petit aqua vita
日頃のつぶやきやら、たまに小ネタやら…

2004年10月01日(金) 『Harvest Home』(オガヒカ)

紫、濃紫、赤紫、青紫、そして若葉のような薄い緑。
大地と、水と、太陽の恵みが、たわわに実る。
一粒一粒がはちきれそうに大きくなったぶどうの房は、ゆったりと枝からたれ下がり、収穫されるのを待っていた。

「うわー♪すーごーいーー♪♪」
そんな一面のぶどう棚の光景に、ヒカルは心底嬉しそうにはしゃいだ。

棚に巻き付いたぶどうの蔓と葉の向こうには、秋の空独特のどこまでも高くて青い空がつきぬけ、そんな葉っぱの間から洩れる光が、蔓から下がるぶどうをキラキラと映し出す。
「……綺麗だなぁ………」
ヒカルは、うっとりとそんな光景に見とれていた。

「――食べないのか?」
ぱちん、とヒカルの目の前に下がっていた濃紫のぶどうを、緒方ははさみで切り取った。
ぶどう狩りに行きたいと切望して、ずれまくるスケジュールを何とか調整し、このぶどう園にやってきたのだ。当然、旺盛な食欲を発揮して、着いたと同時にぶどうにかぶりつくのではないかと思っていたのだが。
――しかし当の本人はといえば、棚から下がるぶどうに見とれるばかりで、手を出そうともしない。
いささか拍子抜けしながら、緒方はヒカルの目の前にぶどうをぶら下げた。

「もちろん!食べるに決まってるさ♪」
にっこりと笑うと、ぷつり、と房から一粒をもぎとった。
切り口から、豊かな果汁が滲み出す。
ひょい、とヒカルはそれを無造作に口に放り込んだ。

「うひゃ〜〜〜っっ!激ウマ〜〜〜〜っっっ♪」
ヒカルは相好を崩してぶどうの甘さをかみしめる。そのまま咀嚼して、ごくん、と飲み込んだ。
これには緒方の方が目をしばたたく。
「……おい……種と皮……」

「あれ?緒方さん知らない?」
ヒカルは構わずにさらにもう一個もぎ取って口に入れた。
「これピオーネだもん。種無しだし、皮ごと食べても大丈夫だよ。…てーか、皮剥いて食べる方が面倒なんだ。剥きにくくて」
そしてさらにもう一個つまむ。

そんなヒカルの様子に、緒方は苦笑した。
「…なるほど、お前向きのぶどうな訳だな」
「そうそう。間違っても塔矢にゃ向かない」
その言葉に、ぶっ、と吹き出した。――確かに、あの生真面目な師匠の息子は、たとえ皮が剥きにくかろうが、断乎として剥いて食べようとするかもしれない。
緒方も一粒取ろうと、手をのばした。
「あ、緒方さんちょい待ち」
「?」
ヒカルは緒方の手を止めた。

「これはねー、房の下の方が甘くて美味しいんだ」

ぷち。

微かな音をたてて、ヒカルは房の一番下から一粒をもぎとる。
ぽつりとほとばしる黄金色の雫。
その雫が、碁盤の上で宇宙を紡ぎあげる指を濡らして。

そのまま、それは目の前に差し出された。

「………………」

「はい」

無言で見つめる緒方と、
彼を見上げて、ふわりと微笑むヒカル。


意図しないその媚態に…緒方は、そのまま乗ることにした。

ヒカルの指にすい、と顔を近づけ。
ぶどうを持つ指ごと、口にふくんだ。


「…………!…………」

びくり、と震えてヒカルが手を引くと、
あっさりと緒方の唇から指は離れた。
彼はゆっくりと口の中の果実を咀嚼する。
ヒカルの指は濡れていた。
葡萄の汁と……そして。


にぃ…と、満足そうに緒方が微笑んだ。

「なるほど……甘いな」

口の端に少し零れた汁を手の甲で拭き取ると、彼は無造作にそれを舐めた。

…ヒカルを、見つめたままで。



「エロオヤジ」

頬が熱くなるのを、止められない。

「ん?」

心底楽しそうに、緒方はニヤニヤとヒカルを見下ろしている。

「ホンッ――ットに、緒方さんって、エロい!」
一歩間違うと犯罪者だよー?
ぶつぶつと呟きながら、ヒカルは頬をふくらませて緒方からぶどうの房を取り上げた。

「あと5房は取って籠に入れて!それから、向こうの棚マスカットみたいな色のぶどうも取りに行くからな!早く!」

ヒカルはずんずんと先に立って歩き始める。
「……おい、俺にはもう食べさせない気か?」
その言葉に、ヒカルは進みかけた足を止めて、くるりと振り向いた。
見せつけるように、手にした房から、直接口で一粒を囓りとる。

「――――――!」

そして、にっこりと微笑んだ。

「アトデネ」

ヒカルはまたくるりと身をひるがえすと、先に進んでゆく。



緒方は、ヒカルの行動に見とれてしまった一瞬を思い返しながら、苦笑した。そして、先程のヒカルの言葉も。


『―――――エロい!』


手近にあった大きなぶどうの房を、ぱちり、と切る。
その房を見つめながら、ぼそりとつぶやいた。


「どっちがだよ」



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