバンをあらわしています。『宇宙わ』の先の方が現在の宇宙です。宇宙は今もひろがっています……」云々。
最後に「以上、『宇宙わ』の内輪話でした。」と書いてあるのがご愛嬌。

さて、展示会場ごとにスタンプを押す、スタンプラリー(子供向け)の紙をもらって、会場巡りを始めました。
夫が娘に「ほら、あれが人工衛星だよ。あれが宇宙に行くんだよ」「あの黒いのが太陽電池」「あれが衛星に載る望遠鏡だよ」などと説明していました。

レールガンの実験で、ものすごい音と光に飛び上がったり(もうちょっと小さい子だったら泣いてたと思う)、月・惑星探査ローバの模型を見たり、操縦させてもらったり。M-V(ミュー5)ロケットの紹介ビデオを見てしみじみしたり……。

  ***

話はやや脱線しますが、ふと思いついたので、M-Vロケットの話を書いてみます。

2000年2月に、M-Vロケットの打ち上げが失敗したことをご記憶の方はいらっしゃるでしょうか。(宇宙開発事業団のH-2ロケットじゃなくて、宇宙科学研究所のM-Vロケットの方です。)
そのロケットには、遠い宇宙の天体のX線を観測する「X線天文衛星ASTRO−E」が搭載されていました。うちの夫は、その衛星に積まれた観測機器を開発していたグループのメンバーのひとりでした。

あの打ち上げ失敗は、私にとっても、ものすごいショックでした。打ち上げまで、夫やほかの方々は、膨大な労力を注ぎ込んで、観測機器を作っていたのです。実験に次ぐ実験で、夫は休みもなく、帰宅も深夜。直前になると泊まり込みで、なかなか帰ってこなくさえなって、私と娘は母子家庭のような状態でした。
そんな苦労の末に、ようやく迎えた衛星打ち上げの日。
なのに……NHKのお昼のニュースで、打ち上げ失敗を知り……私はもう呆然とするしかありませんでした。ショックでした。娘は私の膝の上で眠っていましたが(まだ3歳でした)、悲しくて悲しくて涙が止まりませんでした。
新しい衛星の誕生日になるはずの日が、命日になってしまったのです。あれだけの労力をつぎ込んだ結晶が、あっけなく、流れ星のように燃え尽きて消えてしまったのです。

その夜、娘にも「おとうさんのロケット、失敗しちゃったんだよ」と話しました。布団の中で、娘と一緒にお祈りをしているとき、「おとうさんがとってもがっかりしているので、どうぞ慰めてください」と祈っていたら、私はまた悲しくなって、不覚にも娘の前で泣き出してしまいました。そうしたら、娘は一生懸命慰めてくれました。「ぞうさんも、ライオンさんも、強いよ。カバさんも、ワニさんも……」(だから泣かないで、というつもりらしい。)

数日後、娘と父との会話。
娘「おとうさん、衛星、しっぱいしちゃったの?」
父「うん、失敗しちゃったんだ」
娘「おとうさん、衛星、また作って」
父「……うん、また作るよ」(内心ジーン……!?)

その後、私と娘との会話。
娘「アーちゃん、18歳になったら、はやく“大学がっこう”へ行って、おとうさんとロケットのお仕事するんだ〜。衛星やりなおしするんだ〜」
私「本当。すごいねえ(笑)」
娘「(ロケットに)寝るとこある?」
私「うーん、おとうさんのお仕事のロケットには、寝るとこはないなあ」
娘「アーちゃんのロケットには、寝るとこあるよ」
私「そう。アーちゃん、ロケットに乗るの?」
娘「うん、乗るの」
私「いいなぁ。おかあさんも乗りたいな」
娘「うん、一緒に乗ろう!」

娘は、こんな会話をしたことは、とっくに忘れてると思うのですが。夫にとっては、幼い娘の言葉は、今も心の支えだそうです……。

今、急に思い出しました。あの打ち上げ失敗の日、私がどうやって気を取り直したか……。そう。ミヒャのインタビューを読んで、ものすごく励まされたのでした。

その前の年(99年)、骨折でチャンピオンシップの戦線を離脱せざるをえなかったことについて訊かれた、ミヒャの言葉……。
「一瞬でチャンピオンシップが終わったことを悟ったよ。そうすると、フラストレーションはすぐに消えていった。今度は、自分自身のこと、回復することを考えるんだ。他に心配すべきことがあるんだから、タイトルのことはもう考えない。チャンスを逃したことは、それほどくよくよ考えたりしなかった。
運が悪かっただけなんだからね。仕方のないことさ。僕はリアリスティックな人間なんだ。夢想したりはしない。終わったことは仕方がない。未来のことを考えるんだ」
……なんて前向きな言葉でしょうか! 私は、本当に励まされました。当時、今の仕事(モータースポーツ関連の翻訳)はまだ始めていなかった私ですが、英語サイトで見つけたこの言葉を、かみしめながら翻訳しました……。
これをそのまま、夫へのメールに書いたら、「ミハエルってほんと偉いやつだよね。あそこまで才能があって、しかも真摯(紳士じゃないけど?)なのはすごいと思います」と返事がありました……。

えらく長い話になってしまいました。字数制限は大丈夫でしょうか。
その後、ASTRO−E�兇侶弉茲�承認され、2005年の打ち上げに向けて、リベンジのプロジェクトがすでに進行しています。
M-Vロケットも再起を賭けて、今秋に再び打ち上げられるそうです。これをお読みくださったあなたも、ぜひ応援してください。無事に衛星を軌道投入できるように……。

  ***

さて、「一般公開」に話を戻します。
あれこれ見て回った末に、X線天文学&ASTRO−E�兇離魁璽福爾帽圓�と、夫の仕事仲間の人たちが喜んで迎えてくれました。
キャスターに着いた椅子に立て膝で座って、自転車の車輪(?)を手にもって回転させ、左右に傾けると、身体はどっちに回転するか……という体験コーナーをやっていて、誘われるままに、娘と夫は体験していました。娘もなかなか上手にやっていました。(たぶん、衛星の姿勢制御に関連する体験コーナーだったんだと思います。物理オンチの私にはよくわからないけど……。)

たっぷり楽しんで、帰路につきましたが、またまた混んでいて3時間ほどかかり、予選開始に間に合わなかったのは、前述の通りです。

この長い話におつき合いいただき、ありがとうございました!


2002年07月26日(金) ドイツGP初日

予期していたこととはいえ、やっぱりショックです。
来季のマクラーレンのラインナップは、デビとキミで決まり。ミカは引退……。

2回目のフリープラクティスをネットでフォローするためにPCを起こしたら、そのニュースが目に飛び込んできて。しばらく固まってしまいました。

シャワーを浴びて1階から上がってきた娘に、「ミカは引退するんだって」と話したら、「うぇーん」と泣き出してしまいました。よしよし、と抱き寄せて慰めながら、「しょうがないね。ミカは奥さんと子供と楽しく暮らしてるから、もう大変なF1はいいんだって」と、話しました。
モナコでの、あの様子からして、もう戻ってくる気はないのかな、と薄々感じてはいました。でも、こうしてそれが現実になってみると、たまらなく寂しい気持ちです。

――ミカ。あなたがミヒャとの間で繰り広げた、あのバトルの数々を、私は決して忘れない。99年、2000年、2001年と、鈴鹿で見た、あなたの走りも。

こうして、静かに、ひとつの時代が幕を閉じていくのですね……。

  ***    

今日のフリー走行は、またいつも通り、フェラーリが強かったみたい。

最初のセッションは、まずミヒャがいいタイムを出して、バリチェロがそれに追いすがり、2人してタイムを更新していく、というパターンだったと思います。最後に、バリチェロがトップに立って、そのままセッションが終わりましたけど。
コースの大規模な改修があったということで、そういうコースで素早くタイムを出すのは、ミヒャの持ち味ですね。
2回目のセッションでは、ずっとバリチェロがトップでしたけど、今度は逆に、最後にミヒャが逆転してセッションが終わりました。

フェラーリの下は、マクラーレン、ウィリアムズの順……と思ったら、6位にエディが食い込んできたじゃないですか。すごい。

最初のセッションでは、パニスがずっと上の方にいたのが印象的でした。ジャックが下の方に沈んでいたのと対照的。BARは、やっぱりジャックを選ぶのでしょうか……。

琢磨も頑張ってましたね。かなりいいラップも刻んでたようでした。結果は、前回のグリッドと同じ14位に終わったけど、フィジコより速かったし。
フィジコは、今回は無事参戦できてよかったですけど、怪我の後遺症はどうなんでしょうね。

今回は、アロウズがちゃんと走れて、ホッとしました。昨日の記者会見で、ハインツが走ると言っていたので、大丈夫だろうとは思ってましたけど。
最初のうち、どうも調子が出ない様子だったハインツ。結果は、かろうじてチームメイトの上に行けてよかったですね。
今度はエンジン壊れずに、レースもうまく行くといいんですが……。

  ***

昨日書いた、お泊まり会の話の続きを簡単に。

結局Sちゃんは、ちゃんとお泊まりできたそうです。
うちの娘がいろいろ励ましていた、と先生が話してくださいました。「大丈夫、1回泊まっちゃえば、泊まれるから!」と言ったり、気をそらそうとしてお人形の話をしたり……いろいろ励ましてたそうです。

夕御飯はみんなでカレーを作って食べ、夜プールに入ったり、園舎の2階で肝試しをしたり、いろいろ楽しく過ごしたようです。
小学校高学年の卒園生から年中児まで、20人を超す子供が参加したようですが、娘は、大きい子に負けずに、いろいろ自己主張していたとのこと。「自分が小学2年生くらいのつもりらしくて。大きい子に混じって、対等にやっていましたよ」ですって……。
荷物の整理がややダメだったことを除けば、行動面は何の問題もなく、「とても頑張っていました」という評価でした。

午後3時にお泊まり会は終了したのですが、その後、課外のプールがあったので、それが終わる頃には、娘はもうヘトヘトという感じでした。帰りの車で、あっという間に寝入ると、食事時に起こしてもなかなか起きないくらい、熟睡していました。

食事もシャワーも済んで、今は気持ちよさそうに、リビングのマットの上で寝ています。
さあ、そろそろ布団に連れていこうかな。

私もシャワーを浴びてきて、コメントの原稿を待つことにします。 


2002年07月25日(木) お泊まり会。

今夜は、娘が幼稚園のお泊まり会で留守です。
夕食とか、その後の時間とか、あまりにも静かでちょっと変な感じでした。

  ***

昨夜は、深夜に日記を書いた後、しばらくネットで遊んでいたら遅くなり、寝たのは4時半になってしまいました。
それで、今朝はかなり朝寝をしたのですが、娘はひとりで7時に起きたと言っていました。12時過ぎに寝たくせに……。おかげで、幼稚園に送っていく車の中で、あっという間に熟睡してましたけど。

お泊まり会は3時集合だったのですが、その支度にほとんど半日使ってしまいました。合間にハープの練習はしてましたが。
準備に手間取ったせいで、時間にかなり遅れて、幼稚園に到着。
前回のお泊まり会では、もうひとりの年長さんのSちゃんは、寂しくて(?)泣いてしまい、すぐ帰ってしまいました(OB&OGと年長さんのみ対象のお泊まり会だったのですが。お泊まりできた在園生はうちの娘だけでした)。
今回こそ……ということだったのですが、私と娘が遅れて入っていったら、自分のおかあさんがもういないことを急に思い出したのか、泣き出してしまいました。

娘は、「Sちゃん、お手紙だよ!」と、家で書いてきたお手紙を渡して、慰めにかかりました。

「Sちゃん、おげんきですか。わたしもげんきです。
 おとまりがんばろうね。
 Sちゃんとおでかけするの たのしみにしてるね。
 こんど、1ねんせいになるとあえないけど 
 うんどうかいやおとまりかいであえるね。
 けど あえないときはげんきでね。
 これから3がつまで、がんばってねんちょうさんのかつどうしようね。
 またぶらんこで はむたろうのうたをうたおうね。
  ★★★より Sちゃんへ」

私は、それ以上Sちゃんを刺激しないように早々に退散したので、Sちゃんがその後どうなったのかはわからないのですが。
しかし、うちの娘は、親と離れても全然平気ですね……。

  ***

夜、ふと「モータースポーツ・パラダイス」という番組の存在を思い出し、途中からでしたが、久々に見てしまいました(実は今、再放送を見ながら書いているんですけど)。
……うーん。しみじみ。感動ですね。あらためて、ミヒャのチャンピオン獲得の喜びをかみしめています。
記者会見の映像を見て、またしみじみ。なんていい顔してるんでしょう、ミヒャってば。

あと、いろいろな映像をまとめたものが流れたのですが、ミヒャが例の電動スクーターでパドックを駆け抜ける姿とか、チャンプ獲得記念の写真撮影の場で、盛り上がるフェラーリチームの様子とか、動画で見ていないものを初めて見られて嬉しかったです。

  ***

とかなんとか、油断してたら、もうドイツGPなんですね。
第一、今夜はこんなふうに遊んでないで、仕事をしないと。明日の晩もコメントを訳さなくちゃならないんだから……。

CARTのニュースが1本と、フェラーリのドイツGPプレビューが入ってます。
プレビューって……もう開幕しちゃうじゃないですか。

では、仕事に移ります。
(26日(木)3:00a.m.記)


2002年07月24日(水) 四苦八苦……。

さあ、昨日の日記を書き終えて、今日の分。
といっても、もう日付はとっくに変わってますが。(現在、25日(木)2:25a.m.)

  ***

昨夜、娘と一緒に寝てしまったので、6時前に起きて仕事。

今日は、トッドさんのインタビューと、アロンソくんのQ&Aの、計2本。
まず、内容が簡単な、アロンソくんの方から訳す。初々しいですね〜。言葉も素直で訳しやすい。
トッドさんの方は、かなり訳に気を遣います。注意して読まないと、何のことを言っているのか、わかりづらい部分があるので。
「トッディ愛好会」の皆様に敬意を表して(!?)、特に丁寧に訳しました。

  ***

入稿後、少しネットを巡回してから、ハープの練習に没頭。レッスンの課題曲が、なかなか仕上がらなくて、焦り気味。

昼食後、買い物などの用事で外出してきてから、またハープ。弾き疲れたところで、少しうたた寝。

そして、夕方、レッスンへ。

  ***

今日のレッスンは、とにかく疲れました。課題曲がうまく弾けなかったせいもあるのですが、いろいろなことを習って、自分の中で整理をつけるのが大変でした。

レッスンの最初は、まず指慣らし。左右の指で音階を弾いてから、和音の練習。「ドミソドミソド〜♪」「レファラレファラレ〜♪」……etc.と順に弾いていく。滑らかにポロロロ〜ンと弾くべきなのですが、すぐ音が不均一になる。左手の指3本、右手の指4本で弾くパターンは、まずまずだったけれど、左手4本、右手3本で弾く方は、練習不足でボロボロでした。

1曲目、“Scarborough Fair”。まず、練習してきたとおり弾いてみたのですが、なんだか、あちこちつっかえて、ぎごちない曲になってしまいました。
今回は特に、「リズムに気をつけるように」と注意されました。音を外しても、聴いている人にはわからないことが多いが、リズムが乱れると簡単にわかってしまうから、とのことでした。なるほど……。
しかし、同じ曲を同じアレンジで弾いているはずなのに、なぜ、お師匠さまが弾くと、何ともいえず素敵な曲になっちゃうのでしょう? 「ポロロン♪」って、さりげない1フレーズからして、私とはまったく違うんだから……。

2曲目、“The Grenadier and the Lady”。こっちはさらに悲惨。何度か繰り返して弾くのですが、1回目と2回目でコードが変わるのに対応できず、いちいちつっかえてしまいました。
つっかえつつ、最後まで弾くと、「なんかそっけないなぁ」とお師匠さまに苦笑されてしまいました。「打ち込みじゃないんだから、音を正しく再現することだけじゃなくて、もっと曲として表現しないと……」とのお言葉。(で……でも、お師匠さま……音を正しく再現するっていうのも、できてませんけど……)

正しく弾くというレベルから、曲としてよりよく弾くというレベルに行くように、と注意されて、ハッと気づかされるものはありました。
このところ、練習態度がおざなりになっていて、「曲を弾けるようになること」にのみ集中していたかもしれません。より美しく、より豊かに表現できるように、細やかに神経を使って弾くべきだったんだと、改めて気づかされました。

その後、前回よりも音数を増やして、弾き方も替えたアレンジを教わりましたが、なかなか自分のものにできず、間違えたり止まったり、四苦八苦しながら弾きました。最後に、前回習ったアレンジと今回のアレンジを続けて弾く、というのをやりましたが、弾き方の変化をうまく整理できず、「じゃあ、練習してきてね」というお言葉でレッスンが終了……。

  ***

てなわけで、帰宅後は、真剣に練習しました。2曲とも、まだ完璧ではないのですが、もっと滑らかに弾けるように、次回までには頑張るつもりです。

  ***

昨日もそうだったのですが、今日も、娘は長時間昼寝をしてしまったせいで、寝付きが悪くてたいへんでした。毎日9時に寝る約束なのですが、ぜんぜん眠れなくて……。
添い寝をしても、いっぺん階下におろして眠くなるのを待っても、ぜんぜんダメ。しまいに、クーラーをかけてやって、なんとか寝入ったのが12時過ぎ。明日は、約束の7時起きはとても無理だな……。

  ***

さてと。3時もまわったことですし、そろそろ寝ましょうか。


2002年07月23日(火) ビニールプール

あーあ。また日記をサボってしまいました。
現在25日1:55a.m.です。
水曜の日記から書こうかどうしようか迷ったけれど、とりあえず火曜の分から書きます。
もう、何をしたのか忘れかけてるけど……。

  ***

そう、朝からまたまた上天気で暑くて、娘が「おかあさん、ビニールプール出してよぉ!」とおねだりを始めたのでした。
昨夏の終わりに買ったビニールプール、1度も使わずにしまい込んであったのを、娘の熱意に押されて探し出しました。
2階のベランダに出して、水を入れ、昼過ぎまで放置。カンカン照りで、水もいい具合に暖まりました。

昼食後、娘は大はしゃぎで水遊び。じょうろや、ひしゃくなどのおもちゃを浮かべた中に入って、水をはねかしながら、楽しそうに延々と遊んでいました。
風呂でも、いつもスイミングの練習をしているのですが、ビニールプールでも、顔を水につけたり、潜ったり(浅くてかなり無理があるんだけど)。
あと、プラスチックのアヒルや動物などを使って遊びながら、ひとりブツブツとお話らしきものを作ったりしていて。観察してると面白かったです。

  ***

あとは何をしたのか、すっかり忘れてます。
ハープの練習はしました。レッスン日の前日なので、昼間も夜も弾いてました。“Scarborough Fair”、“The Grenadier and the Lady”を中心に、集中的に練習。どうも、完璧には弾けません。要所要所でつっかえがち。

  ***

夜、娘が絵日記を書いているときに、「おかあさんも、日記書きなよ」と言われたのに、「今ハープを弾いてるから、後でね」と答えてしまった私。
そもそも、それが日記をサボった原因でした……。
その後、娘を寝かしつけに行って、娘の寝付きの悪さに手こずるうちに、自分が寝てしまったので……。

――という一日でした。さあ、今日の日記を書かなきゃ。(25日(木)2:15a.m.記)


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