無理矢理日記

2002年11月25日(月) 焼き肉論。ノーベル賞受賞気味。

皆さん焼き肉はお好きでしょうか。
否、焼き肉がお好きでない人など、この世に存在するはずがないのであり、焼き肉こそ究極の食べ物。
焼き肉こそが人類の至宝であり、宇宙の真理なのです。
つまりは、人間は焼き肉のために生きているといっても過言ではなく、例えばお父さんが汗水たらして毎日働くのも、家族の焼き肉のためであるし、野球界の高給取りが契約更改でちょっと年棒の額が上がって喜ぶのも焼き肉がよりたくさん食べれるようになるからである。
有名な例では、病院を出る際、看護婦さんの「お大事に〜」というあのかけ声は、「ロース部分やカルビは美味いので大事に食べよ」ということであり、「こんにちは」という挨拶なども古来は「今日はとてもいい肉が手に入りましてね」という意味で使われていたという学説が発表されたのは記憶に新しい。
ちなみに欧米では初対面の人には「Nice too meat you!」などという言葉をかけるのが一般的であり、これは今でこそ慣習的に「始めまして」という風に訳されはするが、本来は「あなたにもっとたくさんの良い肉を!」という意味であったことは誰の目にも明白である。
あまり知られていない事実ではあるが、かの巨匠ドストエフスキーも自らの作品を「罪と罰」にするか、「肉を焼く」にするか悩んだと言う。
少々苦しい。語呂はあっている。

さて、そんな素晴らしき食物であるかな焼き肉であるが、焼き肉について間違った認識が世に蔓延していることは否めないであろう。
私の言いたいことが賢明な読者諸兄にはすでにもうお分かりではあろうが、現在は、焼き肉というものは表面をちょっと焼いて「中の方は生」くらいの気持ちで食べる。というものになっている。
このやり方に私は警鐘を鳴らしたい。
焼き肉本来の美味い食べ方というのは、焦がす事である。
つまり、曰くウェルダンである。
しかし、レストランなどのウェルダンは生ぬるい。
ともすればまだ赤身が残っていることがある。
カリカリになるまで焦がすべきである。これが一番美味い。
私がこの食べ方を披露すると、「君は焼き肉って物がわかっていない」と首を振る友人が多数であるが、私に言わせれば、「貴様こそわかってねぇ!」である。
フニャフニャの肉のどこがいいのか!
例えば、世の女性などにアンケートを取ってみればわかることであるが、フニャフニャよりも固い方が明らかに好まれる。
外国の肉は大きいが、フニャフニャであり、日本の固い肉が良いという女性もかなりをしめるはずだ。多分。
気になる方は、ちょいと知り合いの女性にでも聞いてみるがよかろう。
第一、フニャフニャでは入れるのにも苦労する。
何を想像しておるか、無論「口に」である。

そんなわけで、私は肉をカリカリに、それこそ炭になる一歩手前まで焼くことを推奨する。
友人などには「君はガンになる」と言われるが、そんな風な口をきくやつがガンになればいいと思う。思うってなんだ。
大体、こうすることによって、油の摂取量も減り、健康にも良い。
なによりも歯ざわりが良い。
焼ききれてない肉は、噛み切れなくて苦労する。

・・・といった風にちょっと前に肉を入念に焼くことを弟と討論したが、「もっと良い肉を食え」と一蹴された。


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