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2002年04月17日(水) 手鏡を持って、ここにおいで

 簡単にはお互い逢える距離に居ない今、こうして電話で話す時間が何よりも一日の中で一番の楽しみであると同時に、傍に寄り添えない歯痒さを最も感じる時間になっている。
 彼が奏でる声という音に言葉という唄をのせてくれるのを、無機質で小さな受信機のこれまた小さなスピーカーにもっと傍に寄り添いたがるように耳を押し当て、聞く。時にそれは挨拶程度に終ってしまう短い声の逢瀬でも、とてもとても心が落ち着く。なのに、電話を切って数分後には声を聞く前よりも、ずっと切ない寂しさも毎回のように襲ってくる。

 聞き分けの良い女は、甘えるのが下手だ。叶わないと分かっていても、相手を喜ばすために無理難題を押し付けて、時に拗ねて見せるぐらいの演技は欲しい。
 「逢いたい」のひとことを言うのに、喉から血が出るかもしれないほどに思いつめてしまったら、それは甘えでもなんでもないのに。


 いつものように他愛のないお喋りをするはずだった。ところが彼の出す声のトーンひとつにさえ敏感になっていることに気付いた。すると、なぜだか次の言葉が続かない。音の無い空間にいきなり放り出されたように不安で仕方ない。「どうしたの?」何か答えなくちゃ、何か、何か、何か。
 くちをついて出た言葉は「もう、止めたいの」だった。

 ほんの少しの沈黙の後、それに応えるように彼はゆっくりと穏やかに言った。「そう。じゃカーテンをちゃんと閉めて手鏡を持って、ここにおいで」何を一体言い出すの?そこまで行けるわけないじゃないの。そんなことを思いながらも、部屋の隅にあるドレッサーから手鏡を取って受話器を握りなおした。舌が喉にへばりつくような感じの渇きを足りない唾で剥がすようにして、手鏡を持ってきたことを告げた。

 「オレは今、その手鏡になりたい。どんなものが映るのか教えて欲しい。こうして話をする君がどんな表情でいるのか、君は鏡を覗き込んだままを言葉にしてくれればいい」左手に受話器、右手に手鏡を持ったまま、わたしは鏡を覗き込んだ。なんて困った顔で情けない表情なんだろう。これをそのまま伝えるのか?
 「困った顔をしているわ」言葉にして、もっと情けない表情に変わっていくのが見えた。
 「うん。でもそれだけじゃないだろ。どうしてそんな悲しい目をしてるんだい?」彼は続ける。鏡を覗き込んだわたしの顔を想像しながら続ける。そんなことないわ、と言うつもりだったのに本当に悲しい目をしている自分を見て言葉に詰まった。
 「段々と君が見えるようになってきたよ。それでも、まだぼんやりとしか見えてない」
 「受話器を持たない方の手の指を見せて。その中指の先を含んでみてよ。どんな顔になる?」
 「なんだか、いやらしいわ」
 「そう?じゃ、ほんの少しだけ舌を出してみて、その舌先だけでゆっくり上下に舐めてみて」
 「爪の先を舐める時って、顎があがるのね」
 「きれいだろ?君の首筋」
 「わからないわ」
 「ちゃんと見てご覧よ。右側に小さなホクロがあるだろ?もう、オレには見えてきてるよ」
 「あ、本当だ。自分でも気付かなかった」

 彼の声の誘導で、さっきまでの泣き顔がほんのり火照ってきた。それを映す鏡に向かって、わたしは素直に「逢いたい」と言えた。


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 コレについて書いてみたいって気持ちがあるのに、どっから手をつけて良いのか分からない。そんな日が続くとコレが何だか分からなくなってきちゃう。もともと筋道立てて結論に導いてなんてことを普段からしてないから、こうゆう結果になるんだろう。だからいつだって、コレがドレだか分からなくなってそのうちに埋もれていく。

人に対して筋道立てて話を進めることって、あんまり無いんだなあ。


香月七虹 |HomePage