2005年03月22日(火) |
『名前にまつわるエトセトラ』2(親のシュミでした) |
「…あ、緒方さ〜ん!」
打ち掛けの昼休みの間に、棋譜整理のアルバイトについて詳しく話を聞きたかったヒカルは、芦原に精良の行方を尋ね、売店にやってきていた。 見慣れた白スーツを見かけた時点で声をかけたのだが、そうすると、精良と話していた人物まで一斉に振り向いた。
「?!」
…ので、声をかけたヒカルの方が驚いてしまう。 思わずそこで立ち止まってしまった。
そこにいたのは、亜麻色の髪の、華やかながらも、触れれば切れそうな鋭利な空気をまとう精良と。 さらりとした黒髪の、おだやかな目をした、ふわりとした柔らかい風情でたたずむ男と。 その身にまとう色彩も雰囲気も違うのに、その顔の造作は明らかに血のつながりを示すかのように似通っていた。――精良の方が、いく分か背は高かったが。
「きんいろのかみ…」
精良に抱かれていた少女が、ヒカルの前髪を見て、目をぱちくりとさせた。
「せいらちゃん、このおにーちゃん、ピカチュウのひと?」
姪っ子の言葉に、精良はくすくすと笑って頷いた。 「そうだ。私の車に乗っているピカチュウをくれた人だよ。…そういえば名前も似ているな。…ヒカル、進藤ヒカルというんだ」 精良がそう教えると、和はひかるおにーちゃん?と精良に確認する。 「…ああ。ほら、和、あいさつは?」 「こんにちは!ひかるおにーちゃん!」 「はい、よくできました」 精良に褒められて喜ぶ姪を抱き直しながら、精良はヒカルに彼女を紹介した。
「進藤、前に話しただろう。この子が私の姪だ」 「あー、ぬいぐるみの」 ヒカルは先日のぬいぐるみの一件を思い出し、頷いた。なるほど、精良は彼女のために、ぬいぐるみを選んでいたのだ。ヒカルの前髪をじっと見つめている子供は興味深々な様子で、そんな少女にヒカルはにっこりと笑ってみせた。 「こんちは!俺、進藤ヒカルだよ。「あい」ちゃんでいいのかな?」 「うん!「かず」じゃないよ!「あい」なの!」 「?」 和の言葉の意味が分からなかったヒカルは首をかしげた。
「平和の「和」と書いて「あい」と読むんですが、なかなか最初から漢字を見て正確に読まれることが少なくてね…。子供なりに、気にしているようです」 「とーさん♪」 少女は父親から伸ばされた腕に抱かれる。父親は子供を抱き直すと、ヒカルににこりと笑いかけた。 「はじめまして。緒方精良の兄です」 「あ…ハジメマシテ……進藤ヒカル…です」 緒方によく似た顔に穏やかに微笑まれて、おまけにこういう者です、と名刺まで渡された。こういうやりとりに慣れていないヒカルは少しとまどってしまう。 「こら、進藤」 「なに」 「こういう時には社交辞令でも良いから、「いつも緒方センセイにお世話になってます」くらい言え」 「お世話って…バイトの話はこれから世話になるんだから、まだ世話になってないじゃん。社交辞令って、ウソつけばいいの?」 「…あのな……」 眉をひそめる精良に、和がきっぱりと言った。 「ウソついちゃいけないんだよ!かーさん、いつも言ってるもん!」 「そうだよな〜vvあいちゃん。ウソはいけないよな〜vv」 「お前の思考は三歳児並か……?」
そんなやりとりに、和を抱いたままの兄がくすくすと笑った。 「兄さん?」 「…いや、最近の子は度胸があるなと思ってね…アキラくんといい、進藤くんといい、精良に向かって真っ向から言い返せるなんて、大したものだ」 「えー、搭矢と一緒?!あんな、心臓から血管までアラミド製なヤツと一緒にされたくないなぁ…」 「あらみど〜?」 首を傾げる和に、ヒカルはにっこり笑って答えた。 「「すっげえ丈夫」ってことだよ。落としても壊れないぜ?」 「たかいところからでも?」 「おう♪壊れない壊れないvv――ってーか、あの石頭じゃ落ちた先のコンクリまで割れるって♪」 「あきらおにーちゃん、すご〜いvv「あんぱんまん」みたい〜〜vv」
…別の意味でアキラを尊敬してしまった和に、ヒカルは爆笑していた。これは絶対、和谷に教えてやらねば!と固く決心する。
「…アキラくんと彼……仲が良いのか?」 「……ああ……まぁ………対局して検討やる度に、熱くなりすぎて怒鳴りあいするくらいには」 「それは、また……」 あの、大人びたアキラくんが。 「微笑ましい光景だろうねぇ。機会があったら一度見てみたいな」 「ガキ同士のケンカなんだけど?まるっきり」 「だから楽しそうなんじゃないか」
すっかり打ち解けた様子の和は、父親の腕から下りてヒカルとしゃべっている。ヒカルも、和の目線に合わせてしゃがんでやっていた。 「…ね、ひかるおにーちゃん。それなぁに?」 どうやら、ヒカルがさっき和の父親から貰った名刺が気になるらしい。 「…ん?名札みたいなものかな〜?自分の名前と、こんな仕事していますよって書いてあるんだ。…ほら」 ヒカルは和に名刺を見せたが、和にはまだ漢字が理解できていない。 「なんてかいてあるの?」 「……ん?あいちゃんのお父さんの名前。えーと…「おがた……ふみや」?」 すると和はぶんぶん、と首を振った。
「ちがーう!父さん、そんな名前じゃないもん!」 「…へ?違うの?」
本人から渡されたものだし、まさか本人のものじゃない、なんて有り得ない。…するとやはり読み方がまずかったのだろうか。
「?」
ヒカルはまじまじと名刺を見つめた。
『緒方 史哉』
そう印刷された名刺を。
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