モリタ君はよく遅刻をしてきた。 並みの遅刻じゃない。 10時開店の店だったので、みんな遅くとも9時半には店に入っている。 遅刻しても10時には来ている。 ところがモリタ君は違った。 午後1時、2時にノコノコとやってくる。 ひどい時には5時に来たこともある。
その5時に来たときの話だ。 その日の前日、モリタ君は他の部門の人間から飲みごとの誘いを受けていた。 ぼくはそのことをある人から聞いて知っていた。 モリタ君が飲みに行くメンバーは、モリタ君とそう親しいわけではない。 ただモリタ君を酒の肴にしてやろうと思って誘ったのだ。 モリタ君の遅刻の言い訳は「熱が出ましただった。 「熱が出たんなら、別に無理して出てこんでもよかったのに。今頃来ても何も仕事はないよ。帰り!」とぼくは言った。 モリタ君は「熱はもう下がりました。仕事をさせてください」と泣きそうな顔をして勝手に売場に行った。
その日は急遽全員残業になった。 帰りは9時を回りそうだ、ということだった。 ぼくはモリタ君に「熱があって遅れたんやったねぇ。残業せんでもいいよ。今日は早く帰り。明日また遅刻されたら困るけ」と言った。 モリタ君は「しゅ、主任、もう熱は下がりました。残業させて下さい」とまた泣きそうな顔をした。 ぼくは認めなかった。 声をわざと荒げて「さっさと帰れ!」と言った。 モリタ君は不機嫌そうに「はい、わかりました」と言って、みんなが残業している場所には現れなかった。
でもぼくはモリタ君が帰らずに売場にいることはわかっていた。 トイレに行くと言っては、わざと2Fの売場を通って行った。 人影が見えたが、わざと気づかないふりをしていた。 ぼくが30分おきにそれをやったので、今度はトイレの裏の倉庫に隠れた。 たまたまそこを通りかかったやつに、「おい。ここに誰かおらんかったか?」と聞いた。 「いや、誰もいませんでしたよ」とそいつは言った。 ぼくは「ふーん」と言ってその場を去った。
結局残業が終わったのは10時を過ぎていた。 モリタ君は10時までトイレの裏の倉庫に隠れていたことになる。 でも、ぼくが残業を終えて倉庫を覗いた時には、もうモリタ君はいなかった。 ぼくが倉庫を覗くちょっと前に店を出たそうだ。 そして、メンバーと待ち合わせて飲みに行ったということだった。 だが、懲りたのだろう。 その翌日からモリタ君はあまり遅刻をしなくなった。
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