2003年05月19日(月) |
『榛色』(最早オリジナル設定で誰も分からないぞな緒方小ネタ) |
「髪の色や目の色が他の人と違うことは、そんなに悪いことかい?」
「うん。悪いことなの」
「何故?」
「『キモチワルイ』んだって。おばさまが。『えたいのしれないおとこ』と、同じ色なんだって。だから、かあさまは僕のこと、忘れちゃったんだって」
「……緒方のおばあさまも、そう言うのかな?」
「ううん。おばあさまは優しいよ。…でもね、僕を見て、かなしそうな顔をするの。やっぱり、この髪の色のせいなんだよ。僕の目が変な色をしてるせいなの」
男の前で、子供は本当にごめんなさい、と呟いた。 その白い頬は、誰に殴られたものか青黒く腫れていて、半ズボンからのぞく脚にはいくつもの擦り傷の痕。ガラスで切ったような傷。
「しんくんも、のりちゃんも、ちかよるなって。バイキンが移るって。ぼくに近づくと、みんなまで変な目の色になっちゃうんだって」
傷だらけの…血に汚れた小さな手に握られたのは、先の鋭い、剪定用の鋏だった。
「だからおじさん、ぼくはこんな変な色の目、いらないの。すぐに返すから、ちょっとだけこのハサミをかして?この目をつぶすのなんて、すぐおわるから」
お願い、と。子供は真剣だった。 その澄んだ榛色の目は、真剣に、自分の目を「いらないもの」と信じていた。 泣きも、せずに。
男は子供の頬を大きな手で包んだ。 作業で厚く、固くなった掌が、子供の柔らかい頬を刺激する。その感触が気になるのか、子供はすこし眉をひそめた。 男はそれに構わず、じっと子供の目を見る。
「どこが変な色なんだ?」
男は、子供から目をそらさなかった。 「この色は、命を育む土の色だ。命を支える、木の幹の色だ。その木が育む、木の実の色だ。――命の色をした、宝石のようにきれいな色だ」
「うそ……」
「嘘じゃない。私はいろんなところのいろんな木を見てきた。おまえの目は、秋の実りの命の結晶のような、きれいな色をしているんだよ。…見たことはないか?」
こくん、と子供は頷いた。
「それなら、今年の秋に見せてあげよう。…そのためには、目を潰してしまったら見られなくなる。そうだね?」
男の言葉に、子供は困った顔になった。皆が嫌う自分の目。これを潰したら、少しは自分のことを好きになってもらえるかもしれないのに。 …でも、この人が「きれいだ」という、自分の目の色と同じ色をしたもの……… ……見て、みたい。…でもそれでは、目が潰せない。
「それにな」
男の無骨な手は、子供の髪を撫でた。やわらかな、色素の薄いアッシュブラウン。
「この髪の色は、新品の杉の柱のようじゃないか。丹念に、大切に磨きこまれた……艶がある。茶室や神社では、これほど重宝されるものはない。…ああ、最高級の碁盤は榧の木だが……その色にも似てる」
男は、ふわりと笑った。もう、子供が鋏を握る手に、力はこもっていない。
「見せてあげるよ。…おいで」
自然に差し伸べられた手に、子供は無意識に一歩、近づいた。 そして、おずおずと手を伸ばす。 血に汚れた手だったが、男は気にしなかった。
「……おいで、精次」
「緒方さんの目って…綺麗だよね」 「……ああ?お前グラス一杯くらいでもう酔ったか?」 「んなワケねーじゃん!…いや、そうじゃなくって、ホントに綺麗なんだってば。んー、このブランデーにも似てるけど、もっと深みがあるよね」 「何だそれは……」
目の前の恋人は、まじまじと男の目を見詰つめてくる。 綺麗な色だというが、その本人の目の色の方が、ずっと綺麗だと思う。 灰色に煙る奥に見える……翠。霧の中の森の色。
ぼんやりそう思っていると、やがて恋人は男の眼鏡を外した。
「ああ、やっぱそーじゃん」
「こら、返せ」
「緒方さんの目、秋の木の実の色をしてるんだよ」
「そうか?」
ヒカルは満足気にふうわりと笑った。
「いのちの…結晶の色だね」
「……似たような事を言う物好きって、いるもんだな………」 「何?昔の恋人?」
さりげない風を装いながら、気にしているのはバレバレだ。 ここで「そうだ」と返事をしたら、コイツはどんな顔をするんだろう…… 緒方は手元のウイスキーをあおり、ニヤリと笑った。
「…知りたいか?」
言いながら、ヒカルを自分の膝の上に抱き寄せる。 ヒカルの口に咥えられたチョコレートを奪うように、くちづけた。
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