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2001年05月23日(水) 絶対なんて絶対ない

もう3時半だ。早く風呂に入って寝なくては。
昨日も寝たのは朝6時過ぎ。先週の日記を読んだ人々から
「なにやってんの?」と半ばあきれた口調で問い掛けられる。
「いや、ボーっと」

講義に出て、ゼミがあり、小説を読む。
大学で時間が空けば部室に行ったり、喫茶店に入ってまずい
コーヒーが冷めてさらに一層まずくなるまで粘ってボーっとする。
来年からの就職先もとりあえず決まった。
そんな単調な日々を送る中でふつふつと湧き上がる疑問、
「結局何のために生きてるの?何するの?」

今まで僕はこの古くて新しい青臭い問いと向き合うことを
避けてきたし、ましてや知り合いもよく見ているこの日記で
あえてその問いに対する答えを記してみようとも思わない。
今の僕にはとても考えられないし、60年後の僕もおそらくは
答えるのに逡巡してしまうだろう。

だから今の状況はすべて受け入れて、その状況下でベストだと
思うことをどれだけやるか、そう思って過ごしている。
選択の理由付けなんて得てして後知恵になってしまいがちだし、
終えてみなければわからないことなんだろう。

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なかなか物事がうまくいかない時に「待つこと」「耐えること」
ができるようになってきたように思う。そんな自分は少しは
大人になったのかなとも思う。

「何もしない」という行為は相当な苦痛を強いるものだ。
けれどその行為を主体的に選択してみると、案外いい結果が
待っていたりする。ただそうすることで、かつてと比べて積極性や
攻撃性を失ってしまったのかなあとも思う。

目の前の事に必死になり、ただひたすらに1つのことに
追われることがある。人間の行動は価値ある(と判断された)
結果を追求するためになされる。ところが、盲目的に物事を
追いつづけていると、その行動の結果のもたらす影響に対して、
深い想像を巡らす事が出来なくなってしまう。そのような時、
「何故そうするの?」と自らに問いを発することが苦痛で
避けてしまいがちだ。

かなり抽象的な内容になってしまったが、特に何かあったとか
そういうわけじゃない。書くネタがないんだ。勘繰らないで。


おじゅん |MAILHomePage

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