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2002年03月16日(土) 抱き締めるより手をつなぎたい

 「な、ボク達いつからダメになったと感じ始めたんだろう?」最期の夜の眠りにつく前に、僕は君に問いかけた。君は色々と考えあぐねて「答えが見つかったら、ちゃんとあなたに伝えるわ」ことりと溜息混じりに言って小さな寝息をたてはじめた。

 トランクに入れた荷物は、本数冊分しか無かった。
 「後から業者の人とまた来るから、手数かけるけどごめんね」助手席に座った君は、まるでこれからどこかへドライブデートを楽しむかのように簡単に言った。
 珍しくフレアスカートを穿く君を久しぶりに見た。相変わらず乗り込むのに、裾を気にしないから挟みそうになって「ああ、おっちょこちょいなんだから」そうつぶやきそうになった。。
 ラジオをかけても、ろくな番組しか流れてこない。こんな時のための取っておきな会話なんて、どの本を探したって出てきやしない。今迄、沢山の言葉を交わしたはずなのにどれも思い出せないし、今更思い出したところで無意味に響くだけなのは僕よりも君のほうがもっと知っていることだろう。
 どこをどう通って駅についたのか、もっと遠回りして来れば良かったとトランクの荷物を降ろしながら僕は思った。
 今から時間を引き延ばしてみても、たとえ魔法が使えたとして時間を逆戻りさせたとしても、さっきから考えることは同じだな。「こんな時なのに、なんでニヤニヤとしちまうんだろう」自分で厭だなと思った。

 チケットも余裕を持って取れた。君はここで良いよと言ってくれた。もう少し僕が居たかったので、無理に乗車までの時間を構内にある小さな珈琲屋で過ごすことにした。
 「この間、前売りまで買って楽しみにしていた映画、そこそこだったよね?」君が普通に切り出してくれた。僕は、それに答え、彼女も同じように答え、まるでこれからどこかへ遊びに行くカップルだ。お互いが時計をチラリと見る度に切なくなる空気を除けば。

 「行くね。ご馳走さま」君の言葉に返事は返せなかった。君をまっすぐに見ることさえ出来ない。
 カウンターの上で組んでいた手を見つめているのが精一杯なのが、自分でも情けないと思った。その手の上に彼女の手が重なり、そして温もりを感じる時間さえないまま彼女は消えた。
 暫く、その場に座っていた僕も夕陽が沈む前には家に着きたいと、振り返ることをしたくない理由を見つけて席を立った。
 駐車場に戻り、車に乗り込むと助手席に几帳面に折り目がついた白い小さな紙があった。

 「明け方にね、恐い夢で起きた時に隣で寝ていたあなたを起こすことが出来なくなった時よ。わたしがダメになったと感じ始めたのは。次はあなたが答える番。答えが分かったら連絡を頂戴」

 僕はもうニヤニヤと笑う必要も無く、夕焼けも気にせずに泣くことが出来た。



香月七虹 |HomePage