2003年09月16日(火) |
『マイ・フェア・レディ 5』(女の子ヒカル。オガヒカ) |
日本棋院へと車を向かわせながら、緒方はちらりと助手席に座るヒカルに目を向けた。 最初のうちは慣れない着物に緊張していたようだが、今ではいつもと変わらない様子で、シートに深く腰掛け、リラックスしている。 (袴着せてもらっておいて、正解だったな) これが袴などではなく、普通の帯でも締めていたら、今のヒカルのような姿勢では座れない。帯がつぶれてしまうからだ。自然、背もたれから離れて浅く腰掛け、背筋を伸ばした状態で座らざるをえなくなる。その点、袴ならばその心配はない訳だ。しかも、ヒカルが身につけている女性用の袴は、袴といっても、スカートのようになっているのだ。よって、多少足を開いて座っていても外からはあまり分からないし、見苦しくもないのである。 おそらく、着物など浴衣ですらも着たことがないであろう、と考えた伯母の配慮によるものだ。
「…何?緒方さん」
緒方の視線に気がついたのか、ヒカルが不思議そうにこちらを見つめている。その拍子に、さらり、と揺れた金色のものが目にとまった。 「いや、その金の組み紐が目についたんでな」 「ああ、これ?」 ヒカルは自分のうなじから細いしっぽのように伸びている髪に結ばれてある金色の組み紐に手をふれた。 「美登里さん、本当はかんざしをつけさせたがってたんだけど、俺、髪みじかいし、似合わないからいらないって言ったんだ。そうしたら、つけ毛くらいはさせてくれって言われて。その髪に、この金の組み紐を一緒に結んでくれたんだ」 ヒカルは、くすぐったそうに笑った。 「俺の前髪とおそろいだって」
太陽のような、明るい金の髪。そして黒い髪。 ヒカルに拒否されながらも、美登里はいくつかのかんざしを選んでいたのだが、やがてヒカルの前髪に触れ、ため息をついて言ったのだ。 「…まったく。ヒカルちゃんの髪と顔を飾るのに、この金色の髪以上にふさわしいものなんて、なかなか見つからないもんだねぇ」 と。 そうして、ヒカルの髪をそれは丁寧になんどもとかしつけ、ほんの少しだけ椿油を使って艶を出し、その上で細い付け毛に華奢な金色の組み紐を形良く結ったものを、ヒカルの髪に結んだのだという。
ヒカルの髪とおそろいだというエクステンションと金の組み紐は、違和感なくヒカルのうなじの辺りから右肩へと流れていた。 いつもと違う、薄く化粧をほどこされた顔、澄んだように白い首筋。唇には、うすく紅がひかれて。
――子供だと、思っていた。
いつもうるさいくらいに元気な。 目上の自分にすら気を使わないほどに無礼な。 いつまでもヒマワリのように無邪気な。
「なんか、あんなに丁寧に髪をとかしてもらったの、初めてかも♪美登里さんって、ホントに親切だし、美人だし、すごいよね」 こんな格好、俺の柄じゃないんだけどさ……とはにかみながら微笑むヒカル。 …それは、「装う」ことを初めて知った、花の蕾。
「そうだな……」 緒方は、ヒカルの肩に流れるエクステンションに手を伸ばした。
そこに細く結われた、金の組紐。
―――ほどくのは、誰?
「……悪くない」 緒方は意味ありげに笑いながら、その組紐を指でもてあそんだ。
「あんまり触らないでよー。せっかく綺麗に結んであるのに、ほどけるじゃん」
ふくれっつらになるヒカルに、緒方はくくく……と笑った。 蕾はまだ、固いらしい。
「…そうだな、せめて撮影が終わってからにするか」 「だからほどく必要なんてないってば!」
触るな、とばかりに左手をぴしゃりと叩かれたが、あまり痛みを感じなかった。
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