petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年06月08日(日) 『マイ・フェア・レディ 3』(女の子ヒカル。オガヒカ)

「あら、精ちゃんじゃない。お久しぶりだこと」

緒方がヒカルを連れてくぐったのは、年季の入った暖簾のかかった狭い間口の店だった。
「ご無沙汰しています。美登里伯母様。こっちは棋士の進藤ヒカル」
そこでにこにこと出迎えてくれたのは、藤色の小紋を粋に着こなした…ヒカルの印象でいくと、「ちょっと年はいってるけど、色っぽいおばちゃん」だった。
その彼女に、緒方は丁寧に頭を下げる。そんな珍しい態度の緒方に驚きながらも、ヒカルもぺこりと頭を下げた。
「こんにちは」

ヒカルの様子に、美登里は微笑みながら、こちらは両手を丁寧についてしなやかにお辞儀した。
「いらっしゃいませ。呉服『あつみ』の女将、渥美 美登里と申します」
「うわぁvvすっごい、お辞儀とかすっげぇキレー♪時代劇に出てくる人みたいvv」
ヒカルの素直な賞賛に、女将はにこにこと笑う。
「時代劇には出ておりませんけど、お座敷には出ておりましたよ。」
「…もしかして、ホンモノの芸者さん?」
「……ふふ。昔のお話ですけどねぇ」
「すっごーいvvだから、着物着てても決まってるし、キレイなんだぁ♪」
屈託のない無邪気なヒカルに、美登里はころころと笑いながら緒方を見上げた。

「可愛らしいお嬢さんだこと。いつ婚約したんだい?」
水臭いねぇ、そんな彼女ができたのなら、もっと早くに紹介しておくれよ。…と微笑む美登里に、緒方は苦々しくため息をついた。
「…こんなガキに手を出すほど飢えちゃいねぇよ」
「あら。女の子はすぐに大人になるもんだよ。ちょっとでも気に入ったのなら、ちゃんと掴まえておかないと」
ねぇ?とヒカルに話を振られて、ヒカルはきょとん、と目を丸くすることしかできなかった。そんな様子に、美登里はまたくすくすと笑う。

「ちっょと仕事でな。コイツをボロが出ない程度に化けさせてやってくれ」
「失礼な言い方だねぇ。よく見れば、磨けば光る原石のような子じゃないかえ」
女将はヒカルの立ち姿――トレーナーにジーンズという、見かけは「ジャニーズ系美少年」なヒカルを見やる。
「――とにかく、頼みます。一時間したら迎えに来ますから」
そう言って背を向けようとした緒方を、美登里は呼び止めた。
「ちょいとお待ち!精ちゃん、簡単に言ってくれるけどね。着物といってもいろいろあるんだよ。せめて、どんな風が良いと思うかくらい言ってお行き!」

伯母の言葉に、緒方は店の上がり口でたたずんでいるヒカルを改めて見つめた。ふむ、と全身を眺めながら眼鏡をずれてもいないのに上げてみる。
ヒカルは、きょん、と緒方の視線に怯えもせずに立っているだけだ。ここまで異性の視線を受けながら、媚びも恥じらいも見せないあたりがガキだというんだ……と内心思いながらも、とりあえず似合いそうな色をイメージする。

「……中振り袖の、萌黄色や黄色、もしくは黄緑あたり。付下げじゃちくはぐになりそうだし、紅型か昭和初期のレトロ柄でいいと思いますよ。帯は分からないからお任せします」
「あいよvv化粧とかも着物に合わせて良いんだね♪」
「――ご自由に。では」
「楽しみにしておいで〜vv」

美登里は上機嫌で甥っ子を送り出し、そしてヒカルに向き直った。
「さぁ、ヒカルちゃん、行きましょうか」
「…へ?どこへ?」
「いやだねぇ♪ヒカルちゃんをとびっきり可愛くしてあげるんじゃないかvv」
にこにこ。
ヒカルは、笑顔にも怖いものがあるのだと、この時まさに実体験した。
「…や……オレ、着物なんて着たことないし…こんな髪だし……」
黒と金の、ツートンカラーの髪。…だから自分に着物が似合う訳がない。ずっとそう思ってた。

「着物はアタシが着せるんだし、その髪に似合う着物を選べばいいのさ。着物って一口に言うけどね。いろいろあるんだよ〜vv見てみるだけでも楽しいからさ、ま、お上がり♪」


…そんな美登里の笑顔につられてヒカルは導かれるままに奥座敷に上げられて。
そうすりゃこっちのものとばかりに、ヒカルは色の洪水とばかりの着物の山に囲まれてしまうのだった。

(強引さは緒方さんとこの血筋なのかなぁ……)

…などと、ヒカルがしみじみと思ったのは、いつの間にやら着物一式を全て着せられ、唇に紅をさしてもらっている時だった。


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