2003年12月25日(木) |
『宝石箱3』(女の子ヒカル小ネタ。オガヒカ) |
ゆっくりと、ゆっくりと、地上が遠くなる。 2人をのせた観覧車は、かすかな音をたてながら、冬の空へと近づいていった。
ヒカルは早速窓にはりついて、きらびやかな景色に歓声を挙げている。 「うわぁ!もうあの大っきなツリーがあんなに下にあるよvv」 見てみてvvというはしゃぎっぷりに、緒方はくすりと笑った。 「進藤は高い所平気なんだな」 「…え、もしかして緒方さんダメだった?」 だったらこんなのに乗ってマズかったかな、とヒカルが振り向く。 「まさか」 ヒカルの言葉を否定して、緒方は足を組んだ。楽しそうな表情はそのままで。 「高所恐怖症はアキラ君だ」 「…え、マジ?!」 「事実だとも。ついでに言うなら塔矢先生もそうだ」 「……すっげ以外…」 「先生の方まだ良いほうだ。足場さえしっかり立っていられればとりあえずは平気だからな」 「…塔矢は違うの?」 「脚立2段目が限界らしいぞ」 「うわー……それじゃ、観覧車なんて絶対無理だね」 こんなにキレーな夜景が見られるのに、カワイソウかも。 「さぁ?分からんぞ?意地っ張りのアキラ君のことだ。顔から下に冷や汗をびっしりかきながらも、「乗る」って言い張るんじゃないかな」 緒方の軽口に、ヒカルは手を叩いてキャラキャラと笑った。 「あははははは!言えてる〜vvよく分かるねぇ」 「…ま、生まれた時からのつきあいだからな。……進藤」
…ふ、と視線を外にやり、緒方はゴンドラの外を指さした。 「……え?」 「見えてきたぞ。コレが見たかったんじゃないのか?」 ヒカルの視線が、緒方の指す方向へと向かう。
「………うわ………すご……………!」
ヒカルと緒方の眼下に広がるのは、冬の夜空に広がる、一面の光のまたたき。
パンパシフィックホテルの窓の灯り。 そびえ立つ光の塔、ランドマークタワー。 その手前の日本丸パークには、帆船がイルミネーションに彩られて、夜の海に浮かんでいる。 暗い海の中を一筋の光の線路が走り、時折列車が、その光の中に人々を乗せて走るのが見える。 それらが、海の水に反射してゆらゆらと揺らめいて。 冬の澄んだ空気の中で、遠くまで続く不夜城の灯り。 それらをつなぐ光の筋のような、車のヘッドライトとテールライト。
「すっげー………!キレー……………」
「確かに、一見の価値あり…だな」
ふたりは、あまり言葉もなく、眼下に広がる光の芸術に見入っていた。
「……なんかさ」 「?」 「すごいね。宝石箱みたいだ」 「ずいぶんとロマンチストだな」 「……そうかな?こんなに、ひとつひとつがいろんな色で光っててさ」
暗いゴンドラの中、ヒカルの顔が夜景の明かりに照らされる。 白い頬も、金色の前髪も。
「人工の光っていえばそうなんだけど」
ガラスに手をついた。目の前に広がる光景を、撫でるかのように。
「ひとのちからで光っているものだから」
ヒカルの目がその光を見つめる。…まるで、愛しいものをみつめるかのように。
観覧車の、てっぺんまで、もうすぐ。
それまで、夜景に見入っていたヒカルが、突然緒方を振り向いた。 にっこりと、微笑んで。
「何かさ、「生きてる」って、感じ、しない?」
緒方を捕らえたのは、ふたつの宝石。 霧がかった、深い森の色。 一瞬彼が息を飲んで見とれてしまうほど、その輝きは「本物」だった。
「……それなら」 「え?」 「その光を頼りに、空を翔けるのかもしれないな」 「何が?」 きょとん?と首を傾げるヒカルに、緒方は柔らかく唇を歪める。 「今夜の主役さ」 「今夜………って」 今日は12月24日。キリストの誕生日の前日ではあるけれど。 その夜に、赤い衣装で夜空を翔ける、世界的な有名人。
「……サンタクロース……?」 「ああ」 緒方の答えに、ヒカルは目を丸くして答えてから、やがて、くすくすと笑いだした。 「緒方さんの方が、よっぽどロマンチストじゃん」 オレ、小1の時もう親父がサンタだって分かってたよ。 笑いがおさまると、ヒカルは自分の首に巻いていた緒方のマフラーを外した。
「はいこれ。ありがとう」
むきだしになった細い喉は、まだ幼くて。 差し出されたそれを受け取ると、緒方はもういちどヒカルの首に巻きつけ、ゆるく結んでやった。 「緒方さん!」 「またどうせ外に出るんだ。風邪をひかれちゃ面倒だしな」 「いいの?」 「ああ。何ならやるぞ。クリスマスプレゼントがわりにとっとけ」 「煙草臭いマフラーが〜?」 「つべこべ言うな」
ヒカルはちょっと考えこんだが、ぱっと顔を上げて無邪気に笑った。 「じゃあ、お返しに観覧車降りたら、コーヒーおごるね!」 「……ブラックで頼む」 「らじゃvv」
ゆっくりと、ゆっくりと、近づく地上の明かり。 ほんの十数分だけ離れていただけなのに、何故か「帰ってきた」という気分になる。 空にあこがれながら、やがて、ひとは大地に還る。 空で見下ろした宝石箱は、地上の上にある。
地上に降りて、係員がドアを開けると同時に、ヒカルは白い息をはずませて飛び出した。 「ちょっと待ってて!すぐ買ってくるから!!」 そう言い残して、駆けだしてゆく。
そんなヒカルの姿を、緒方は苦笑しながら見送っていた。
電灯の光を、「生きている」と語るヒカル。 虚飾ではない、あくまでも本質を見つめる、まだ、無垢な彼女。
緒方は、コートのポケットに手を入れ、手に触れたものを握ると自らの目の前にしゃらり、と垂らした。 銀色の華奢なチェーンの先端には、周囲のイルミネーションの光りに白く光る、小さな宝石。
「これをやるには、まだ、早かったか」
彼は、ネックレスを再び手の中に閉じこめた。
………どこか、嬉しそうな表情を浮かべて。
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