petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2003年09月12日(金) 『つむじ風』(ヒカ碁小ネタ。アキラファンの人すいません。暴走中)

進藤ヒカルが倒れた。

今や棋界のトップを爆走する搭矢アキラは、その知らせを聞いて、とるものとりあえずタクシーに飛び乗った。

「進藤が運び込まれた病院まで!!」

血相を変えた呪いの市松人形のようなおかっぱ頭の彼の言葉に、そのタクシーの運転手は力いっぱい怯えた。
と同時に、
(止まるんじゃなかった……)
と後悔したそうである。

「早く出してください!!急いで!!」

アキラ本人は、「進藤のいる病院」と行先を言ったのだから、当然そこに向かうものだと思っている。何をぐずぐずしているんだ、とも、本気で思っていた。
……しかし。
運転手にしてみればたまったものではない。
幸か不幸か、彼の友人は囲碁サロンに通っており、時折話を聞いていたりもしていた。よって、「進藤」という名前と、この客のおかっぱ頭がキーワードとなり、今にも噛み付いてきそうな乗客は搭矢アキラ王座、何か知らないが病院にかつぎこまれたのが進藤ヒカル二冠らしいとアタリをつける。

運転手は、とりあえず車を出し、(アキラがすごい勢いで「早く行け!」オーラを出す為)左手で携帯電話を操作して、日本棋院に電話をかけた。

「今、搭矢アキラ王座を乗せて、進藤二冠が入院してる病院に行こうと思っているんですがね……どこの病院に行けばいいんでしょう?」







そんなこんなで病院のロータリーに車を停めた時、搭矢アキラは一万円札を出して
「釣りはいらないから!!」と叫ぶが早いかタクシーを降りて病院の中へとすっ飛んでいった。ひと桁多い金額に驚きつつも、ちょっと儲かったなと小市民的に喜びも感じたりもしたのだけれど。
「………二度と乗せたくねぇ…………」
――後日、彼は娘が持っていたおかっぱ頭のこけしをフランス人形に買い換えさせ、またボブカットの客は男女を問わず警戒して乗せることはなかったという…。




…さて、一方。
受付で威すようにして(…いや、威して)ヒカルの病室を聞き出すと、アキラはさらに病院内でダッシュをかました。
「廊下は走らないでください〜!」
…という看護士の叫びは、既に彼の耳からはシャットダウンされている。

とにかく、小学校の頃からヒカルの事になると被っているネコがごっそり外れてしまうのだ。年を重ね、落ち着きを見せるかと思いきや関係ナシ、ただただ、「ヒカルフリーク」のキャリアが向上しただけという、はた迷惑な結果を招いて、現在に至る。
ヒカルはヒカルで、アキラの兄弟子である緒方精次十段碁聖と良い仲になっており、「アキラはライバル!」と明言しているのだが、そのくらいで、この十何年のキャリアを誇る執着が薄れる筈もなく。

(進藤…進藤… 進藤 進藤 進藤!!!!)

アキラの脳内ではまさに「進藤大バーゲン」よろしく、ヒカルの名前が連呼されていたのである。



生きた暴風雨ことアキラがヒカルの病室の前に到着した時、丁度一人の看護士が病室から出てきたところだった。
「進藤に会わせてください!!」
病棟にもかかわらず力いっぱい叫ばれるそれに、彼女は眉をひそめた。
「進藤さんは、今薬が効いてお休みになっています。ようやく状態が落ち着いてきたばかりですので、本日のところはご遠慮願えませんか?」
ヒカルが倒れた原因は睡眠不足と過労と、そして軽い栄養失調。とにかく、落ち着いた環境で静養させるのが一番なのだ。心配しているからこそとはいえ、このような興奮状態の見舞客を患者に会わせるのはよろしくない。看護士はそう判断し、つとめて冷静にその旨を伝えた。

「そんな、彼が入院したと聞いて、僕はとるものとりあえず病院に駆けつけて来たんです!状態が落ち着いてきたのだったら、会ってもかまわないでしょう?!」
詰め寄るアキラに、看護士は困った様子を見せながら、しかし病室の前に立ちふさがった。
「お静かに、ここは病院です」
「そんなことどうでもいい、進藤に会わせてくれ!」
「失礼ですが、ご家族の方でしょうか?」
この質問に、アキラは何を言うか、とばかりに眉を跳ね上げた。
「家族ではないが、僕は進藤とは家族以上の絆で結ばれている!!他人のあなたに分かるわけがないだろう!!進藤だって、僕に会いたがっているに違いないんだ!僕が会いに行けば、きっと目を覚ましてくれる。そして眠りからさめた進藤は、あの変態オヤジ(←緒方のことらしい)の事など忘れて、僕のもとへ帰ってきてくれるんだ!…そして、ふたりで極めよう!神の一手を!!!」
台風並にぐるんぐるん廻りはじめたアキラを、最早誰にも止められない。もちろんアキラは止まらない。

よって気づかない。
目の前の看護士が、ものすご〜く、怒っていることなど。

「ご家族の方でないのなら、面会は許可できません」

「ふざけるなっっ!!」

「ふざけとんのはお前じゃ、こンボケェ!!」

うなりをあげた平手が、アキラの頬にクリーンヒットする。アキラは勢いのまま横の壁にぶつかり、バランスを崩してずず、と床に座りこんだ。

「さっきから聞いとりゃ、何やてぇ?そン耳は飾りでついとるだけかワレ。進藤はんは安静が必要なんじゃって言うたろうが。本当に心配しとるんやったら、静かにしといたげて、休ませてあげるんがホンマちゃうんかい。アンタが言うてんのは、心配しとるしとる言うてるけど、ホンマは自分が進藤さんに会うて自分が安心したいだけやろが。そんな自分の事しか考えとらんガキに、何で面会ささなあかんねん!」

…どうやら彼女は大阪出身だったようで。
アキラは、伝家の宝刀「ふざけるなっ!」が返されたのと平手打ちのショックで、ただ呆然としていた。
彼女はそんなアキラをじろりと見下ろすと、丁度そばを通りかかった男性看護士2人に声をかけた。
「有朋くん、富田くん、この人を病棟からつまみ出して」
彼らはけげんな顔をしながらも、先輩の言う事でもあるので、アキラを両側から抱え、運んでゆこうとする。

それを見送りながら、看護士――遠野 千歳はため息をついた。

「……はぁ…またやってもた……」

「いや、めったに見られない見事な啖呵でしたよ」
かけられた声に慌てて振り向くと、そこには、白スーツ姿の長身の男がくつくつと笑いながら立っている。
「緒方さん……そんな、見てないで助けてくださいよー」
「冗談じゃない。あんな状態のアキラ君は俺じゃ止められないよ」
千歳は首をかしげた。
「『アキラ君』…?知り合いですか?さっきの人」
「ああ、俺の師匠の息子さんでね。いつもはああじゃないんだが……」
ヒカルの事になると暴走するのだ、という言葉は、緒方はあえて飲みこんだ。

「ところで」
「はい?」
「進藤の着替えやら、入院に必用なものを持ってきたのだが、病室に入れてもらえるのかな?」
くすくすと微笑いながら。
千歳も、つられて微笑んだ。

「はい、どうぞ。…眠っていると思うので、そのまま眠らせておいてあげてくださいね。緒方さんなら、心配はないと思うけれど」
「了解」

緒方は、千歳の許可をもらうと、病室のドアをそっと音を立てずに静かに開ける。その様子を見て、家族ではないけれど、緒方は本当に進藤さんを大事に思っているんだな、と安心した。
彼なら、大丈夫。
ヒカルの病室のドアが音もなく閉まるのを見届けて、千歳はさてと、とばかりにナースステーションに向かった。病棟で、看護士自ら大声を上げたので、先輩に怒られるかなぁ、と心配しながら。




――実際は、怒られるどころか、拍手で迎えられてしまったのだが……


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