罅割れた翡翠の映す影
目次過去は過去過去なのに未来


2001年07月22日(日) 宝物。 缶太郎

僕がこの身体を任せられた時、理由としてミーシャが言った事。
「一番、綺麗な感情を持ち得るから」
僕に限らず、『感情』ってのは僕ら全員にとって大切なもの。

この身体がまだ幼い頃、彼は情緒不安定なくらい感情をむき出していたらしい。
でも感情と理性はいつもかちあっていて。
人とのいざこざが絶えなくて。
あの日、彼は心だけしか死ねなくて、代わりにミノルを創った。
そして感情を壊れた心のどこかに押し込めた。
道化を演じながらその心はいつも機械のように計算を繰り返すだけで。
マリオネットのピエロのように。
悲しむべき時も、喜び合う時ですら、張り付いた仮面を被って。
いつしか、ミノルは自分を嫌悪、いや恐怖していた。

『これは生きている、とは言い難い。ならば自分はなんなのだろう?
 機械のような、いや機械そのものの自分の存在意義とは何だ?
 使命も無い。行うべき事も無い。〔家族〕と言えるものも無い。
 というよりは、大切なものすら無い。守りたいものが。
 命など、とうに棄てたも同じ。
 しかし、本当に棄てようとしても、スイッチの切り方が判らない。
 あっているはずのスイッチの切り方が、この機械の壊し方が、全く通用しない。
 生きているとは言い難い。死んでいるとも言い難い。
 生きることもままならない。死ぬ事すら出来はしない。
 狭間で宙に吊るされた、ピエロのマリオネットは操られるだけなのか。
 だとすれば、自分は誰に操られている?
 下手な人間に操られる前に、この糸が切れてくれれば』

実家にあった、ミノルの書いた文章。
やっぱり、感情が完全に無かったわけじゃなかったみたいだった。
でも、ミノルにはその感情をもったまま自分でいる事は出来なかったみたいで。
身体のスイッチを切る前に、自分の心のスイッチが切れてしまった。
悲しみを、喜びを理解出来ない事に耐えられなかったんだと、ミーシャが言った。
人は機械になどなれるはずがないから。
それでも、彼は完璧であろうとして機械の自分を選び、
感情の欠落した不完全を知り、矛盾に押し潰され、狂い、壊れたのだと。

彼は、親の幻影に縛られて、操られていたのかな。
いい子でいれば、完璧にこなせば、親はこっちを向いてくれると信じて?
そうする事が、余計に『手間がかからない』といって離れていく悪循環と気づかず?
親に認められる為に感情すら棄てて?
親の期待に動かされるマリオネットだったの?

ふざけるな。

僕はまだ『生きている』以上、心だって『生きて』いたいよ。
感情を殺して『死にながら』生きていたくなんてない。
感情が失せたなら、僕らは憎しみだけで生きかねない。
殺人人形になりかねない。
その前に、この身体を完全に停止させるなんて、できればしたくない。
今は、守りたいものがあるから。
命に代えても、傷つけたくない人達を見つけたから。
その人達がくれた『感情』は、僕の宝物だから。


Jade |MAILBBS

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