手紙を、とても久しぶりに書く。 ペンを握るのも1ヶ月ぶりくらいだ。 君がいなくなった後も、世界は続いている。 何故だろうと思う。 君がいなくなったとも、世界が続いているのを、 僕は許せない。
「戦争はどうして起こるの?」 と悲しむ大人たちの気持ちが、少し分かった。 何故?という気持ちに込められた、烈しい怒りの強度について。
だからあらゆるものを置きっぱなしにして、僕は眠り続けたんだ。
僕を必要としてくれる友人や、 僕が昔キスをした恋人、台所に転がっているサランラップや、 前日に冷凍した一善分のごはん、 風呂場のぬめり、町田康の小説群(新作が出たと聞く)。 そうだ、あらゆるものを。
不思議なことに、自害しようだとか旅に出てしまおうだとか そういう具体的な行動にでようとは思わなかった。
そう思う力さえ、残っていなかった。 消えていた。いっさいがっさい。
今日、僕が目を覚まして、 (カレンダーで逆算すると3週間以上眠っていたことになる。そうだ、放り出していることさえ忘れて書かなかったけれど、工事現場の仕事はどうなっているのだろう。ああ、もう行けない) 最初にしたことは何だと思う? 君に電話をかけようとしたんだよ。 「映画に行こう、めちゃくちゃいって領収書を切るからたださ」と。 まったく、自分の愚かさに嫌気がさした。 僕が眠り始めたのは、 君がいない世界を、消すためだったというのに。
僕には昔、伝えたいことが山ほどあって、 それを分かってくれない君をだいぶ責めたこともあったけれど 今になってみると僕がいいたかったのはこういう愚痴だけ、 ごみだけだったのかという気もする。 しかしそれはあまりにも悲しい。ので反芻はせずにもう一度、 眠るしかないのかもしれない。
こういう堂々巡りの手紙を、それじゃあ何で書くのかといえば、 手紙を書いているあいだだけは このうすっぺらな便せんの上に君が生きている世界が 繰り広げられるからだ。
新型肺炎は、君を狙い撃ちにした後に、日本を去った。 村上春樹のいう「圧倒的暴力」の存在を、僕は感じずにはいられない。
気持ちが落ち着いたら、また書き直すよ。
敬具
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