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私だけじゃない - 2001年06月19日(火)

今日は何をしていたか・・・一日中記事を書いていました。
記事が行き詰まった合間に、他の仕事を片づけていた感じでしょうか(笑)。ある意味、本末転倒かもしれません。

やっぱり、やる気、というよりも、「疲れている」
体力的にも、精神的にも。
言い換えれば、「疲れやすくなっている」という感じでしょうか。
年齢のせいもあるのかもしれませんが、ここ1,2ヶ月、あまり家でゆっくり休んでいないからかもしれません。
今週も、家にはいませんが。

「片付けの年」だと、占い師に言われた今年。
確かにそうだと思うときもあります。
けれど、やっぱり私は「片付け」が苦手で、淋しいと感じます。

今日、読み終わった本にぴったりの言葉がありました。
「別れの辛さを悲しむより、出会えたことをよろこぼう」
作者は、ネパールに一年間NGOの派遣事業で向こうの貧困層の学校で美術を教えていた女性です。
彼女は、1年間のプログラムを終えて、帰国する寸前、交通事故に巻き込まれ、亡くなりました。享年、24歳でした。

彼女のエッセイは、とても正直に彼女の気持ちがつづられていました。生きていて、もし知り合うことがあっても、きっと私の苦手なタイプだったと思います。
けれど、彼女のような生き方にある種憧れます。
彼女の物語を見ていると「できるかできないか」ではなく自分が「やろうとするかしないか」だと思えます。

そう、考えながら、あの子の写真を眺めました。
新年会の時の写真です。
一つ、気付いたことがあります。

あの子といて、私は楽しかった。傷つくこともたくさんあったけれど。あの子が私にしたことは、大多数の人は「ひどいね」というようなものだけれど。
でも、あの子は、傷つかなかっただろうか、苦しまなかっただろうか。
本人に聞いたことはないけれど。これから、聞くことも決してないだろうけれど。あの子も、きっと傷ついたことがあったと思う。苦しんだこともあったと思う。

私が好きになったのは「人間」だから。
彼にも、感情はあるのだから。
傷ついたのは、しんどかったのは、きっと私だけじゃない。





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