petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2004年02月05日(木) 『チョコレート・オペレーション 2』(女の子ヒカル小ネタ)

渋谷のタワーレコードで適当にCDをひやかしていると、遅れてヒカルが姿を見せた。

「遅くなってごめん〜」
「いいわよ。進藤予定あったんだから。それより大丈夫なの?研究会午前中だけで」

奈瀬の問いに、ヒカルはひらひら、と手を振った。
「うん、全然ダイジョーブ。どうせ午後は親睦会だとかでごはん食べに行くってだけだし、オレそこの門下って訳じゃないただの飛び入りだから、気がひけてたんだ。かえって助かったよ」
ヒカルは奈瀬の後ろにいる同世代の2人の女の子たちに視線を移した。
「えっと…これで全員?」
「うん。進藤は会うのはじめてかな。今期プロに入った上野 桃李ちゃんと、佐伯 ひろみちゃん」
「こんちは〜。オレ、進藤ヒカル。奈瀬とは院生の先輩後輩の仲だよ」
ふわん、としたヒカルの微笑みに、紹介されたふたりは慌ててぺこり、と頭を下げた。何しろ、囲碁界では超がつく有名人が目の前にいるのだ。緊張しない方がおかしい。
そんなふたりの様子に、ヒカルはくすくすと笑った。
「…そんな、構えないでよ〜。おんなじ棋士じゃん」

((同じじゃないよ〜〜))
ふたりは同時に心の中で思った。どうやったら、ようやくプロ試験に合格したばかりの新米と、北斗杯では日本代表として出場、若獅子戦ではあの塔矢アキラを破って優勝した超実力者とを同等に思えるというのだろう。果てしなくムリな話ではないか。
ふたりの様子に、ヒカルはまじまじと奈瀬を見た。
「…なぁ。オレ、そんなに怖く見える?」
本日のヒカルはというと、相変わらずのカジュアルっぷりで、ビンテージ風味のユーズドブルーのジーンズと、トップのインナーに鮮やかな黄色のトレーナー、その上に黒に白いラインの入った半袖スタジアムジャケットを合わせている。わざと裁ちっぱなしのベルトにチェーンを留めて、それは後ろのポケットに入った財布につながっていた。全体的にだぶついた感じの服はヒカルの体のラインを微妙に隠し、殆ど彼女から「女の子」の香りはしない。
そして本人は心底「どっかおかしい?」ときょとんとしてるのだ。
これではまるで。

「べつにー?毎度ながらホンットに色気がないわね!どう見てもガキンチョにしか見えないわよ。アタシには」
「どーせガキだよ、オレは〜」

むう、とむくれるヒカルに、思わぬところから突っ込みが入った。

「え…そんな、ガキンチョじゃなくてジャニーズ系だと……」
「うん。華奢で元気な美少年系ってカンジで……」

そして2人同時に。

「「カワイイです!」」

思わず主張する桃李とひろみ。目を丸くするヒカル。予想通りの展開に爆笑する奈瀬。
その騒ぎに、タワーレコードの店内にいた何人かが振り向いた。

「んも〜〜!奈瀬、笑いすぎ!みんな集まったんだから、さっさと行こう!」
まだ笑いがおさまらない奈瀬の手をぐいぐいとひっぱって、ヒカルはずんずん、と進もうとした。
不意に振り向く。
「トーリちゃん!ロミちゃん!」

「え?」
「はい?」

自分のことを呼ばれたのかよく認識できず驚いていると、ヒカルは灰色の不思議な瞳で彼女たちを見ていた。

「え、だって」
指をさす。

「桃李ちゃんでしょ?」
「はい」
こくこく。

「ひろみちゃんでしょ?」
「あ…はい」
こくこく。

ヒカルは確認すると、ニッコリと笑った。
「だから、トーリちゃんとロミちゃん。オレのことはヒカルでも進藤でもどっちでも良いから♪」

ふたりは嬉しくなった。ヒカルが、微笑んで自分たちを呼んでくれているのが。
「「はい、進藤さん!!」」

相変わらずの固い呼び方にヒカルは再びコケかけたが、
「ま、妥協すっか」
と肩に担いでずり落ちかけたカーキ色のデイパックを担ぎなおした。そのサイドポケットに、無造作に扇子が差し込んである。その飾り紐が、ぴょんと跳ねた。


「早く行こ!結構イケてるカフェなんだvvオレ、昼食ってないからすっげ腹へっちゃってさぁ…!」
はしゃぐヒカルを先頭に、奈瀬、そして桃李とひろみがついて行く。
「そこ、チャイがすっげ美味くて結構種類あるんだー♪カレーもスパイス効いてるし、それにミルクプリンも相性良くて……vv」
ヒカルの言葉に、奈瀬は、ん?と首をかしげた。
ヒカルは自他共に認めるB級グルメである。大好物がラーメン。ファーストフードも好んで食べる。回転寿司や牛丼屋が日常な彼女が、チャイなんて洒落たものが置いてある、カフェ?

………………あれ?

タワーレコードを出て、電力館の方に向かうヒカルに、奈瀬は問いかけた。
「進藤〜」
「なに〜?」
「アンタ何でそんなカフェ知ってるの?」
「えー?」
ヒカルは歩きながら振り向いた。

「こないだ緒方さんにつれてってもらったー」


「…………………」

くら、と奈瀬が目眩を覚える。やっぱりかい。

「奈瀬さん?」
「どうしました?」

桃李とひろみが、急に足が止まった奈瀬をいぶかしげに振り返る。

「………ううん……何でもない……。あまりにヨミ通りの展開になりすぎると、かえってうす寒いなーって話」
「?」
「碁のことですか?」


「何やってんだよ奈瀬――っ!オレ腹減ってるんだってばー!」

彼女たちの10メートルほど先で、ヒカルはスタジアムジャケットに手を突っ込んだまま、早く行こう!とせかしていた。


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