虹色過多想い
2004年12月13日(月)  報われるもの

昨日の模試を終えるまで、ここ2,3日ちょっと情緒不安定だった。
受験生はみんな同じ環境で、不安や迷いもたくさんあるんだろうけれど、近づいてくる本試験、差し迫った模試に心がうまく対応できてない。
良い点数がとれる気が全くしなくって、模試が怖くって怖くって、気づいたら泣いたりしてた。
20歳にもなったのに何やってるんだろうって感じ。

恋人には電話で何度も「がんばれ」って言われた。
勉強して、苦しくなって恋人に電話して。
勉強してて、あー、集中力切れてきたなぁって頃に恋人から電話が着て。
電話からは繰り返し繰り返し「がんばれ」の言葉。
いつも電話を切る時の最後のお決まりのセリフ「おやすみ」も「がんばってね」に切り替わっていた。
がんばらなきゃ、がんばらばきゃって思った。
反面、がんばらばきゃって思ったところでがんばれるのかなとも思った。
精神的に落ち着かなくちゃいけない。
不安定になってたら、身に入らない。
焦る気持ち。迫る時間。

そして昨日の朝。
不安なまま模試の会場で問題冊子を開いた。
終わりの時間まで精一杯問題に向かって、マークシートが全部埋まった頃、抱いていた不安はずっと小さなものになっていた。

彼の車に乗り込んで、「今日の英語はよくできたかも!」と騒ぐあたしに、恋人は何度も何度も「がんばったね」と言ってくれた。
車の中であたしの頭に手を伸ばしながら。
ミスドでは笑いかけてくれながら。
家に着いてからメールで。

「がんばれ」は「がんばったね」に繫がるものだったんだね。
あたしががんばれば恋人はそれを認めてくれて、存分に褒めてくれる。
「がんばれ」はプレッシャーに思う言葉なんかじゃないんだね。
これからまたがんばろうって心底思えた。
誰のためにがんばってるわけでもなく、自分がなりたい自分のためにがんばって、それを認めてくれる人がいる。
とてもとても生きてる意味のあることだと思った。

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