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2003年05月10日(土) 前略れいこ様

手紙を、とても久しぶりに書く。
ペンを握るのも1ヶ月ぶりくらいだ。
君がいなくなった後も、世界は続いている。
何故だろうと思う。
君がいなくなったとも、世界が続いているのを、
僕は許せない。

「戦争はどうして起こるの?」
と悲しむ大人たちの気持ちが、少し分かった。
何故?という気持ちに込められた、烈しい怒りの強度について。

だからあらゆるものを置きっぱなしにして、僕は眠り続けたんだ。

僕を必要としてくれる友人や、
僕が昔キスをした恋人、台所に転がっているサランラップや、
前日に冷凍した一善分のごはん、
風呂場のぬめり、町田康の小説群(新作が出たと聞く)。
そうだ、あらゆるものを。

不思議なことに、自害しようだとか旅に出てしまおうだとか
そういう具体的な行動にでようとは思わなかった。

そう思う力さえ、残っていなかった。
消えていた。いっさいがっさい。

今日、僕が目を覚まして、
(カレンダーで逆算すると3週間以上眠っていたことになる。そうだ、放り出していることさえ忘れて書かなかったけれど、工事現場の仕事はどうなっているのだろう。ああ、もう行けない)
最初にしたことは何だと思う?
君に電話をかけようとしたんだよ。
「映画に行こう、めちゃくちゃいって領収書を切るからたださ」と。
まったく、自分の愚かさに嫌気がさした。
僕が眠り始めたのは、
君がいない世界を、消すためだったというのに。

僕には昔、伝えたいことが山ほどあって、
それを分かってくれない君をだいぶ責めたこともあったけれど
今になってみると僕がいいたかったのはこういう愚痴だけ、
ごみだけだったのかという気もする。
しかしそれはあまりにも悲しい。ので反芻はせずにもう一度、
眠るしかないのかもしれない。

こういう堂々巡りの手紙を、それじゃあ何で書くのかといえば、
手紙を書いているあいだだけは
このうすっぺらな便せんの上に君が生きている世界が
繰り広げられるからだ。

新型肺炎は、君を狙い撃ちにした後に、日本を去った。
村上春樹のいう「圧倒的暴力」の存在を、僕は感じずにはいられない。

気持ちが落ち着いたら、また書き直すよ。

敬具


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