きりんの脱臼
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ここは、なかはられいこ(川柳作家)と村上きわみ(歌人)の コラボレーションサイトです。(ゲスト有り)
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2006年04月09日(日) 村上きわみ

母さんが処女だったころつけた名に嫉妬していた覗くスプーン  日菜清司

*

月子は
小声でなにか囁きながら
ねっしんに銀の匙をみがいている
ふかみどりのスカートの裾から頼りない踝がのぞく
かあさまの言いつけどおり
下着はつけていない
ピアスも指輪もはずして
腰までとどく髪は麻のひもでたばねてある


けっしてからだをあまくしてはいけない と
何度も念をおされたのに
  「さあのきゆ」
くりかえす呪文がたちまちからだをあまくする
  「ちたしたわらなうよさ」
匙はにぶく曇ったままひかりをはじく気配もない
みがけばみがくほど
月子の腕のほうがしだいに透き通ってゆく
指先からちからが抜ける
匙はどんどん重くなる
  「しいるかひ」
だめなのかもしれない
月子は考える
今はいつの今だろう
  「りとるちおにみう」


やがて月子はねむってしまう
ねむりながら溶けはじめ
溶けながら小さなものになって


匙のくぼみに

*

るてしいあるてしいあ あのあめゆきのあまいひと匙あげるやくそく  村上きわみ


2006年02月08日(水) 日菜清司

錆色の飛沫になって眠ってる  なかはられいこ


*

いらっしゃいな、水でできたひとの声がする
おや、とタケノコトリさんはスプーンを銀皿に載せて耳を澄ませる
銀皿の周りにオニオン・スープが円状に飛び散る
空耳でしょうか、患っていた耳が半分治癒したばかりで心許ない
祖母の右耳を借りてくっつけている
左には野うさぎの耳を仮縫合したままである
こっちでまぐわいをいたしましょう、確かに水でできたひとの砂をこすったような声がする

水でできたひとは液体になってコップの中に、いる
夕方になると水でできたひとは液体に、なる
昼の水でできたひとはもういくらか人めいた風体をしている
水玉のネクタイを巻いてダーク・グレーのスーツを着てどこかへと飛んでいくのである
昼のあいだどこへ出ているのかタケノコトリさんはとんと知らない
夕方になると冷やこい液体になってコップの中でまぐわうのである

まぐわいをいたしましょう、水でできたひとはコップの中からしきりに誘う
耳が治癒したばかりのタケノコトリさんは衣服をぜんぶ剥いでコップの中に入る
野うさぎの左耳と祖母の右耳は剥いだ衣服の上に載せる

次第に人めいた風体をなくしていくタケノコトリさんの液体と水でできたひとの液体が交じり合い赤い液体になってゆく
それがどちらの液体かもう見分けがつかない
液体になって幾度もいくども、まぐわう
まぐわいが果てると水でできたひとはすぅと、いなくなる

銀皿に載せたスプーンが取れない
片の眼を患ったのでしょうか、タケノコトリさんは思う
手だけを伸ばしてみるが取れない
右に取り付けた祖母の眼球の具合がいっとう悪い

下品ににひにひ笑う野うさぎがウィンクしている
スプーンに映っている
それをタケノコトリさんは見ている
それはタケノコトリさんを見ている
タケノコトリさんの周りが歪んでいく
スプーンの中に水でできたひとが、いる
こっちにいらっしゃいな、しきりに誘う声が聞こえる
空耳だろうか



*

母さんが処女だったころつけた名に嫉妬していた覗くスプーン  日菜清司
 


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