2005年10月19日(水) |
『十六夜の月の赤い花 2』(だいぶ間があいた…) |
すこし、傾きかけた陽射しの中で。 ひかりがふうわりと染まっていくリビングで。
ヒカルは緒方の口づけを受けながら、ふわりと身が軽くなったのを感じた。 …と同時に、ぱさり、と乾いた音を立てて、ヒカルが着ていた空色のワンピースが落ちる。
手触りを確認するかのように、キャミソールに覆われた小さな背中を、長い指がさぐり、なめらかに動いていたそれは、僅かに動きを制限するものを見つけた。
「……外すか…?これも」
楽しくてたまらないという風情で、緒方は目を細めながらヒカルの瞳をのぞきこむ。――霧に包まれた、深緑の森の色。
「……緒方さん…それじゃまるっきりスケベオヤジだよ……?」
はふ、と深すぎたくちづけに息をつきながら、ヒカルは困ったように緒方を見上げた。――大地の実りの、榛の色。
「――スケベもオヤジも事実だからな」 「そこで開き直んないでってば」
くすくすと笑いながら、ヒカルはくい、と伸びをして緒方の顎にくちづけた。 唇に当たる、ちくりとした感触。
「ひげ、伸びてきてる」 「そうか。出かける前に剃らないとな」 「やってみたい〜。シェービングクリーム塗ってさぁ〜、剃刀あてて…」 「やめてくれ。俺も命が惜しい」
むう、とふくれるヒカルの頬を緒方の指がつつく。
「…それで、どうするんだ?コレ」
男はヒカルの背中を撫でるのをやめない。 ヒカルはくすぐったさに身をよじらせた。
「…ん……外すと……なんかへんだから、そのままにしといて」 「分かった。…なら、キャミソールも肌襦袢がわりにこのままにしておくぞ」 「うん」
ヒカルを姿見の前に立たせると、緒方は後ろから長襦袢を着せかけた。滑らかな感触が触れて、ヒカルはそっと息をつく。 前を合わせ、片手で押さえると、咥えていた腰紐で結んでいく。その間も、ヒカルは緒方の腕の中にとらわれたままだ。 ヒカルはじっと鏡を見ていた。
「……どうした?」 「こうして見てると…なんか、着付けって下手するとすっげやらしいんだなーって」 「…着せているのにか?」
しゅ、と、紐が音をたてて締められる。
「うん。…だって……かならず、緒方さんの手が、オレの体に触れてて」
襟足にまつわる髪を、長くしなやかな指が撫で上げる。
「ずっとくっついたままでさ」
着物を着せかけられると、男の吐息が首筋に触れるのが分かる。
「それがすごく当たり前に感じちゃうから……なんか」
困ったような、嬉しいような、そんな表情で見上げられて。 緒方は、後ろから抱きしめて、ヒカルの顎をとらえ、唇を奪った。 角度を変え、中をさぐり、追いかけ、逃げて、捕らえて、戯れる。 音をたてて離れては、溢れそうになる液を飲み込み、またお互いの息吹を求めて絡ませ合う。
ヒカルの腰をとらえていた左手が、ざわざわと、男の欲望を示すかのように目的をもってヒカルの身体の上を這い始めた時、ヒカルはその骨ばった大きな手に、自分の手を重ねた。
「……今は…しないよ?」
じいちゃん家に行くんだから。 くすりと微笑んで。
緒方はぐぅ、と押しとどまると、意趣返しにヒカルの首筋に軽く噛みついた。 ヒカルはキュ、と眉をひそめる。
彼女の白い首筋には、赤い花。
「…った〜〜。今の、絶対痕になったろ」 「大丈夫だ」 「どこがっ!」
緒方は先程よりも浅めに襟を整え、欲情の痕跡を隠すように、着物の前と裾を合わせ、腰紐で結んだ。 おはしょりを整えて、その上からもうひとつ腰紐を結ぶと、帯を手に取る。
「大丈夫だ。この帯を結ぶのも、解くのも、さっきの痕を見るのも、つけるのも、俺だけだ」
しゅる、と衣擦れの音を立てて帯が巻かれていく。 ヒカルはうつむいたまま。
「……ヒカル?」
「……今、すっげースピードワゴンな気分……………」
「シルクハットの奴か?」 「なにそれ?」 「?」 「?」
帯を結べば、もう終わり。 日が傾き、朱みを増したリビングの中。
ふたりは、お互いにくつりと笑うと、 そっと、触れるだけのキスを交わした。
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