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だって、好きなんだもん - 2001年04月10日(火) 昨日、グルグルと、色んなことをめまぐるしく考えてました。 以前、私が友人に言われた言葉があります。 「恋愛は、方程式はないんやで。おまえは、考え過ぎ。考えてても、答えは出ん。動かな、答えは出えへんねん」 そのとおりです。 私が、いくらあの子の言葉を推測しても、いくら結果を予想しても、それは現実ではなく、結局は「私の頭の中の出来事」でしかないんです。 それでも、私は考えてしまいます。 自分が動くとき、人一倍臆病な私は、一番最悪な結果を予想します。 何時から身についたのか、もう、ずっと長くそうしてきました。 それによって、自分が傷つくのを、最小限にとどめようとしているんです。 けれど、恋愛に関しては、最悪の結果を予想していても、「予想」が「現実」になれば、悲しいものは悲しくて、ただ、涙を流すことができなくなるだけでした。 恋愛の終わりには、泣くものだと思います。 「泣く」行為は、浄化作用です。 自分の気持ちの、一番どろどろした部分や、悲しく積もったものを、涙にして吐き出してしまうための行為です。 だから、本当は、泣けばすっきりするのです。 けれど、私は最悪の結果を予想しつづけていたため、泣くことはできませんでした。 あの子のことに関して、悲しくて、悲しくて、どうしようもない状況に息苦しさをおぼえても、泣くことはできなかったんです。 泣けない私は、結局、いつまでたってもそこから動けない状況を続けていただけでした。 「好きでい続けることもできない」「忘れることもできない」 どうしようもない状況は、八方塞りの状況で、私は、自分で自分を追いつめていました。 そんな時、ある人が言ってくれたんです。 「好きなままで、いいんじゃないの?」 って。 救われた思いがしました。 「好きでいてはだめ」 そう、自分に言い聞かせていた私にとって、その言葉はまさに救いでした。 「忘れることはできない」「好きでいてはだめ」 どっちもできなくて、どっちもしんどいなら、それなら自分にとって楽な方を取ろう。 そして、出した結論が 「好きでいること」 現状は、変わらない。 会うこともない、携帯の番号も、教えない。 それでも、私は好きなままでいる。 好きだという気持ちは、私のもの。 自分の気持ちくらいは、自由にさせてあげないと。 今まで、自分でがんじがらめにしていたから、とても苦しかった。しんどかった。 でも、もう大丈夫。 無理に忘れなくてもいい。 無理に押さえつけなくてもいい。 しょうがない。だって、好きなんだもん。 会わないから、話さないから、忘れていく思いだというなら、このまま好きなままでいても、いつか忘れていくかもしれない。 それなら、覚えている間は、好きなままでいよう。 それだけで、気持ちが楽になれるのだから。 -
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