この日は薄曇の晴れで、初夏の陽気で。 チェリーにぴったりな日だった。
10時過ぎに花屋に行って、5000円の花束を2つ作ってもらった。 注文は「とにかく華やかに」「蘭の花を入れて」。 お店の人には、何かの発表会で渡すんだと思われたかも。 でも違うんだ。 すぐ燃やすんだもの。 でも、チェリーと一緒にいてくれる花だから。 それからコンビニでチェリーの好きなパンを山ほど買って、大急ぎで家に帰った。 もう業者さんは来ていた。 周りにパンを敷き詰めて、花束を添えて、庭のバラも添えて・・・ これはここに入れなかったお母さんの代わり。 お母さんが育てたバラを一緒に。 家族写真も何枚か入れ、成人式のときの私の写真も入れた。 たくさんのパンと花束に囲まれてるチェリーは本当に眠っているようだった。 唇はくっと上向きで、それは動かそうとしても動かない。 安らかに行けたということなのか・・・
2時間半。 それがチェリーが焼ける時間。 その間ずっと焼却炉の近くにいた。 「ねーちゃんが傍にいるから」 ほんとにもうそれだけで。
焼却炉に火がつけられたとき、抑えていたものが切れて 「やめてよ、焼かないでよ」と呆然と泣いていた。 そうしたら草むらで体育座りをして泣いている私と兄ちゃんの間に にゃ〜ん・・・ と1匹の猫が滑り込んできた。 こう書くと出来過ぎてるけど本当で。 野良っぽく顔が傷だらけでオスだったけど、毛の色はチェリーと同じだった。 そしてこの霊園に車で入ってきたときに、出迎えてきた猫。 その猫は野良のくせにやけに人懐っこくて。 このとき私は何かの予感を感じていた・・・
それはどんどん確信に変わっていった。 『チェリーが来てくれたんだ』って
自分の焼けている方向を、耳を伏せて一緒に見て。 私にさり気なくくっつく仕草も同じ。 飴の紙をガサガサすると「なになに?」って寄って来るのも同じ。 同じ毛の色をして猫の姿を借りて・・・
私は火葬場で亜季に電話してた。 「今、チェリー焼いてんだー」って。 不謹慎ぽいけどそれはそのときの私には必要な行為で、いろんなことを話した。 チェリーのこと、就活のこと・・・ 自分がだんだん元気に、心が晴れていくのが分かってきた。 横では変わらず煙が出てるっていうのに。 皮肉な?妙な?気持ちになった。 それまでずっと私の横で少し触りながら寝ていたその猫は、いつの間にかいなくなってた。 もう、大丈夫だと思ったんだろうか・・・
そして
チェリーのお骨を取り出すころにはもう泣かなくなっていた-----------
焼却炉を開けたときも大丈夫だった。 「頑張ったね」って言ってあげれた。 そこにあるチェリーの骨をこんなとこに残してたまるかと、顔が焼け付きそうな 熱気の中で箸で拾い続けた。 帰りも骨壷を抱きながら微笑むことが出来るようになっていた。 家に着いてからチェリーを置いて、近所のラーメン屋に遅い昼食を食べに行った。 そのときのつけ麺が久し振りに美味しくて。 胃に染み渡るってこういうことなのかと思った。 それから不思議とマトリックスのDVDなんかも観てたな・・・
『チェリーが来てくれた』『チェリーは今もいる』
そう確信出来ただけで、私は過去も現在も未来も抱き締められる。
昨日、リビングに布団を敷いてそのままぐちゃぐちゃで寝たけど、 朝起きて、昨日のことを思い出したらそのまま泣き崩れていて。
やっとの思いでパジャマのまま、もう冷たくなったチェリーに寄り添っていたら、 ドサっという音が背後でしたと思ったら、 兄ちゃんが呆然と立ち尽くしていた。
朝から声を上げて泣いて、自分の拳を床に叩きつけていた。 看取れなかったから・・・
9時か10時頃、お父さんが動物病院に電話して、火葬してくれるところに連絡してた。 お別れは明日に決まった。 そこのペットメモリアルの業者さんがこれからドライアイスを持ってくるらしい。 ドライアイスを持ってくる=腐敗するから。 「チェリーはまだそこにいるのに、そんなの全然なってないのに、変わってないのに」 でも現実は現実で。 私はその電話のやり取りを、どこか他人事のように聞いていたような気がする。
この日の私は、まるで阿呆になったみたいにチェリーの傍にいた。 ずっと話し掛けて。 以前と同じように床に寝て。 絵夢やmemoriesをずっとかけて。
食事が受け付けられなくて、朝・昼と口にしたのは砂糖を溶かしたホットミルクだけ。 体は飢餓を訴えているのに、頭が全く欲しなかった。 何かを食べようと動く気もしなかった。 今思えば、チェリーと同じものを飲んで何かを共有したかったのかもしれない。
ずっと虚ろだった・・・
夜、兄ちゃんが連絡してくれたらしく、大ちゃんが仕事帰りに来てくれた。 その手には白い花束とパンを持って。 それを見たとき、私は堪らず口を抑えて泣いた。 大ちゃんの気持ちが嬉しかったのと、現実を目の前にして。
大ちゃんが言うには今奥さんが里帰りしていて、久し振りにチェリーを連れて ドライブに行こうと思っていた矢先だったらしい。 2年前の秋、チェリーは大ちゃんのおかげで初めて海に触れられた。 私たちもチェリーに海を見せることができたし、チェリーもすごく楽しかったらしく、 車を見ると自分から乗りたがるようになった。 幕張をみんなで歩いて、パンや牛丼買って公園で食べて。 みんなにとってあの1日は掛け替えのない宝物となった・・・ それに大ちゃんもチェリーのおかげで、営業のときに色々助かったことがあるらしい。
そんな話をチェリーを囲みながらみんなでポツポツと話していた。 沈黙にもなった。
最後、大ちゃんが帰るときに 「チェリーは私の妹だったの。最後に私を呼んだの。さみしいよ。悲しいよ・・・!」 と言ってまるで幼児みたいに泣いた。 大ちゃんは黙ってうんうんと、優しく聞いてくれた。 悲しさは消えなかったけど、受け止められたから多分よかったんだ。
| 2003年05月23日(金) |
どうしても認めたくなかった夜 |
この日は妙にイライラしてた。 前から思ってたけど、親父のチェリーの対する無神経さが気に食わなかった。 「〜〜出来なくなった」「〜ない」とか否定なことばっか言ってることに。 この日少し早めの給料を貰いつつ、その不満をぶちまける。 貰った矢先に言う立場じゃない。 分かってる。 でも感情が利かなくて、そんな自分に苛ついていた昼。
この日はずっとチェリーの傍にいてあげようと誓った日。
何も考えずに。 だからいつも通りに、いつも以上に甲斐甲斐しく見てあげた。 ここのところずっと寝たきりだから、ほっぺたを噛んで傷ついてたから消毒してあげて、 口の周りを渇いたシャツで拭いてあげて、少しでも楽なようにスポンジを引いてあげたりして。 そして今まであげてなかった缶詰のペースト状のご飯を食べさせてあげて。 食べてくれて・・・ お腹がギュルギュルギュル〜って言ってから、「ほら、お腹も美味しいって言ってるんだよ」なんて言ってて。
今こうして書いてると、まるで分かってたみたいじゃないか。 でも違うの。 全然そんなつもりじゃなかった!!!
なのに・・・
午後9:00
私は珍しくこんな早くにお風呂に入ろうと下に降りた。 今は思い出せないけど、チェリーがいるとなりの台所にいた。
息が 聞こえた。
喘ぐような、大きく吸い込む息。
ほんの数メートル。足が縺れるようにチェリーのもとにすっ飛んだ。 瞬間的にお父さんを呼びに走った。
いつものように右手でチェリーの頭を抱き、左手で顔をさすり続けた。 そして「ねーちゃんが傍にいるから」って狂ったように言い続けた。 お父さんは体を揺すってた。
今思えばこの間たったの5分。 だけどこのときは残酷とも言えるくらいの永遠の時間。
何度か喘いで
息を吸って
吸ったまま--------------------------------
私の腕の中で。
その場に兄ちゃんやお母さんはいなくて。 「起きないと怒るよ!!」って叫んだのに。 「お母さんが明後日帰ってくる」って叫んだのに。
『チェリーが最後に私を呼んだ』 『嘘嘘嘘嘘嘘ぉーーーーーーー!!!』
ソレガウレシクテ、カナシクテ
タエラレナクテ
それからの3時間、まだ温かいチェリーの傍で・・・ 脇なんか温かくて。 でも鼓動が消え入りそうになっていくのを聞いた。 耳を押しつけても自分の心臓がうるさくて聞こえない。 いっそコレがそうであればいい。 最近横になりっぱなしだったチェリーの顔を抱き起こして、 正面を見た。
目が------------------
それはとても端的で、最高に残酷な知らせ。 一瞬。 私は認めざるをえない状況に追い込まれたのかもしれない。 でも私が許さなかった。 嘘だから・・・
時間がとても、とても速く感じた。
私の足は役立たずで、でも涙と嗚咽とチェリーを呼ぶ声だけは止むことを知らない。
認めなかった。
嘘だと呪文のように・・・
でもどこか・・・
夢であってくれればいいと・・・
このままこの感情に溺れたままなのかと思うと耐えられない。
嘘だから・・・
「ねーちゃんがそばにいるから・・・」 これは魔法の言葉。 私もチェリーも安らげる言葉。
これだけが、唯一確かなもの。
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