WOWOWのニンゲン御破産(録画)を見ながら 書いています。
こんばんは。
唐人お吉の話も 桜田門外の変も 歴史の出来事は、お芝居だったの? そんなめちゃくちゃ入り組んで複雑で、凶暴で、 ナイーブな作品でした。
「芝居という芝居」という芝居。 「演技しているふり」の演技。
松尾スズキという人にはどこまで騙されているのか全く分かりません。 私もあんな風に生きてみたいと憧れます。
「本当の君が見えないよ・・・ベイベー」 というべたーっと気持ちの悪いポエムのようなことが言われてみたいものです。 言われてみたくありません。
ポエム。 ポエムといえば興味深い本に出会いました。 「少女民俗学」大塚英志(光文社カッパサイエンス)。
今ではもう絶版なのでしょうか。 実はお友達が「これあげる」と言って 古本屋の100円コーナーで手に入れたものを (しかも他の100円の本を一冊だけ買うのは恥ずかしいからと言う理由で買ったものを) 私にくださったのです。
「なんだか、いろんな意味で私に合った本ね」 と話してはいたものの、 ここまで自分のことを書かれているような 居心地の悪い本だとは思いませんでした。
特に「ポエム」の章。 ポエマーポエマーとバカにされる度に 違うわ、私は賢い女の子よ!と言い続けてきましたがもう限界かもしれません。
私は少女ポエムに 日記を書き始めた中学時代から侵されていたことが判明したのです。 大塚英志によれば。
>叙情詩にとって大切なのは、恋の相手が誰であるかと言うことではない。 >描かれるのは、自分の気持ちが相手に届かないという感傷そのものであり、 >この感傷に酔いしれることが叙情詩の魅力なのである。 >この少女性の時空に成立する「感傷」のための「感傷」であり、 >具体的な事実をもとにして描かれるものでは決してない。
まあよく分かりませんが 私がこういう「民俗学」や「社会学」の本が (居心地が悪いと言いつつ)大好きなのは 自分のやっていることにひとつひとつ理屈をつけて整理してくれるからです。
違っているのか合っているのか、それは知らないし 様々な仮説を考えてみるべきだという学問上の云々もあるのだろうけれど、 もう規定してくれるならそれでいい、あなたでいいよと思うのです。
要約するなら 「君はこういう人だよね」と 誰かに言ってもらいたいのだと、そういうまた気持ち悪いところに 帰着するのかもしれません。
とにかく、時代のずれはあるにせよこれは大変面白い一冊だったということを 繰り返し述べておきます。
テレビではニンゲン御破産がようやくカーテンコールにたどり着きました。 私も、お芝居でもやれるような美貌か感性でもあったなら 松尾スズキさんに直に会えるような素敵な日が もっと増えたのかしら、 なんて「感傷的な」結びで終わりにしたいと思います。
おやすみなさい。
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