2003年05月06日(火) |
『昼寝』(オガヒカ小ネタ。ヒカル18歳) |
「ヒカル……どうした」 「ん………ねむい………」
GWに合わせて行われた囲碁のイベントは5月5日の今日で終わり。 4、5、6月の三ヶ月はあまり体調が良くないものの、ひとりでいるともっとふさぎこんでしまう為、気分転換の意味も含めて、ヒカルは東京を離れる泊りがけのイベントにはちょくちょく参加するようにしていた。 もちろん、棋戦にさしつかえのない程度ではあったので、そんなに頻繁ではなかったが。
5月5日。 ヒカルにとっては、特別な日。 大切なあのひとが、消えた日。
いくらイベントに参加するとはいっても、できるだけこの日は避けてもらうようにしていたヒカルが今回のイベントに参加を決めたのは、開催地が鎌倉という比較的近い土地であったことと、 お互いのスケジュールがかみ合わなくて二週間も会えずにいた恋人がメインとして参加する事になっていたからだった。
二泊三日のイベントは、一部で巻き起こっている囲碁ブームに乗せて大盛況のうちに終了し、さてあとは帰るだけ…と、荷物をまとめようと部屋に戻った昼下がり。 それまで、イベント参加者やファンなどを笑顔で相手にしていたヒカルだったが、ここで電池が切れたように畳に転がった。
「ヒカル、どうした?」 まるで畳になつくように転がったまま動かないヒカルに苦笑しながら、緒方は白スーツを着たままヒカルの頭のそばに腰を下ろした。 …すると、ヒカルはずりずりと這いよじり、あぐらをかいた緒方の太股の上に頭を乗せると、こてん、と脱力した。 「ん……ねむい……」
猫のようにそのまま眠りについてしまいそうなヒカルの柔らかい髪を撫でながら、緒方は誰にも見せたことのないような柔らかい表情で微笑んだ。 「どうする?疲れたならこのまま泊ってから明日帰ってもいいんだぞ」 「ヤダ……今日は…帰る」
ヒカルは、毎年決まって5月5日に巣鴨に行く。 …それから、祖父の家を尋ねて、蔵の中に置いてある古い碁盤の手入れをするのだ。ゆっくりと、しかし丁寧に…まるで、何かを語りかけるように。 その習慣に去年から付き合うようになった緒方には、ヒカルの返事は予想できたものだった。
帰りたい。しかし眠い。自分の予定と、眠気の葛藤に顔をしかめるヒカルに、緒方はその手でヒカルの目を覆った。 片手で軽々とヒカルの両目が隠れてしまうほどの、大きな手。 「…なに……?」 「一時間たったら、起こしてやる」 だから少し眠れ。 本調子ではないくせに、どこか無理にはしゃいで見せるようなイベント中ヒカルの態度は、見ていて痛々しかったのだ。 …それよりも、自分の望みのままに、勝手に膝になついて惰眠をむさぼってもらう方が、余程安心できる。 …他の奴には、決して見せない態度だと分かっているから……なおさら。
やがてヒカルの呼吸がゆったりとした一定のリズムになったのを感じ、緒方がヒカルの顔から手を放す。 ヒカルは動く気配もなく、すとんと熟睡に入ったようだった。 その様子に、緒方も何となく緊張が解ける。
そして白スーツの上着を脱ごうとして……ヒカルがそれを握り締めたままであるのを見つけた。 ヒカルの、無言の願いが、そこにある。
「ここにいて」
………と。 上着の布を握るその力はそれほど強いものではなかったから、その手を外そうと思えばできたのだが、緒方はそれをせず。それどころか脱ぎかけた上着をもう一度着なおした。
そして煙草を取り出し火をつけると、いつもよりもそっと紫煙を吐き出す。
膝の上で眠る恋人を、起こさないように。
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