TALES OF ROSES

2005年05月09日(月) りんご園の人、その2

おばさまが、農協の事務で働いていた頃のこと。。

昭和30年、
月に1800円のお給料で、月に一度だけ
盛岡の映画館に行くのだけが 楽しみだったそうな。

盛岡までバス代を節約するため、知り合いのオート三輪の
荷台に乗せてもらったそうな。

それが寒くて寒くて、コートを着て、毛布でぐるぐるくるまっても
ガタガタ震えたそうです。

見た映画は『風と共に去りぬ』等の 往年の名画。

いつもオート三輪の荷台にのって一緒に行く友人は、
看護婦の仕事をしており
いいなずけが、シベリアに抑留されたままで、
二人で「慕情」を見たときには、
あたりもはばからずわんわん大泣きしたのだそうです。

そのお友達も、のちに結婚、離婚をし、
つい最近亡くなってしまったそうです。


あの戦争当時は、遠路はるばる訊ねて来る人には、
「どうぞ、一晩泊まって行ってください」と声をかけるのが
当たり前だったのだそうです。
心優しき村なのでしょう。

どうして
何もない紫波町の田んぼのど真ん中で バスを降り
どうして そのおばさまの家にたどり着けたのか、
その辺を訊ねてみたい私の祖母も 2年前に94歳で
他界してしまいました。

もっともっといろいろな話を聞いておくべきだった、と
悔やまれます。

おばさまと母が出会ったのは、11歳の頃、昭和20年ですから
おつきあいは 60年近くになります。

二人は 今年70歳になります。


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