+女 MEIKI 息+
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2002年01月30日(水) 傍に居て

 ベンチに座って話に夢中で気が付いた時には、陽が西に傾き始めていたので、芝生で敷き詰められた高い土手を慌てて駆け上がった。 流れのゆっくりとした川は、夕陽を受けるとキラキラとオレンジ色に輝いて素敵だからと言われたからこんな遠くまで来たというのに、話に夢中になってまだ川面すら見ていなかった。
 湿り気の帯びた枯れた芝生は、急ぐ足をもどかしくさせる。
 高くなるにつれ急斜面になるとそれが一層増して、歯痒い気持ちを起こさせた。少し先を行くあなたは後ろを振り返り、わたしの袖口を掴んで引っ張ってくれた。
 はあはあと息遣いも荒くなった頃にやっと高い土手の上に登りきり、遠くに川岸が一望できる場所にたどり着くと陽は川面に色を与えていた。
 息が落ち着いたのに、二人とも何も語らずに総ての色を陽色に染めていくさまを、じっと見とれていた。
 夕焼けも次第に暗くなり、気の早い星が姿を現し始めた頃、大きな川の手前に中州があるのに気付いた。頼りなく生えている葦も夕闇の中では密林にさえ見えた。
 陽の光に映し出されたオレンジ色の景色に気を取られている間に、突然そこに密林が出現したのだと思った。
 辺りが暗くなっても尚、そこを動かない二人とは違って周りはどんどんと顔を替えて、わたしは漆黒の闇をまとった密林が気がかりで目が離せない。
 ジッと見ていると、一羽の鳥が羽根を休ませている姿が浮かび上がってきた。

 ずっと黙ったままだったので、擦れた声でわたしは言った。
 「あそこに、鳥が居るね。」
 あなたはわたしの見ていた方に向き直り、何の躊躇いも無く「毛繕いしてるんだよ。」と答えてくれた。

 日も暮れ風も冷たくなって、時折強い風が吹き出した。その風に煽られてさっきまでの水鳥が、葦の陰だったことは判っていた。それでも彼に伝えたかった。
 そして、答えてくれたことが嬉しかった。

 その時、初めて彼の手に触れた。



香月七虹 |HomePage