2004年01月30日(金) |
『島海』(やっちまったよDrコトー小ネタ。もちろん原コトvv) |
診療所から少し離れた、海が一望できる狭い草原に、彼はしゃがみこんでいた。 ……というより、ぼーっとしていた、という方が近い。
夜中に突然熱を出した赤ん坊は、処置が早かったおかげで、明け方にはようやくすやすやと眠ってくれた。その様子にほっとしたお母さんが今度は倒れて……まぁ、それまで気を張りつめすぎるくらいに張りつめていたから、ようやく安心できたということだろう。 「赤ん坊が腹すかせて泣く頃にゃ、目も覚めるだろ、よぉ」 という内さんの言葉もあって、そのまま診療所のベッドに入って休んでもらうことにした。…もちろん、隣にはベビーベッドが置いてあり、熱もひいた小さな命が、すやすやと眠っている。
徹夜だったコトーを気づかい、「少し休憩してきてください」と彩香はコトーを診療所の外に送り出した。他にやっておきたい事もあったのだけれど……ここで彼女に逆らいでもしたら後が怖いのは、一応学習したので、素直に従うことにする。 「…じゃあ、いつもの場所にいますから」
…そしてコトーは、いつもの場所……海が一望できる崖の上の小さな草原に、ぼんやりと座り込んでいたのだ。
波の音がする。 風の音がする。 かすかに、海鳥の鳴き声も。
それだけだ。
「…………………」 昇ってゆく朝日のまぶしさに、彼は手をかざしながら目を細めた。
…この、手に。 先程までおさまっていた、赤ん坊のちいさな手を思い出す。 あんなに、小さくて。
それなのに…………
「治ンとこの子供は、もういいのか」
不意に、声が掛けられる。 振り向かなくても分かる、低い響きのそれ。 返事も待たずに、ずかずかと遠慮なくやってくる、力強い足音。
「おう、どうなんだ」
どん、と軽くコトーの背中を膝で突きながら、剛利はコトーを真上から見下ろした。 コトーは、くしゃり、と微笑んで、剛利を見上げる。
「ええ、熱も下がりましたし、ゆっくり眠ってますよ」 「そうか」 「はい」
おだやかに微笑んで返事をする彼に、剛利は難しい顔を崩すことなく、どかりとコトーの後ろに腰を下ろした。 ぷん、と臭ってくる潮と魚の生臭い匂いに、コトーは口をほころばせた。
「朝の漁、終わったんですね」 「…でなきゃ、ここにいねぇよ」 「それはそうだ」
くすくすと。何がおかしいのか、コトーは微笑んで、剛利の胸にもたれかかってくる。剛利の腕が、コトーをくるみこむように前に回されても、彼はされるがままに剛利の腕の中でおちついた。
「何だ」 「………」 「おい」
人が尋ねているのに黙るな、とばかりに、日に灼けた腕が乱暴に揺らされる。 飼い主になつく子犬のように、コトーはその力強い腕に頭を寄せた。
「うん……いきてるんだなって……思って」
剛利に後ろから抱きとめられたまま、コトーは、ゆっくりと、深い息をつく。
「あのこも……原さんも………みんな………みんな…………」
波の音がする。 風の音がする。 かすかに、鳥の鳴き声も。 それから……海の、潮の香につつまれて。
「……おまえもな」
剛利が、そう呟いた時には。
コトーは、原の腕の中で、おだやかな寝息をたてていた。 …どこか、嬉しそうに。
剛利は、コトーを抱きしめたまま。目の前に広がる、どこまでも青い…島の海を、眺めていた。
|