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急に窓の外から雨音が聞こえてきた。 久しぶりの雨はこの暑く長い夜に振り返った10年間の思い出を 流してしまうのだろうか。
********************************************************** これまでのこの日記を読んだ人や毎年この時期の僕の行動を 少しでも知る人は不思議に思っていることだろう。 本人ですらどうしてここまで興奮してしまうのかわからない。
野球部出身でもなければ高校生でもないこの僕がどうして 7月中に中間報告を求められている卒論には全く手をつけず、 ゼミの国際交流プログラムのグループワークをすっぽかし、 アルバイトを無断欠勤して解雇を匂わされ、 観測史上最高といわれる炎天下にくりだし、 普段吹いてもいない楽器を吹いて無駄に唇と肩を痛めたり してまで高校野球に夢中になってしまうのか。 傍からみればただのバカ、その言葉は甘受したいと思う。
でも人間の行動なんて合理的に説明できることはむしろ 少ないような気もする、なんていう言い訳を思いついてみたり。 こんなことを言うと安っぽいラブソングのようだが、 誰に何と言われようと好きなものは好きだった。
*********************************************************** 中学生の頃はそれほど大した思い入れもなかった。 初めて球場に応援に行ったのは中学1年の秋。 あと1つ勝てば甲子園というところで惜しくも敗退。 中学2、3年の夏はベスト8止まりだった。 中学時代、応援は確かに面白かったけれど、 暑くて大変だ、なんていう思いを抱いていたのもまた事実。 主役の高校生は自分とは遠い存在でもあった。
自分にとって1つの転機となったのは高校1年の夏の予選。 その頃、かつて王や荒木といったスターを擁して全国を沸かせた 早実は、甲子園から10年以上遠ざかり「古豪」という不名誉な 形容詞をつけられていた。けれど、この年は様子が違った。
早実は大会屈指の好投手と切れ目のない打線で堂々の優勝候補の 一角に挙げられ、チームには自分と同学年の選手もいると いうことで俄然盛り上がった。予選でも着々と勝利を重ね、 荒木以来13年ぶりの決勝進出。
勝ち上がることに増えていく観客、ヒートアップする応援、 緊張感を増す試合展開。
あと1つ。甲子園出場へとはやる早実の前に立ちはだかったのが 公式戦でいつも苦杯をなめさせられている帝京高校だった。 何も知らない小学生の頃、東京代表だからと言う理由だけで 無邪気に応援していた学校だ。なんという皮肉だろう。
2万人、高校野球としては異例の数の観衆で膨れ上がった その日の神宮球場は異様な雰囲気だった。
激しい乱打戦。 11対10、1点リードで迎えた7回、誰もがアウトと思った相手校の スクイズが成功。この微妙な判定が勝負のあやを決めてしまった。 気落ちした投手はホームランを浴び、15対13で敗退。 翌日の新聞で、主将でエースで四番打者だったその年のチームの 大黒柱が涙に暮れる写真に釘付けになってしまった。
これ以来、もう僕はこの時期になるとたまらなく気分が高揚して しまうようになった。期末試験の勉強中は「これが終われば応援 できる」と、はやる気持ちを抑えるのに懸命だった。
翌年高校2年の夏、チームはエースを怪我で欠く中、苦しい試合を ものにして、4戦連続の逆転勝ちで甲子園出場を果たす。 春の選抜ベスト8の国士舘との決勝戦では、前年に決勝ホームランを 打たれた投手の力投と同級生のホームランで勝利を呼び込んだ。 決勝戦、同点で迎えた9回、同級生の放った決勝ホームランのボールが 皆の夢を乗せてレフトスタンドに弾んだ瞬間、僕は楽器を投げ捨てて 先輩と抱き合って喜んだ。
************************************************************** このままでは際限のない回顧になりそうなので止めておく。
とにかく毎年この時期に高校野球の応援をするのが楽しくて 仕方なかった。この時期には野球応援に行くものだと当たり前 のように思っていた。でも、来年の今頃、僕は仕事をしている。 冷房の効いた都会のオフィスでネクタイを締めて机に向かって 仕事をしているはずだ。全てを投げ捨てて夏の空の下に繰り出して 高校野球の応援をできるのもきっと今年が最後になってしまうのだろう。
今日、早実は準々決勝で敗退し短い「夏」が終わった。 校地を移転し西東京大会初めての「夏」は、 男子校としての最後の「夏」でもあり、 僕が学生として迎える最後の「夏」でもあった。
負ければ終わりと言うトーナメント戦の緊張感、 勝ち負け関係なく送られる惜しみない拍手、 互いの健闘を称えるエール交換、 金属バット特有の打音、 球場に響くブラスバンドの応援、 最後のワンプレーにこだまする絶叫、 そして得点時に肩を組んで歌う「紺碧の空」。
勝った試合、負けた試合、全てが楽しかった。 それも今となってはもう思い出。
昔を懐かしむのは現実から逃げたいときなのだと いうことはわかっている。
だけど、せめて今夜だけは思い出に浸らせて。
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