2004年09月11日(土) |
『ごろごろ』(思い出したように北城家) |
残暑のきつい暑さもやわらいで。 空は高く澄みわたり、遥か向こうに白い雲がちいさく見える。 開け放した窓からは、どこかひやりとした心地よい風がすべりこみ。
「……高耶?」
…気がつけば、娘は氏政の腕に抱かれてすやすやと眠っていた。 そういえば、昼寝の時間であったかと思い出す。 幼稚園がお休みの今日。いつもならめったにいない父親が家にいるのがうれしくて、昼寝の時間だというのに彼女はなかなか寝付こうとはしなかった。 「とうさま!ごほんよんでvv」 そう言ってお気に入りの絵本を持ち出し、自分は当然のように畳の上に座った父親の膝におさまる。 見上げてくる大きな瞳の愛らしさに……つい、娘のわがままをきいてしまった氏政だった。親ばかと弟たちからいくらからかわれようと、この愛しい存在が自分を頼って伸ばしてくる手を素直に取ることを、やめようとは思わなかった。 ――以前はそれで、すれ違い、失敗をしたのだから。
立場もあった。感情もそれを許せなかった。 なにもかにもが、がんじがらめになっているようだった、あの頃。 自分も、三郎も。
――それが、今は自らの腕の中で無防備に眠る。全ての信頼と安らぎを預けきって。 ほのほのと、何と幸せな、このぬくもり。
氏政はそっと高耶を抱き上げ、隣に敷いてあった小さな布団に横たえた。 できるだけ静かにしたつもりだったが、タオルケットをかけてやったところで、高耶はむずがるように頭を動かし、うっすらと目をあけた。 「…? …………」 そして、氏政と目があうと、高耶は心底嬉しそうに、ふわぁ、と微笑んだ。つられて、氏政の唇も緩む。 高耶の横に同じように寝転んで、ぽん、ぽん……と穏やかなリズムで体を叩いてやると、高耶はそのリズムに引き込まれるように、目をとじた。
そして、気息正しい寝息が聞えるようになった頃、やがてそのかすかなリズムも、途切れていた。
「…あら、羨ましいこと」 夫と娘の様子を見に来た馥子は、くすりと微笑む。 窓から流れ込む、秋の風。 なんともおだやかな昼下がり。 ちょうど、用事はすませたばかり。しばらくはなにもない。 ――ならば。 「ご一緒させていただきましょvv」 彼女は、娘を挟んで夫とは反対側に、寝転がった。 娘と、夫と、よくにた寝顔に、くすくすと笑いながら。
――やがて、そのひそかな声も、聞えなくなる………
「ずるいですぞ。兄上、義姉上」 高耶のごきげん伺いに人形やら絵本やらを抱えてきた北城家の次男坊は、むう、と口をとがらせた。 抱えたモノを置くと、音をたてぬよう、大柄な身体を心持ち丸めてそっと近づく。 ごろん、と横になると。 愛すべき高耶の寝顔に頬をゆるませて。
――そして、健やかな寝息が、聞こえてくる…………
「おや、これはこれは……(笑)」
「たまには…いいかもね」
「……ま、休みの日だしなー」
「仲間に入れてねvv」
秋の陽ほのほの、にちようび。 開け放たれた窓からは、レースのカーテンをゆらゆら揺らす涼やかな風。 しずかな、ひるさがり。
「……………………………」
無表情な老人は、目の前の光景を見て珍しく一瞬固まった。
そこには。
小さな高耶を中心に、その両脇に眠る氏政と馥子。そしてさらにそれを取り囲むようにごろごろと転がる北城家の兄弟たち。
「…………………」
老執事はふ、と一息つくと、踵を返した。人数分の上掛けを用意せねばなるまい。主家の人々の体を気遣うのも、仕事のうちだ。
……ふと、彼は天空を見上げる。 そこには、どこまでも高く澄んだ青空と、刷毛で掃いたような薄い雲があるばかり。
「………ご覧くだされたか?……御実城様」
ぼそりと呟いて。 そして彼は、70になろうかという年を感じさせぬ足取りで、その部屋を後にした。
――屋敷のどこかで、しまい忘れた風鈴が、ちりん、と鳴っている。
まるで、それが応えのように。
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