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2005年06月26日(日) 王子様からの手紙

前略



根津駅で終電を逃したから、高田馬場まで歩いた。
言葉にすると簡単な道のりに思えるかもしれないけれど、後で距離を調べたら7キロくらいあった。
1時頃歩き始めて、目的地に着いたのは朝の4時頃。
真夜中の散歩だ。

大の大人が言うのも恥ずかしいけれど、東京を知りたかったんだ。
知らない道を歩くのは、わくわくするものじゃない?



さて、君は元気ですか。

僕は、元気です。
歩いていて色々なことを思い出したよ。
体を動かしたおかげで、やっとこうして手紙が書けた。

記憶というのは不思議なものだ。
普段すっかり忘れていたことが、あるきっかけでふっと
自分の身に降りてくる。

君は、僕と歩いた東京カテドラルを覚えている?
明治通り沿いにある、丹下健三設計の教会。
道のり半分を過ぎて、少し疲れが出てきた時、
ふと目をやった道の左手に、建っていた。
暗いから、見えづらかったけれど、はっきりそれと分かった。
君と回り込んだ路地を覗き込んで、そこで話したラーメンのこと
コーヒーの種類のこと、中学時代の通学路のことが、
詳細によみがえってきた。

足にはマメができた。

それでも、思い出は止まらずに、流れ出てきた。
僕は、過去へ向かって歩いていた。
温かい気持ちだった。

目白通りをしばらく歩くと、早稲田大学の正門へ続く道に出る。
学生時代に卒業論文の製本を頼んだ店、君と待ち合わせをした立て看板の前。
僕の住んでいた部屋。
君の住んでいた部屋。
今まで左手に見えてきた月が、右手の上に移動した。

こうして記憶をたどっても、君の言葉をいくつ思い出しても、
もう僕にはそれを取り戻そうという強い希望がない。
失ったり手に入らなかったものに、興味が薄れている。
ただ、今回のように、たまに戻ってきてくれればいいと思っている。



ここまで書いて、ウンザリした。
丁寧に丁寧に、腫れ物に触るように文章を書いている。
最近の僕だ。
「歩いた道のりが君に分かりやすいかな」
「思い出を修飾する言葉は、きちんと使われているかな」
そんなことばかり考えて、気取っている。

仕事まみれの糞だ。
本当は、誰のことも思い出せずに、
自分一人でただ道を歩いてあたたかくなっている。


根津駅から馬場まで、家に着いた時にはくたくたで、
僕は本当に参っていて、
君に電話をしたかった。
ベッドに横たわって、窓の外を見たら朝日が昇ってきた。
早起きした気分で、映画を借りた。
映画には京王線の景色が映っていた。

見たこともない、坂の上から
見下ろす東京の街。僕はあそこに行きたい。
君に会いたい。
本当はそうでもない。



敬具


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