2003年09月15日(月) |
『月光』(ヒカ碁小ネタ。アキラ19歳) |
残暑がまだ厳しい9月半ば、搭矢家では、明子がいそいそとすすきや桔梗などを庭から摘んでいた。 「今日は何かあるんですか、おかあさん」 「あらアキラさん。今日は何の日か知らないの?」 「…?はい」 明子は摘んだ花を水切りし、花篭に生けながら、ふわりと微笑んだ。 「今日は旧の8月15日、中秋の名月なのよ。だから今夜はお月見」 ふふ、と明子は少女のように笑う。 「研究会の皆さんも何人かいらっしゃるわ。アキラさんもお友達を呼んでらっしゃいな」 「はい。進藤に声をかけてみます。……ところで、おとうさんは?」 「多分納屋の前にいらっしゃるわよ。今夜使う行灯を作ってくださいって、お願いしたから」 「え」
明子の言う通り、アキラが裏庭の納屋に回ってみると…そこには、作務衣姿で額にはタオルのはちまきをして簡単な構造の行灯を作る父の姿があった。 息子の姿に気付くと、行洋は照れたように微笑みながら、既にいくつか作り上げた行灯を指して、「いい出来だろう?」と自慢してみせる。 ――碁を打つ時では、決して見られない表情。 父が作った行灯は、四角い板にロウソクを立てる金具をとりつけ、対角線上に火で炙って曲げた竹を二本交差させただけの、いかにも無骨なものだったけれども、アキラは「良い出来ですね」と微笑んだ。母親に似たふわりとした息子の微笑みに、父はまた笑って、「これに筒状の和紙を被せれば完成なんだ」と言う。 見たところできあがったのは五個。あといくつか作って、庭のあちこちに置きたいのだとか。 「後でお茶でも持ってきましょうか」 「抹茶がいいな」 「冷たい方?」 母親はあまり好まないのだが、暑い時には父は冷たいお抹茶を好きなことを知っていた。アキラ自身も、暑い時に飲む、氷水で点てたお抹茶は好きなのだ。 「頼めるかな」 「はい」
そして、父は再び作業に、息子は家の中にと入っていった。
「…もしもし?進藤?」 『ああ、何だよ、搭矢』 「今晩、よかったらウチに来ないか?家で月見をするそうなんだ」 『へ?今晩?月見……ちょっと待ってよ。 …緒方さーん、今晩連れて行ってくれるお月見って、搭矢ん家? ……うん。…うんそう。…あ、やっぱそうなんだ。わかったー』 「進藤?」 『あ、ワリワリ。緒方さんが、今晩月見に連れて行ってくれるって言ってたからさ。行先聞いてなかったんだけど、ひょっとしたらと思って……やっぱ搭矢の家だった。でもいいのかな?俺、搭矢門下じゃないんだけど?』 「別に気にしなくていいと思うよ。母も、友達を呼んでいいって言ったから」 『そっか。じゃあ行く!……あ、そだ、行き先が搭矢ん家だったら、明子さんに聞いておきたい事があるんだよ。ちょっと代わってくれねぇ?』 「ああ、分かった」
アキラが厨房にいる母に声をかけると、明子はいそいそと電話をとった。アキラは何を話しているのか気にはなったけれども、父に抹茶を出すために、入れ替わりに厨房に入り、抹茶茶碗を取り出して水につける。その間に確か貰い物のくずきりがあった筈……と、冷蔵庫を開けてみる。
「はい、代わりました明子です。…進藤くん?こんにちは」 計量カップに、ペットボトルに入れて冷やしておいた井戸水を入れ、氷を入れる。 「ええそう。まぁ、来ていただけるの?……ええ。ぜひいらっしゃい。歓迎しますよ。そうねぇ、8時半くらいからが、月も高くなってきて良いんじゃないかしら……え?」 ガラスの器に、冷えたくずきりを開けて、黒蜜ときなこをかけた。もちろん、自分と父親のと、2人分。フォークを添えて。 「………まぁ!本当?!ステキじゃない。気にしなくてもいいわよ、そういうのは大歓迎するわ。今夜は良い月になりそうだし、楽しみねぇvv」 二つの抹茶茶碗を水から上げて布巾でふきあげ、抹茶を二さじずつ入れると、計量カップに入れた氷水をそおっと注いだ。 「ふふ、じゃあ楽しみに、お待ちしていますね。緒方さんにもよろしく。ああ、どうせ飲むのだから、車で来てはダメよ。タクシーにしなさい。ウチで泊っても良いのだから。……いいのよ。それじゃ、またあとで」 茶筅で丁寧に抹茶を水に溶かしてから振り、きれいに泡が立ったところで茶筅をひきあげた。
丁度、その時に明子は厨房に帰ってきた。 「おかあさん、進藤は何と?」 「ええ、緒方さんと一緒に来るそうよ」 「…いや、そうではなく……」 母は、うふふ、と楽しそうに笑った。 「それは内緒」
こうなると母は本当に答えてくれない。それをこの16年間で身にしみているアキラは、追求をあきらめてお盆の上に父と自分用のくずきりとお抹茶を乗せて持って行こうとした。 「あら、お抹茶?」 「はい」 「後でおかあさんにも点ててくださる?」 「え」 「温かいのでお願いvv」 「はい……」
くずきり食べながら待ってるわねー♪と微笑む母に、せっかくの冷たい抹茶なのだが、自分はゆっくりと味わう事はできそうにないな、とため息をついた。
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