麻綴り
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| 2003年06月26日(木) |
はじめてのお買い物。 |
なかなか日記を更新できませんが、元気でやっております。
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初めて、息子を連れて買い物に行きました。 これまで、彼を連れて外出したのは、母乳のマッサージに行ったのと、病院の外来診察と、1カ月健診と、あとは教会の礼拝に2週続けて出たのとで、計5回。 買い物は今回が初めてでした。
授乳の間隔が1時間、もっても2時間程度なので、息子を家においていくとゆっくり外出できません。 昨日、おばあちゃんに見ていてもらって、図書館に行って来たのですが、1時間半で帰宅してみると、すでに大泣きになっていました。1時間たったところで、もう、口をパクパクしておっぱいを欲しがりだしたそうな……。
というわけで、今日はいろいろ買いたいものがあったので、仕事に行くおじいちゃんの車に同乗させてもらい、子連れで某ショッピングモールに買い物に行きました。
10時前から11時頃まで、あれこれ買い物をしているあいだ、息子はベビースリング(布でできた、ハンモック状の抱っこ紐のようなものです)の中でスヤスヤ寝ていました。11時頃、目がさめかけてきたところで、ベビー用品店の授乳室でおっぱい休憩。その後、もうしばらく売場を見て回ってから、おじいちゃんのお迎えが来るまで、もう一度おっぱいを飲ませました。
ベビースリングって、本当に便利です。子どもを中に入れたまま、まわりに気づかれずにこっそり授乳したりできるのです。 「そろそろお迎えが来るかな」と思って、授乳室を出ようとしたところで、息子にグズられてしまったので、ひそかにおっぱいをくわえさせたまま、待ち合わせのベンチまで行ってしまいました。それでも、全然、人目が気にならないんだから、本当に助かります。 結局、お迎えが来るまでずっと、息子は半分寝たまま「ちゅぱちゅぱ」とおっぱいを吸い続けていました……。
スリングは本当に役に立ちます。今日も、スリングでだっこしたまま洗濯物を干したし、実は今も、息子をスリングに入れたままひざに乗せて、これを書いているのでした。おかげで両手でタイプできています。
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ところで、ベビールームで久しぶりに体重をはかってみたのですが、服こみで4180g! びっくりしました。あとで服とおむつをはかったら、約80g。ということは、約4100g……? はぁぁ……なんだか重くなったとは思ってたけど、4kg超えたのかぁ。 計算してみると、やっぱり1日当たり50gちょっと増えているようです。 うーむ。やっぱり、あれだけ飲んでれば、肥るよなぁ。
久しぶりに、学生時代の友人、Tちゃんに会いました。3月末のマザリングフェスタ以来です。 そもそも、5月6日にわが家に遊びに来てもらう予定だったのですが、妊娠中毒症騒ぎで、私がドタキャン(結局、その日に出産になってしまった……)。 というわけで、今回、改めて遊びに来てもらいました。 Tちゃんは妊娠9カ月の妊婦さんなので、はるばる来てもらうのは心苦しかったのですが……。
妊娠、出産についていろいろお話ししたり、赤ん坊のいる暮らしというものを見てもらったり。 息子は例によって、頻繁におっぱいを飲んでいましたが、その合間には案外いい子で寝ていました。 「可愛い泣き声じゃない……」と言われたりして。結局、大泣きのときの声のでかさは披露せずじまいでした。
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今日からカナダGPだということをすっかり忘れていて、深夜に帰宅した夫に教えられました。ヨーロッパラウンドだったら、とっくにセッションが終わっちゃってる時間でした。カナダだからよかったようなものの……。
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深夜、久しぶりにハープを弾きました。 息子が珍しく、しばらく床で寝てくれたので。
時間が遅かったため小さな音でしたが、息子が起きるまでの束の間のひととき、久々に練習できました。 弾き方なんか、まったく忘れてるんじゃないかと思っていましたが、弾いてみたら案外すんなり弾けたので、ちょっと感動。
産後、ハープに触るのは2回目でした。 いっぺん、息子をだっこしたまま弾いてみようとしたのですが、それはやはり無理があったようで……。あまりにもへろへろの演奏だったため、すぐ諦めました。 首がすわってくれば、おんぶしながら弾けるかもしれないけど……。 目指せ、子連れハーパー。
息子の退院から約2週間がたち、今日は初めて、外来で診察を受けてきました。
10時の予約でしたが、1時間近く待ちました。その間、息子はずっと寝ていたのですが、診察の番が来たところで目を覚まし、予想通りおっぱいを欲しがって大泣き。診察の間じゅう泣き続けて、お医者さまたちに元気さを思い切りアピールしていました。
診ていただいた結果、すべて順調で、次の外来は1カ月後でいいとのことでした。体重の増え方がいいのも褒められました。今日の計測では、3285g。やっぱり、1日につき50g以上増えているんだなぁ……!
診察終了後、授乳室でしっかり授乳してから帰途についたのに、家につく前にもう口をパクパクさせて泣き出しました。まったく、なんでそんなに飲むんだ?
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というわけで、今も、おっぱいを飲み終えて眠りこんだ息子を片手で抱いたまま、これを書いています。 眠ったと思って下におろすと、すぐ起きちゃうんだよなぁ。 ひとりで寝てくれないので、1日中ほとんど抱っこしています。夜も、なかなか布団で寝てくれないので、私のお腹の上にのせて、ラッコ状態で寝たりしています。ほとんど“抱き石拷問”状態。これじゃ、お腹が重くて、妊娠中の腰痛がぶり返しそう……。
とかいいつつ、こんな生活でも、すごく楽しんでますのでご心配なく。
1カ月検診に行ってきました。 病院から退院するときに、どこで受けてもいいと言われたので、助産院で受けました。病院の方は、行くだけでも大変で、ドッと疲れちゃうんですもん。助産院は、行くだけで癒されます。
さて、息子は体重が3170g。退院から11日で635gも増えていました。1日当たり、57.7gの増加。 これって、かなりすごいことかも。普通、1カ月検診では、1カ月で1kg増えていればOKっていうんじゃなかったっけ……? そういえば、このところ目に見えて肉付きがよくなってきたもんなぁ。ほっぺたが丸く膨らんできたし、手足の関節部にもくびれができてきたし……。 退院以来、いつでも飲み放題!の生活なので……肥るのも当然といえば当然。 本当によく飲むんですよ。(今も、片手に抱いて授乳しながら書いてます。)昼となく夜となく頻繁に飲みたがり、病院にいたときの3時間おきなんていう習慣はどこへやら。これって、たぶん飲みすぎだと思うんだけど……。
というわけで、私も息子も、健診では特に問題なし。とりあえずこれで、徐々に外出などもできるようになります。めでたしめでたし。
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午後は、娘の学校の保護者会に行ってきました。 連日の寝不足で、「講話」の最中に眠くなって困った困った……。
私が出かけている間、息子はおばあちゃんにみていてもらいました。 退院前日に搾った冷凍母乳が残っていたのを解凍して、飲ませられるようにして行きました。 息子は90ccしっかり飲んだそうですが、その1時間後にはもう、帰宅した私におっぱいをせがんできました。やれやれ。出かけていた時間は、ほんの2時間半ほどだったのに……。なんでそんなに間隔が短いんだ……?
久しぶりに外に出たら、紫陽花がきれいでした。もう6月なんだなぁ……今さらですが。
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この間の更新の後、大勢の方からメールやメッセージをいただきまして、本当にありがとうございました。 1カ月ほど更新を休んで、消息不明になっていた間も、気にかけていてくださった方々がこんなにいたんだ……と、感激してしまいました。
常にひっついている息子がいるもので、メールの返事もままなりませんが(片手で文章を打つのは、なかなか大変で……)、みなさま本当にありがとうございました!
ご無沙汰しております。
出産以来、本当にいろんなことがありました。 とてもWeb日記を書ける状態ではなく、こんなに間があいてしまいました。
とりあえず、現在までの出来事をかいつまんで記しておきます。
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5月6日――男児を出産。
断続的に始まった陣痛が、この日の未明頃から規則的に。「妊娠中毒症から回復したという診断を受ける前に陣痛が来たら(助産院ではなく)病院で出産すること」という約束になっていたため、ギリギリまで様子をみるが、午前10時には観念して病院に電話。午前11時前に病院着。 この段階で、すでに陣痛は3〜5分間隔。驚いたことに、知らないうちに破水していた。子宮口は6�儚�大。 陣痛室で「まだそんなに痛くないなぁ」と余裕で陣痛を逃していたら、突然「赤ちゃんの状態が思ったよりよくないので、すぐに分娩室に移ってください」と言われる。 それからはあれよあれよという間にいろいろなことが起こって……。 胎児の心音が下がったために、まだ全開していない子宮口を医師が手で広げ、ろくにいきみもしないうちに「吸引分娩します!」ということになり、すぐに会陰切開。お腹を押されたところで、吸引される寸前に、いきみながら「出ておいで!」と呼ぶと、子どもは自力でするっと生まれてきた。午後0時52分。病院に到着して、2時間しかたっていなかった。
さて、生まれた息子は2080gしかなかったため、顔も見ないうちに連れ去られ、即保育器入り。すぐに授乳したいとの願いもかなわず。仕方なく、その晩から3時間おきの授乳に通い、滲むほどしか出ない母乳をしぼって、哺乳びんで保育器ごしに授乳。
7日(生後1日)――息子に肛門の異常があることを知らされる。「低位鎖肛」との診断。即日で隣市の小児医療センターに転院することに。救急車で搬送されていく我が子を見送って、一人取り残される。 病院の保育器から救急隊の保育器に移されるときに、初めて、ほんの一瞬だけ抱っこさせてもらった。小さくて軽かった。
「低位鎖肛」というのは、あるべきところに肛門の穴があいていないという病気。息子の場合は、違うところに小さな穴があいていて、便は出ていた。 「低位」というのは、「鎖肛」のうちでも比較的軽いもので、直腸や肛門の括約筋などは形成されており、手術で肛門の穴をあけてやればいい、というものだ。
8日(生後2日)――午前中、息子が手術を受ける。夫と実家の母が付き添ってくれた。息子の退院まで、1カ月半ほどかかるという。私は、この日の夕方、産後2日目にして早々に退院。
9日(生後3日)――この日から、毎日、息子を見舞う生活が始まった。
ICUに入っている間は面会時間の制限もあり、家族の都合のつく時間に車で送ってもらうしかなかったので、往復1時間かけて行っても、ほんのわずかしか病室に滞在できず、ストレスのたまる日々。 保育器の中の息子は、全身に点滴やら、モニターやら、電極やら、あれこれをつけられ、それを取らないように手足は縛り付けられ、見るも痛々しい姿だった。点滴のせいか、顔はむくんで目が開かない。
助産院で、おっぱいの開通マッサージを受け、搾乳を始める。3時間おきに搾るのが基本だが、夜中など寝過ごして間があくと、猛烈に張って痛いこと、痛いこと。おかげで全身がこってしまうほど。搾った母乳は冷凍して、毎日、病院に届ける。
12日(生後6日)――ICUから一般病棟に移る。
13日(生後7日)――ようやくむくみがひいてきて、目が開くようになった。
15日(生後9日)――保育器から解放され、ずっと裸だったのが、初めて服を着せてもらう。 これでやっと、人並みに抱っこしてやることができる。ほ乳瓶で母乳を飲ませる。 そして、生後初めての沐浴。娘が赤ちゃんだったとき以来のことで、手順などすっかり忘れていたが、看護婦さんに教わりながら私が入れた。嬉しかった。
16日(生後10日)――この日から、朝は夫に病院へ送っていってもらい、昼過ぎにおじいちゃんに迎えに来てもらう、という生活パターンが定着。 朝は、8時から9時頃に病室へ。帰りは、2時から4時、ときによっては5時頃、病室を出る。 息子は、その日によって、起きていることもあれば、一日中ほとんど寝ていることもあった。よく寝ているときは、私も椅子に腰掛けたまま、一緒に昼寝をしたり、寝顔をまじまじと眺めたり。 毎日わずかしか面会できなかったころに較べれば、一緒にいられる時間が長くなった分だけ、精神的にはゆとりができた。 ただ、ずっと寝ていたのに、帰る時間になって泣かれたりすると、ちょっと辛い。
病室にいる間は搾乳できないので、胸がパンパンに張る。授乳時間は、3時間おきに定められているので、その間、息子が口をパクパクさせておっぱいを欲しがっても、授乳できない。これはけっこう辛い……。 母乳育児の成功の秘訣として、生後すぐに、母親の乳首をくわえさせること、というのがある。最初に与えられるのが人工の乳首だと、それが“インプリンティング(刷り込み)”されてしまい、あとで本物の乳首を吸わせても、それを嫌ったり、うまく吸えなかったりすることがあるという。 それを知っていたのに、ずっと直接授乳できていない、という事実が心に重くのしかかっていた。 病院から帰宅後は、ひたすら搾乳にいそしむ。かなり時間もかかり、指は腱鞘炎気味に。搾っていないときは、食事をしているか、寝ているか。本当にいっぱいいっぱいの生活だった。
22日(生後16日)――この日突然、直接母乳を飲ませる許可が出る。研修生のKさんが、私の希望を話してくださったらしい。 ドキドキしながら、乳首を口にあてがってやると、なんと、しっかりと吸い付いてくれた! 強い力で吸いながら、ゴクゴク飲んでいる。途中で向きを変えようとしても、なかなか離れないくらい、強い力で吸っている。涙が出るほど嬉しかった。
26日(生後20日)――手術後10日目から始まっていた“ブジー”という処置を、私がする訓練が始まる。手術した肛門が狭窄しないように、肛門に金属の棒を差し込む。これを毎日、自宅でできるようにならないと、退院できない。
29日(生後23日)――この日のブジーが終わったとき、突然、「明日、退院してもいいでしょう」とお許しが出る。1カ月半かかると言われていたのに、まだ1カ月たっていない。飛び上がりたいほど嬉しい。搾乳のしすぎで、右手はもう限界がきていたし……。
30日(生後24日)――退院。この日の体重は2535g。よく飲んで、頑張って大きくなった……。
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……という次第です。 現在、6月4日の夕方。片手で息子を抱っこして、授乳しながら、片手でこの文を書いています。
やっと、家族一緒の生活ができるようになって、本当に嬉しいです。息子が欲しがるときに、すぐ抱き上げて授乳できるという、そんな当たり前のことが幸せです。引き離されていた時間が長かった分だけ、今、息子がかわいくてたまりません。
娘も弟をとてもかわいがっています。あやしたり、だっこしたり、おむつ替えを手伝ったり……。 入院中は、病院の規則で、子どもは病棟の中に入れなかったため、寂しい思いもしたと思います。それでも娘は、弟の退院を心待ちにしていてくれました。 今はさすがに、弟にライバル意識を感じることもあるようですが、それでも、学校から帰ると、まず弟のところに飛んできます。
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昨日(3日)、初めて息子を連れて、助産院にマッサージに行ってきました。S先生も、スタッフの皆さんも、とても喜んでくださいました。
家族に囲まれて自宅出産をと願っていたのに、思いもかけないような形の出産となり、その後も試練が続きました。 私がなぜ自宅出産を望んだかというと、子どもとも家族とも離れたくなかったから。家族に新しい一員が加わるとき、“医療”の介在なしに、ごく自然な形で、家庭の中に迎え入れたかったから。 家族が見守る中で出産し、子どもをすぐに胸に抱いて授乳し、この世界に出てきたばかりで不安を感じるであろう我が子に、静かで穏やかな時間を用意してやりたい……。片時も離れずに、そばにいてやりたい……。そんなふうに考えていたのです。
それがなぜか、まったく正反対の出産になってしまい、その後も、引き離される時間が長く続きました。 なぜそうなったのか……私の不摂生のせいなのか、それとも違う理由があったのか……それはわからないけれど。 今言えることは、私が避けようとしていた“医療”のおかげで、息子が無事に生まれてくることができ、そして現在、無事に生きているのだということ。
まずは、無事に生まれてきてくれた息子に感謝。 そして、出産から手術、退院に至るまでにお世話になった、すべての医療関係者の皆さんに感謝します。 さんざん心配をおかけした助産院のS先生と、スタッフの皆さんにも。 そして、このしんどい時期に支えてくれた家族にも。
そして、妊娠中から出産後にかけて、励ましやお祝いのメッセージをくださった皆さんにも感謝します。お礼のメールも出せず、ご報告もこんなに遅くなってすみませんでした。
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というわけで、現在、遅ればせながら、息子と密着した楽しい日々を送っています。夜中の授乳も、搾乳していたときのことを思えば、苦になりません。昼間、一緒に昼寝もできるし……。 産後は無我夢中のうちに日が過ぎてしまい、自分の身体をいたわる余裕もありませんでしたが、これでようやくゆっくりできます。
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今後は、以前ほどマメに日記は書けないと思いますが、時々は近況を報告していきたいと思います。
この長文を読んでくださった方、ありがとうございました。
2003年5月6日12:52、麻は無事に男児を出産いたしました。 予定日よりかなり早かったため、病院での出産となりました。それに加えて、この日は娘の体育祭の予行演習日であったこと、夫(私)が隣の市まで出張しなければならなかったことなどもあり、いろいろとどたばたがありました。が、まあ、顛末は麻と新人君が帰宅してから書いてもらうとして、まずはご報告まで。 (代筆をたのまれた「夫」でした)
今日の健診で、妊娠中毒症の診断を受けてしまいました。 このところの無理がたたったようです。 とにかく安静が必要ということで、今後しばらく日記の更新はお休みさせていただきます。 翻訳の仕事も産休をいただきました。
無事出産することを第一に、ゆっくり過ごすことにします。
無事出産のあかつきには、ご報告させていただきます。 予定日は5月18日。その前後の出産になるのではないかと思います。
では、これまで読んでくださっていたみなさま、ありがとうございました。 しばらくの間、失礼させていただきます。 では!
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