+女 MEIKI 息+
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「くぅーっ!堪んねえな」心の中で、そう何度呟いたことだろう。 まるでファッション雑誌のモデルのような女、俺にしちゃ上出来の女が、今目の前で俺の言う通りの肢体を晒して、ソファにで寛ぎ素面を装う俺を挑発してくる。この一瞬を撮って後で思い出すだけでも、スコスコスコってもんだ。 相手の思惑通りにことを進めては、がっついていることが見え透いてしまうし、ここはひとつ煙草を燻らせて、勿体ぶってみよう。 ワイシャツの胸ポケットから残り少なくなった煙草1本を取り出し咥え、店の名前の入った安物のライターで火を点けた。手に持ったままのライターを見て、「クラブ胡蝶か…」ふと思い返してみる。薄暗い部屋で燻らせたそれは見事な細い紫煙になり、それを辿りながら。 。
まったく、休みの前日だっていうのに今日は本当についてなかった。 取引先との連絡は行き違うし、そのことで上司に呼ばれ延々と説明をしなければならず、定時に帰社をして彼女と待ち合わせをして美味しい食事や、その先の美味しいことも全て断らなければならないだなんて、ついてないと思うしかなかった。 安アパートに一人で帰って、遅い夕食をとる気にもなれず、ふらっと寄ったのが「クラブ胡蝶」であった。
クラブとは名ばかりで、近所のオヤジ連中の憩いの場、商店街のスナックという風情だった。学生風の雇われた女の子はGパン姿だし、あまり色気を売るような店ではなかった。 俺が店に入った時には、奥のボックスに客が一人居るだけで、まだ賑わってはおらず疲れた気分には、丁度いいと思った。 仕込み途中で顔を上げた女性の声に促されるまま、俺は迷うことなく店のカウンターに座った。五脚しかないその一番奥に座りながらビールを注文して、今日一日で初めて腰をおろしたかのように、溜息をつきながらドッサと座った。 「はい、おつかれさま」カウンター越しにオシボリが渡され、それを受け取る時に初めて彼女の顔を見た。 人の好みは夫々で、やれおっぱいは大きいほうが好きだとか、目は切れ長の涼しげがいいとか聞くが、俺の前でオシボリを手渡す女は、まさにドンピシャ俺の好みの女だった。 掃溜めに鶴という表現を当て嵌めるのなら、それこそ彼女がそうであろうと思うほどに、俺の目は釘付けになった。 「このお店は、もっと遅い時間にならないと混まないのよ」そう言いながら、彼女は俺の隣りに腰掛け、ビールを注いでくれた。その遅いと言われる時間まで、こうして話をしてられるのなら、今日一日の疲れも癒るというものだ。話は弾み、酒も進み半ば社交辞令のつもりだったはずなのだが、何時しか俺は彼女を口説いていた。彼女の困った素振りも社交辞令と見てとった頃には、俺は随分と出来上がってたのだろう。 遅い時間になっても、あまり混む気配もないまま、店の灯は消えた。
そして今、その彼女が俺の前で、言われるがままの肢体を晒している。 テーブルに置かれた少し大ぶりの大理石の灰皿で、吸いきった煙草を揉み消す。既に緩んでいたネクタイを指にかけ解こうとしたその時。
「ね、混んできたから起きてくれるかしら?」肩を揺すられ俺は女の子に起こされていた。 どうやら、空き腹に呑んだためにそのままカウンターに突っ伏して寝てしまっていたようだ。さっきまで、俺の目の前で怪しげな動きで誘っていたはずの女は、カラオケの分厚い本を客に薦めていた。俺はぼやけた頭のまま、会計を済ませ店を出た。
路地を曲がって、ようやく自分のアパートが見えてきた。 ポストから郵便物を取ろうとしたその時、俺の部屋の前に仕事の都合で、デートをキャンセルしてしまった彼女が居ることに気付いた。 汚い部屋に招き入れるのを少し躊躇ったが、そのまま彼女を通すことにした。 遅い時間であったために、彼女の手土産の惣菜はそのまま冷蔵庫行きになった。ネクタイに指をかけ緩めながら、代わりに飲物を勧めたのだが、ひどく眠たがる彼女を見かねて寝るように促した。今回はネクタイを解き取ることは出来たが、彼女は横で静かに寝て欲しいと言う。 彼女の言う通り俺は何もせずに、抱き寄せて横になるつもりでゆっくりとベッドに入った。 間もなく、小さな寝息をたてて彼女は夢の中に先に行ってしまった。
先ほど店で寝てしまった俺は、薄いカーテンから差込む月明りが充分に明るく感じるほどに目が冴えて、愛しい彼女をそっと見ていられることを幸せに感じた。 現世は夢 夜の夢こそ誠、となれば、さっき見た夢はまさに「胡蝶の夢」今在る俺と過去の俺とは連続している俺なんだろうかと考えた。 縁という言葉はあっても、それは自分にしか繋がってないものなのだろう。俺の過去は、既に俺にとっては胡蝶の夢と同等な存在だと言えるのなら、今在る確かな想いすら瞬にして、夢と同じであるのかもしれない。それならば、尚更今を見つめていたい。自分を変えたいと思うのでなく、そんな努力も気持ち良いのかもしれないと感じる自分が居ることに気付いた。過去が夢なら、せいぜい良い夢として未来の自分に託せるように、愛しく感じる君をずっと見続けていたいと想った。
織姫が天の川を渡って来てくれたように、折りしも今日は七夕である。出来ることなら、雨の日に活躍する鵲の翼が、これからはこの先ずっとその翼を広げていて欲しいと心の短冊に書いてみた。 明日の朝、目が覚めたらおはようを言う前に君が好きだと告げよう。それが毎日続くようにと今夜の星に願いを込めて、小さく寝息をたてる君の額に口付けた夜。
織姫と彦星…、当時だったら麿眉でもOK! 当時って何時よ?
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