| 入院�� |
伯母の病状が悪化して、病院を替えることにした。
命に別状は無いのだが、手足の先の血流が極端に悪くなり壊死してしまっている。
今まで行っていた病院が頼りにならず、どんどん進んでしまっていた。
伯母は一人暮らしで今までは自分で通えていたが、とうとう痛さで歩けなくなり母に助けを求めてきたのだった。
そこまで来て初めて、母や私たちは伯母の病状がのっぴきならない物になっていることに気付いた。
辛抱強い伯母は、こんなにひどくなるまで我慢していたのだった。
足に出来た傷が治らないことから始まるこの病気を、最初は皮膚科で看てもらっていた。
ただ消毒をし、包帯を替えるだけの診察。
しかしこの病気は皮膚科の領域ではなかったのだ。
皮膚科の医師も、早くそれに気付いて自分の手に負えないと言ってくれればいいものを。
患者のことは覚えない、他科受診しているのにそちらとの連携は無い。
大学病院に行っている意味が無い。
ネットで調べてみると、これはどうやら循環器科の専門らしい。
最悪の場合は、切断も有り得るとの事。
今まで病院を変わることに抵抗を示していた伯母も、相当痛みが強くなっていたらしく母の言葉に素直にうなづいた。
私は仕事があったので、病院には着いていけなかったが勤務先は伯母の家のすぐ近く。
何かあった場合は動けるようにと心構えはしていた。
しかし、こういったイレギュラーの場合不安感で発作が起きることもあるので、意気込み過ぎないように気を付けた。
幸い、今回は父が動いてくれたのでその分助かった。
途中で母から電話があり、伯母が新しい病院へ入院することになったとの事。
入院の仕度をしたいので私に手伝って欲しいと言う。
まだまだ検査がたくさんあるから、会社が終わる頃になりそう。
そして、父に電話をして迎えに来て欲しいと伝えてくれと。
母は今の状況にいっぱいいっぱいになってしまっていて、まともに話が出来ない。
ちょっとでも自分の言いたい事と違うことをこちらが言うと、キレる。
こういう時は、言うことに『はいはい』と従っているのが一番いい。
父に電話してくれと言われて、私は緊張した。
父に頼みごとをして、キツイ言葉で拒否されたことがいっぱいあったから。
今回も、伯父の車を頼むと言っていた母なのになんで俺に頼んで来るんだと言うに違いないと思ったから。
私は意を決して父に電話した。最大限に気を使いながら母の話を伝える。
『いいよ。俺が迎えに行ってやろうか?』
こちらが言ってくれと言う前に、父の方から気持ち良く言ってくれた。
ほっとした。こんな些細なことなのに、涙が出そうになった。
すごく緊張していた自分に気付いた。
私は安心して仕事に戻る事が出来た。
つづく・・・。
ほんじゃまか。
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2002年12月06日(金)
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