petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年05月11日(日) 『花束をアナタに』(薫小ネタ)

「あれ、海堂」
乾が彼を見つけたのは、スーパーの前だった。
「…どもっス」
ぺこり、と会釈して返す律儀な後輩に、乾は歩み寄る。
「誕生日なのに、おつかいかな?」
「…知ってたんスか」
「生年月日はデータの基本だよ。でもまさか当日の今日に会えるとは思わなかったな」
「?」
「…今日は、日曜日だから」
そう。そして珍しく部活もない日曜日なのだ。誕生日が日曜日。きっと、家族でどこかに出かけるだろうと予測した(確立は70パーセント)乾は何も知らない振りをして、明日の早朝、ランニングで待ち伏せてお祝いしようと思っていたのだ。プレゼントも用意して。

そんな自分の目論見が外れて、ちょっと悔しい。
…でも、海堂の誕生日である今日出会えたことは、嬉しい。

「プレゼントは今持ってきてないけど、とりあえずは」

乾はひょい、と背をかがめた。

「〜〜〜〜〜ーーーーっっっっ!!!」

海堂は声にならない叫びとともに、耳を押さえて後ろに飛び退く。その顔は…真っ赤に染まっていて。
「何すんだアンタはっ!!」
「何って……お祝い言っただけじゃない」
何で逃げるのさ?と眉をひそめる乾だが、これはわざと作っている表情だ。
…そして、海堂がそれを分かっているのも、全て承知の上で。

海堂はまだ顔の赤みが取れなかった。
…確かに、乾はこう言っただけだ。『誕生日、おめでとう』と。
海堂の耳元で。

…実はコレが非常な曲者で。
乾の声は、ただ低いだけではなく、よく響くのだ。
しかもそれで少し息を混ぜながら囁かれようものなら、恐ろしくヤラしくなる。
そんなエロい声を、普通に触られるだけでも震えてしまう耳元で囁かれようものなら……耳から、背中に腰に、そして脚にまでその響きが電流となって伝わってきて。
下手すると膝が抜けるのだ。…いや、冗談じゃなく。
乾は自分の声の効用(?)を熟知している。その上、海堂が自分の声に弱くて、おまけに耳が敏感な事も知っている。
これぞまさしく確信犯。
こうなると当然ムカつく事この上ないのだが。

――でも、海堂自身、その乾の声が好きだったりするのだから、これまた末期的に始末に負えなかったりする。

…かくて、海堂に出来るのは、真っ赤になって乾を睨み付ける事だけ。

その間、乾は、赤く色づいた恋人の顔や、落ち着こうと深い息をつく半開きの厚い唇、そして、自分の声に感じて潤みがちになりながらも気丈に自分を睨み付けてくる艶やかな瞳を思うさま堪能したのであった。



「それ、ケーキの材料?」
そうして乾が指さした海堂の持つ買い物カゴの中。
そこには、真っ赤に熟れた苺と、生クリームのパックが入っていて、乾の質問を肯定していた。
「そうっス。昨日は部活で遅くなって…買いに行けなかったから」
「自分の誕生日用のケーキなのに、海堂が買うの?」
「自分がケーキ作るんだから、自分で材料買うのは当然っス」
「え?誕生日の人が作るの?」
乾は目を丸くした。
普通、誕生日はケーキ買ってもらって、ごちそう作ってもらって、プレゼント貰えて、その日一日は王様になれる…そんな日じゃないのかと。
「ウチでは、誕生日の人が家族に何か作るんス。もちろん、祝ってももらうんすけど……自分が生まれたのは、家族がいてくれたおかげだから、家族…特に母親に感謝する日なんだって、親父が」
「…でも…小さい頃はケーキなんて焼けないだろ?」
「幼稚園の頃だったら、リッツの上にクリーム塗って、ベヒーチョコ乗せたヤツ作ってたっす」
「…なるほど」

これは貴重なデータだ。手元にノートがない為、しっかりと頭のデータノートに書き込む。
「毎年、俺の誕生日には苺が旬だから…オフクロは苺を使ったデザートをリクエストするんすよ」
海堂は、少し照れくさそうに、笑った。きつい印象の目つきが緩められて、はっとする程柔らかく、優しい雰囲気。
…それは、どことなく彼の可愛らしい母親のそれと似ていて。

「…ふむ」
「センパイ?」
考え込む乾に、海堂は首をかしげた。
「ちょっと、花束買ってくる。穂積さんだったら、バラよりもガーベラとか、サンタソニアとかミナマヨメナかな?」
「???」
いきなりそんなこと訊ねられても分からない。…ていうか、今言われたバラ以外の花の名前すら知らない。

思い切り、「何故?」を顔に描いて立っていると、乾は自信たっぷりにずれてもいない眼鏡を押し上げた。
「だってそうじゃないか、俺がこうして海堂と出会うことができたのも、穂積さんが海堂を生んでくれたおかげなんだから」
…だから、感謝の花束を。
ありったけのありがとうをこめて。

恥ずかし気もなくはっきりきっぱり言ってのけて、乾は花屋のブースへとダッシュをかましていた。

…残された海堂はしばし呆然として……それから、何か照れくさくて真っ赤になりながら眉をしかめて唇をとがらせた。
……何となく、回り道でものすごい告白をされたような気がする。
…でも、どこか嬉しいのも事実で。


母に花束を贈るというのなら、これから乾も一緒に家に来てくれるのだろうか。
…それなら、ケーキ作りを手伝ってほしいと、頼んでみようか。
不器用なのは知っているけど、粉や砂糖を計るのは、かなりきっちりやってくれるかもしれない。データが生き甲斐、計測大好きな、乾のことだから。

…そうと決まれば、乾が花束を選んで作ってもらってる間に、材料をそろえて買っておかなくては。


海堂は、手にしていた買い物リストのメモをちらりと確認して、やはり売り場へと駆け出した。


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