petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年05月30日(金) 『マイ・フェア・レディ 2』(女の子ヒカル。オガヒカ)

カメラ撮影用の機材が揃えられた部屋に、緒方は足を踏み入れた。
「はなせ下ろせ戻せ〜〜〜〜っっっっ!!!」
もちろん、暴れるヒカルを抱えたままで。
最初はいわゆる「お姫様だっこ」だったのが、あまりにうるさかったので荷物よろしく肩に担がれてしまっている。

「ポスターの撮影でもするのか?」
ヒカルの言動はすっかりきっぱり無視して緒方は浅海に尋ねる。
「いえ、年末に発売する来年度のカレンダー用なんです」
「…ああ、発売と同時に、じじい共が喜び勇んで群がって買いに来るアレな」
「……それ、微妙にセクハラ発言ですよ」
「事実を言ったまでだろうが」
浅海は眉をひそめた。…確かにそうなのだ。選りすぐりの女流棋士ばかりを撮ったカレンダーは、棋院の出すカレンダーの中でも1、2を争う売れ行きを誇るのだ。大量に印刷する訳ではない為、カレンダー発売日には目の色を変えたオヤジやカメラ小僧っぽいのまで行列を作る。それを見た事務員が、「ついでに握手会でもやったらもっと売れるんじゃない」と口をすべらせ、女流棋士から総スカンをくらったのは有名な話だ。

「まぁ、タイトルホルダーの写真大写しのカレンダーでも、一部には売れるでしょうけどね」
「何が楽しくてじじい共のカレンダーを買うんだ…」
「えー、でもオレ、緒方さんと桑原のじーちゃんのツーショット写真が載ってるヤツだったら買うよ!すっげ面白そうじゃん!」
ころん、と、先程までの暴れっぷりはどこへやら、好奇心いっぱいに話に混じってきたヒカルを、その彼女の話の内容に頭痛を覚えながら下ろしてやった。

「…それで、何でお前は撮影を嫌がったんだ?カメラ恐怖症か?」
「だあってさぁ…!」
「あ、こらヒカルちゃん!!」
慌ててヒカルの口を塞ごうとした浅海だったが、遅かった。
「用意してた、っていう服、激ダサなんだもん!!オレ、あんな格好でカレンダーなんか写りたくない!!絶っっ対、ヤダ!!」

ヒカルの言葉に、衣装を用意したらしい棋院のスタッフ等はびききっっ!と額に血管を浮かべた。彼らとしては、ごく普通のものを用意したつもりだったのだ。
「衣装〜?どれだよ」
「あれ!!あの、いつの時代だよ?!って言いたくなるような紺のワンピース!!」
「…………微妙だな………」

ヒカルが指さしたそこに、そのワンピースドレスはあった。確かに、今、このようなラインを描く服は探す方が難しいかもしれないくらい、デザインが古い。紺の生地に、襟は白のブラウスのようになった高いもので、ふんわりひろがった、膝下15センチくらいのフレアースカート。袖も、肘から手首にかけてふわりと広がり、手首の辺りで、やはり白い袖口が折り返しになっている。ベルトは幅広の白。
どこぞのアンティークドールかといういでたちだったが、そう言い切るには、生地が少し安物っぽい光沢なのが気になる。また、こういった格好ならば、編み上げブーツあたりでレトロさを徹底しておけば良いのに、靴は踵がぺったんこのローファーなのだ。

「…ふむ。確かにオヤジ共が好きそうな衣装ではあるが……」
「ええ。やはり今時の若い娘が普段着ているような服では、買い手の方たちの年代に言わせると「はしたない」そうなので……どうしてもこの辺りになるのだけど」
そんなこんなの妥協の衣装を、ヒカルは一言、「ダサいからヤダ!」の一点張りで着ようとしないのだ。

「…な、緒方さん、どう思う?!この衣装!!」
オレにこれを着ろっていうんだよ?!、オレ、こんなの着てカレンダーに載ってみんなに見られるのなんで、絶対ヤダ!!
…とかなんとか。ヒカルは相変わらずふくれている。

「……狙いは悪くない。…が、デザインが古すぎるのと、生地がどうもな。ここまでするなら、生地はベルベットあたりにして、襟と袖口のレースももう少し豪奢にしてもいい。あと、揃いのヘッドドレスをつけて、靴は焦げ茶の編み上げブーツ……だったら、着せてみたいと思うがな」
緒方は、ヒカルをしげしげと眺めながら言ってのけた。最後に、人の悪そうなうす笑いも忘れずに。
「あらステキ♪来年度の案にいただきますねソレ♪」

しかし問題はこの現状だ。撮影スタッフも、色校正やその他の作業があるから、できれば今日中に撮影を終わらせたいと思っている。
…しかし、今のままではヒカルが首を縦に振りそうにない。突然乱入してきた緒方は本当に乱入してきただけで、ヒカルを説得してくれるのかと思えばとてもそうは見えない。他の衣装を今から手配しても……手配がつくのか、それともヒカルをカレンダーに載せるのは、今回は諦めるしかないのか。
トップ棋士はえてして我が儘なものなので、待たされるのには慣れていても、この状況を打破する良い案が浮かばない。
……さて、どうするか。
スタッフ全員が頭を悩ませていた。



「…着物では駄目か?」
「え?」
「だから、着物では駄目か、と言っている。着物なら流行も問わんし、ジジイ共の受けも良い。着物でも着せて碁盤の前にでも座らせておけば、こんなジャジャ馬なガキでも、一応それらしく見えるんじゃねーか?」
ヒカルは緒方の言葉に激しく反応した。
「ジャジャ馬なガキって何だ……っ…モガ……っっ!」
浅海が素早くヒカルの口を塞いだ。
「それは問題ないと思いますけど、しかし和服を揃える時間が……」
と、ちらりと撮影スタッフを見やると、緒方は彼らを振り向いた。
「おい」
「はいっっ!」
現在十段、そして王座、もうすぐ棋聖に手が届こうかという正真正銘のトッププロからの呼びかけに、彼らの応対も自然に固くなる。
「このあと、一時間ほど伸びても大丈夫か」
「は、はい。それくらいなら…何とか」
「よし」

緒方は頷くと、浅海に口を塞がれてモガモガともがいていたヒカルを再び、肩に担ぎ上げた。
「……コイツを化けさせてくる。一時間で戻るから、撮影はそれからでいいな」
「はい♪確かに。よかったわねヒカルちゃん。キレイにしてもらってくるのよ〜〜vv」

行ってらっしゃ〜〜い♪とばかりに浅海に手を振られ。
ヒカルは、再び緒方の肩の上で暴れることになるのであった。

「下ろせ変態!触るなロリコン!!誘拐犯〜〜〜〜!!」



その声を聞きながら、緒方十段・王座は、それはそれは楽しそうに笑っていたそうである。

まったくもって、進藤ヒカルは自分を楽しませてくれる。上機嫌でそのまま棋院を闊歩し、後々まで、「緒方十段、稚児シュミ説」が飛び交うことになるのだが、そのような噂を気にして神経をすり減らすほど、彼の神経はヤワではないのだった。


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