土曜日の朝が来た。 粛々と時間は過ぎていく。 しかし、次にやるべき事が決まっていると言うのは助かる。 次にやる事を考え続ければよいからだ。 何もやる事が無いと色々な事を考えてしまう。 斎場に着いた。 早く着きすぎた。 いつも約束の時間にすこし遅れる俺に不満顔なあいつを思い出して苦笑する。 まずやってきたのは、あいつとお母さんだった。 あいつの棺に続いて、焼き場の前室に着く。 お母さんに手紙のお願いをすると快く許してくれた。 本当に、本当に、良いご両親で、何で本当にもっと早く会いに行かなかったか後悔した。 すぐにお父さんやお兄さんや近しい親族が揃った。 ここに参加できる事を本当に感謝した。 棺を焼き場に入れる時に、お兄さんが呼び止めた。 タバコを入れてやっていた。 俺も昨夜考えていたが、忘れていた。 お兄さんが用意してくれていたならば、おれが入れなくて良かったかな。 約2時間の待ち時間を親族に混ざって過ごした。 お姉さんが気を遣って俺に話しかけてくれた。 あいつが俺に出会う前に別の幸せに囲まれていた頃の写真をもらった。 俺の知っているあいつとは違ったが、幸せそうな、良い顔をしていた。 あいつは写真を嫌がった。 「今はやつれてるから、もう少し体調が戻ったら」 嫌でも何でも写真をもっと撮っておけばよかった。 唯一残っている写真は、去年の夏に車の助手席座って いきなり撮ったので驚いている顔とそのあと微笑んでいる顔。 これも撮った後に携帯の待ち受けにしてたら、消すように言われた。 でも、誤魔化して携帯のメモリーに保存していた。 その顔とまた別の幸せそうな顔をしていた。 2時間掛かると言われていたが、実際は1時間ほどで終了した。 痩せてたからなぁ。 ありがたい事に、俺にも骨を拾わせてくれた。 骨は白く、そして形も綺麗に残っていた。 以前、焼き場に立ち会った時に、係員が「悪い所は骨に色が残る」とか色々講釈するのに腹を立てた覚えがある。 どうも、それはどこの地方でも言われるようで、親族の人も言っていた。 でも、あいつの骨は真っ白だった。 係員の人も、色も綺麗で形も綺麗に残っていた。 骨の部位を説明しながら骨を納めて行く。 最後に頭蓋骨を納めて終了した。 あいつはお母さんに抱かれていた。 お父さんが「君の車で家まで送ってくれないか」と言ってくれた。 俺は骨壷を受け取り俺の車まで歩いた。 やっとあいつを抱きしめる事が出来た。 強く強く抱きしめてやった。 車の助手席にお母さんがあいつを抱えて乗った。 精進落しを兼ねて食事をしに行く。 道すがら、お母さんからあいつの子供の頃からの話を聞く。 また、俺と出会ってからの事も色々話してくれた。 俺は全然あいつの事が分っていなかった。 申し訳なさと後悔で泣くしかなかった。 でも、まさか涙で事故するわけには行かないから、 ハンドルを握りつぶすほど握り締めて耐えた。 お店に着くと、あいつは車に置いて行くと言う。 外から見えないように、助手席の足元に置くと言う。 確かに、外から見えない方が良いとは思うけども可愛そうだ。 一旦、「ごめんな、ちょっと我慢してね」と言いながら足元に置いたが、やはり助手席の座席の上に置きなおした。 外から見えないように、ブランケットを掛けた。 寒がりだったからちょうどいいかな。 食事の席上、お父さんから話があった。 今日は、部屋まであなたに運んでもらう。 でも、今日以降、娘には会わせない。 たとえ夢に出たと言われ様とも線香上げさせることもしない。 私は、あなたを追い返すでしょう。 あなたは、娘を忘れなきゃいけない。 あなたは若いのだから、いつまでもあなたを引き止めておくことは出来ない。 私は親として、それを許す事は出来ない。 俺は、何もいえなかった。 何でこんな事をお父さんが言っているのか分る。 でも、今、そんな事言われても無理だ。 でも、俺は何も言わなかった。 今、あいつはおれの車で待ってるし、俺と一緒にいるのだから。 車で家に向かう。 あいつを助手席に乗せて、お母さんは後ろの席に座った。 何度も何度も通った道。 あいつを乗せて通った道。 失ってしまった物の大きさに押しつぶされそうだったが、 お母さんと色々な事を話していたので大丈夫だった。 車から降ろすとき、俺はあいつをもう一度強く抱きしめた。 そのまま部屋にあいつを連れて行った。 ここで手を離すと、もう二度とあいつに触れる事は出来ないのかと思うと手放したくなかったがそうもいかない。 途中、信号で分かれてしまったせいもあって、お父さんや他の親族は遅れてやってきた。 その間の10分くらいが最後の2人の時間だった。 家を去るとき、お母さんが 「あの子は、あなたに会ってから本当に変わったんですよ。ありがとう。」と言ってくれた。 そして、「10年前に会えたなら。」と言う。 そういえば、あいつも弱ったときに同じ事を言っていた。 「今だから会えたんだよ。だから10年前じゃなくて、今で良いんだよ。」って言ったんだ。 俺は「すみませんでした。」と言うしかなかった。 最後に、外でお兄さんが待っていた。 「ありがとう」と言ってくれた。 俺は、ただ、ただ、「すみませんでした。本当にすみませんでした。」と謝るしか出来なかった。 家に帰ると、疲れ果てていて、1時間ほど寝た。 今思えば、色々とあいつからサインがが出ていたんだな。 全然、気がつくことが出来なかった。 本当に、本当に、おれはバカだ。 安っぽい言葉で嫌だけど、本当に失くして初めて分った。 あいつはよく「頼ってしまってごめんね」と言っていた。 本当は、もっともっと頼りたかったんだ。 俺は、口では「もっと頼ってくれていいんだよ」って言ってたけど、 あいつが自分か俺の重荷になってはいけないと、自制してたのを気がつけなかった。 俺は本当にバカだ。 俺は、「これから、2人の時間はたくさんあるよ」なんて言ってたけど、 もうあいつは限界を超えた所でなんとか踏ん張ってたんだ。 俺は、タイムリミットを分っていなかった。 今思えば、タイムリミットは去年の秋だったんだろうな。 1年も持ち堪えてくれたのに、おれは全然分ってなかった。 あいつの優しさに感謝するしかない。 そして、俺は後悔し続けるだろう。
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