2004年01月31日(土) |
『チョコレート・オペレーション』(女の子ヒカル小ネタ) |
進藤 ヒカルをつかまえるのは、結構難しい。 それは本人がいくつかのタイトル棋戦にリーグ入りしていることと、同時に人気もうなぎのぼりに持ち上がり、様々なイベントでひっぱりだこになっているせいだ。 結構なハードスケジュールをこなしながらも、それでも彼女が第一に優先することといえば囲碁だから、その合間に研究会も熱心に通っている。最近では、誘われれば芹澤研究会とか、一柳研究会にまで顔を出し、声がかかれば韓国にでもほいほいと飛んでいってしまうらしい。 …よって、彼女のプライベートはごくごく限られてくるのだが……
「ねー、進藤〜」 「なに〜?」
対局が終わったのを見計らって院生時代からの仲間である奈瀬三段が声をかけた。
「対局終わった?」 「うん。これからちょっと休憩してから検討しようって……」 「じゃあ、その後空いてる?」
奈瀬の質問に、ぱちくり、と大きな目をまばたきさせたヒカルは、何か思い出したように扇子を持ったままぱりぱり、と頭をかいた。カーゴパンツにトレーナーという、相変わらず気取らない格好だ。
「あーゴメン。ちょっと予定入ってる……」 「夜までかかるの?全然空かない?」 「んー……。多分ね。小田原とか言ってたから…」 「誰と行くの」
ずい、と奈瀬が進み出る。若手棋士が相手だったらなんとでも言いくるめる自信はあったから、そっちを断らせてもこっちに付き合わせるつもりだった。
「誰とって…緒方さんだけど?」
ヒカルの返事に、奈瀬はがっくりとうなだれた。 …やはり彼か。
…そう。どこからかぎつけてくるのか、こうしてヒカルのオフは、いまやタイトルホルダーとしての貫禄も十分の白スーツの男、緒方精次によってことごとく押さえられているのである。 奈瀬の嘆きは、ヒカル狙いの若手棋士の嘆きでもあった。囲碁の話をしようものならそのレベルの違いに置いてけぼりにされ、なけなしのプライドが粉々に粉砕されてしまう。それならそれ以外の場所で……と思えども、それをしっかりがっちり押さえているのが、今十段棋聖の二冠を誇る緒方なのだ。 …結局、鉄壁の城壁に囲まれたほややん天然お姫様に、誰も手を出せないでいる。 (その天然恋愛オンチこそが、最大の難関だあることを知る人は少ない)
――だから、進藤ヒカルをつかまえることは、難しい。
うなだれたままの様子の友人に、流石にヒカルはおろおろとし始めた。
「あの……なんか大事な用事だった?」
奈瀬はがばっと顔を跳ね上げる。
「すっごく!!」
ここで押さなきゃどこで押す!…とばかりの勢いで、ヒカルを見つめる。
「んーと……じゃあさ、明後日の昼過ぎからでも良い?研究会なんだけど、午前中で抜けてくるから」 「うん!!良い!明後日…っと、待ち合わせどうする?」 「渋谷あたり?」 「いいわよvvみんなに連絡しとく」 「みんな…って、他にも誰か来るの?」 「うん。みんな女流棋士だし、あまり気がねしなくて良いから。2時くらいで…どう?」 「わかった〜。みんな女の子だったら、良いカフェ知ってるし、タワーレコードで待ち合わせしよ♪」
ここで、周囲からどこの店だ何ていうカフェだー!と知りたそうなオーラが周囲の棋士たちから発せられていたが、奈瀬はきれいに無視した。ヒカルはもとより気づかない。
じゃあまた…と、ヒカルを見送ってから、奈瀬はくるりと振り向いた。
「あんたたち」
観葉植物や階段の影や自販機の前でたむろう若手棋士たちに向かって。
「あんたたち、一人でも明後日私たちの後をつけたら……」
奈瀬はゆっくりと腕を組んで、ニヤリと笑う。
「女流棋士からの義理チョコすらもないと思いなさいよ」
…ぐ、と彼らが息をのむ。
たかが義理チョコ、されど義理チョコ。 あなどるなかれバレンタイン。
そう、もうすぐバレンタイン。
女の子、男の子ともに、そわそわとする時期のはじまりだった。
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