彩紀の戯言
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2000年11月02日(木) 笑顔。

ごとんごとん。

列車は1つの線路の長さが全て同じであることを証明するかのように
規則的な音と、一定の振幅を感じさせる揺れを伴い私を目的地まで導く。

京都行きにもかかわらず、紅葉のシーズンにはまだ手が届かないためか2両編成。
指定席車両の1号車は人もまばら。

窓側の席で1人佇み、文庫本の文字を追う。
時折窓に目をやり景観を心に刻み込み、期待に胸を膨らます1人旅の女。


の雰囲気を漂わすはずだった。
・・・・が、しかし私の目の前には老夫婦。
閑散とした車内で向き合って座る他人・・・・。しかも、少し気まずい空気が流れている。

その車両は前後だけでなく中央にも扉があり、
そのため向きが変えられない座席が存在した。
つまり、数カ所だけ向き合うシートができてしまうのである。

その数少ないボックス状のシートの指定席のナンバーが書かれているとも知らず、
券を片手におずおずと乗り込んだ私。
窓の上の座席ナンバーを目で追い自分の席の横にたどり着く。

「どうせ、誰もこんじゃろ。おまえ、ココに座れ」と、私の席を妻に勧める老人がいた。
しかし傍らに私・・・・。私と老夫婦の間に何とも言えない空気が漂い始める。
空いているので別の席に座っても良かったのだが、
「そこは私の席です」と言われるのがイヤでできなかった。

席にたどり着くのがあと1秒早かったら・・・もしくは遅かったら・・・。
こんな気まずい空気の中に1時間半も身を委ねることもなかった。
老夫婦は甘栗やあられを食べている。いい匂いだ。

あぁ、旅の醍醐味が初っぱなから私の手からこぼれ落ちた。
貰った甘栗がこぼれ落ちた方がフォローのしがいがあるってものだ。
もちろん甘栗は貰えなかった。

窓に視線を向けようとすると老人と目が合いそうな気がして顔を上げることができない。
私は前日に購入した綾辻行人の小説をひたすら読むことになってしまった。
よりによって怪奇小説・・・。

目の端からちらりと見える景色の空は奇しくも灰色。
どんよりとした雲は1時間半で私にまとわりついてしまった。
1人での遠方への列車の旅がほとんど初めてと言ってもいい私は
とうとう緊張の糸を切ることができなかった。

初めて降りる駅。
待ち合わせの相手と私は今回のために携帯をそれぞれ準備したが、
そんなモノは全く必要のないこざっぱりした駅だった。

15分ほどして彼女の乗った電車が到着した。
ゆっくりと改札を通過する彼女。
初めて会うメル友はモデルのような綺麗な女性だった。

出会ってから30分ほど経過したとき、彼女が”きゅぅっ”と笑った。
とても愛らしい笑顔。私はその笑顔のファンになってしまった。

そして”きゅうっ”の笑顔は私を覆った灰色の雲を吹き飛ばし、
緊張の糸もプツリと切ってくれた。
その後私は初対面であるにも関わらず一方的に喋り続ける。


なぜなら、そこに彼女の笑顔があったから・・・。


彩紀 |HomePage

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