痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2003年04月08日(火) 巴里日記��

さみしい男たち。
日本の男たちも寂しそうではあるけれど、パリの男たちは徹底的に寂しそう。

あちらではレストランでもピクニックでもパーティでも男女同伴が基本というのは常識だけど。
でも本当は独りものはいっぱいいる。
カフェでも堂々と暖かい日向で昼間から一人でビールを飲んで「満足v」な様子なのは、女のひと。
男の一人客はモバイルPCを弄っているビジネスマンの他は、たいてい寂しげにコーヒーを啜ってタバコを何本も根元までふかして、
今日もなにもすることない・・・
考え事もとくにない・・・
つきあってくれる人いない・・・
こんなカンジでライターや小銭をいじくり回している。人間ウォッチングを楽しんでいるでもない。部屋にいるよりはましだから外にいるだけ、という佇まい。

でも、パリではこれがふつう。力のないひと、魅力のないひとは相手にされない。
寂しい、とは形容しないみたい。
そしてパリの勤め人は決して会社の同僚とプライベートで遊んだりしない。それは個の生活の充実していないカッコ悪いことであるし、仕事にも私情やらなんやらビジネス的でないものが入り込まない方がいい、とかあるみたい。

仕事帰りに一杯飲んでいこう、話の内容は仕事のことばっかりだったりするけど、そこら辺は日本の独り者の方がまだ、人と会話する機会があるのではないかしら。

そして、結局は人種の問題になるのだけれど。
日本は昔から決して素晴らしい国ではないけれど、また目をそむけてこのまま無いことにはできない外国人の問題があって、それはいづれ欧米と同じ問題に繋がっていくのだろうけれど。
とりあえず、今まではましだったわけです。同国人で収入や家柄による壁が甘かった。目にみえる肌の色による住み分け、職種の限定があんまりなかった。というか、見て分かる外人が少なかったしね。そして偏見よりも好奇心がまさって外国人にどちらかというと好意的だった。なんていうか外人に日本を好きになって欲しくてたまらなかった。
変わってきていることは承知のうえだけど、こういう観念ががっしりと固定しているヨーロッパよりはまだまし。

パリで見て分かる外人。の男のひとは限りなく寂しそう。貧乏である。パリで貧乏なひとは日本の貧乏な若者が無理しておしゃれな格好をする程度の貧乏ではないので、見て分かる貧乏ぶり。まず衣服等の物価が高いのです。全身ゆにくろで、でもどんなレストランでも全然OKなんてありえない。まず靴なんかはボロボロのを履いています。
同国人の女のひとが少ない。働きにきているひとは当然男のひとが圧倒的に多い。また女のひとは生活レベルの高い国にきてあいかわらず底辺にいる同国人の男のひとに目をむけにくい。少しでも上を目指すでしょ。そして女の玉の輿はいまだにアチコチで見聞きするけど、逆玉はまずありえない。
結婚の問題もあって、同国人どうしで結婚関係なしに、男女で楽しくやりましょう、が難しい。
結局、同族の男同士以外ほとんどつきあいがない。ほんとうのどん底貧乏だったら、一部屋に親戚何人もで住んでいるから、暇な時間は彼らと道でぶらぶらしているか、サッカーをみているか。
ちょっと生活レベルがあがって自分の小さな部屋を借りることができても、新しく友達をつくることは難しい。まして女ともだちなんて、ねえ。一人でビデオをみるか同族の集まる店にいくか。

で、寂しい、女のひとと話がしたい彼らは公園や図書館や観光地などお金のかからないところで日本人観光客に声をかけるのです。
なぜか考えてみたんだけど、たぶん日本人の女は、心の中でびびっていたとしても話し掛けてきた男をあからさまに無視したりしない。そして大抵カタコトの言葉しかできないことに引け目もあってわりと一生懸命に話を聞こうとする。
傍若無人なひともいるけど、「ごめんなさい、わかりません、さよなら」だけでも困り笑い付きで、対応が柔らかい。好奇心旺盛で怖い物しらずなひとは、少し話しが通じたりすると喜んでコーヒーくらいおごらせてくれたりする。簡単に部屋にも付いてくるという噂もある。
お金と暇のある年配の旅行者よりも若くて小さくてよく笑う女の子集団の旅行者が多い。ひとり旅のバックパッカ−でさえ、中学生のようにみえるらしいし、そのわりにお金はもっている。
それから、なによりも黄色人種である。

わたしも何度も声をかけられたけど、南スペインのひと(背がひくくて肌が浅黒い)、中央アジア系のひと(同じく背がひくくて肌が浅黒い)、トルコ系?のひと(同じく・・・)、東欧〜中央欧のひと(同じく・・・)など。
アフリカ系のひとアラブ系のひとはとにかく人数が多くて、自分たちのカッコとしたコロニーみたいなところにいるから商売以外であんまり声をかけてきたりはしないみたい。
彼らはみんな、下心があったとしても紳士的な態度を崩さず、どうみたって貧乏そうなのにコーヒーを奢ってくれようとしたり、「いま英語の勉強をしているんだ」と「この間TIHIRO(千と千尋の神隠しか?)をみたよ」とか一生懸命英語で共通の話題になりそうなことを話したりする。
わたしが歌手だ、というと絶対パーティーでは壁の花っぽい人柄なのに、自分の国の歌やしっている日本の歌(さくら とかね)をうたってくれたりする。
そして、わたしが付き合うのが面倒になったりとにかく彼とわかれたくて、時計をみたり、ちょっと友達に電話してくる、と言うと、
「ああ、いいよ。全然気にしないで。一緒に話してくれてありがとう。あえて嬉しかった。」
と、去っていく。
ああ、また次の休みの日もあの公園で日本人の女の子に話し掛けるんだろうなあ。
遠い国から働きにきて、たぶん死ぬまで国には帰らないで、自分と仕事とビデオ屋といつものカフェと、それだけの狭い小さい世界の中でずっと生きていく。自分と同じ世界の女のひとにはなかなか近づけず、そして上のほうの世界にいる人たちからははっきりと相手にされず、馬鹿にされつづけていく。そんな男のひとがいっぱいいる。

日本にも沢山いるのかも。


はあ、パリではほかにも色々あったんだけど、宅配カレーがうまい、とか、タバコが高い(マルボロが500円近くする)とか、布団がほしくてアレコレひっぱりだして見ていたらマダム=ばばあに触るなとすごく怒られて、まったく日本人は買いもしないのにアレコレ弄る(こういうことは言葉がわからなくても通じる)とかブツブツ言われて「コレヲクダサイ」と言ったとたんにアラホントニフトンガホシカッタノネ〜メルシーとニコニコマダムに変身したり、和仏辞書にスポンジ=海綿と書いてあったらしくいきなりフランス人夫に
「君のお腹は海綿だ」と言われたり(いくらでもアルコールを吸収する、というジョークが言いたかったらしい)、いろいろあったんだけど、もう過去のことなので、巴里日記はこれにておしまい。



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