橋本裕の日記
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昔夏祭りの近くになると、お化け屋敷が出来て、そこへ肝試しにでかけたものだった。お化け屋敷の中には決まって墓場のセットがしつらえてあった。そして井戸から生首が覗いたり、卒塔婆の陰から人魂のようなものが飛んできた。
墓場は肝試しの場所として、絶好の場所だろう。お化けや幽霊が出る、鬼や火の玉が出るなど、怪談に事欠かない。じめじめしていて、お墓や卒塔婆の立つ薄暗い木陰は、昼間行ってもあまり気持のよいものではない。
そのせいか、近頃の墓場は居住地から離れた郊外や山の麓に造成されることが多くなった。そして年に一度、お盆の季節に家族で連れだってお墓参りにでかけるくらいで、普段はあまり縁がなくなった。
しかし、昔は墓地は集落内の人々が生活する範囲にあった。私達の肉親や親族が眠り、休んでいる墓所は、少しも恐ろしい場所ではなく、むしろ慕わしい所だった。そこから亡き人が生きている人々を見守り、幸せを願っていてくれた。
大規模な縄文遺跡として有名な三内丸山遺跡でも、墓地は集落の中に造られていた。縄文の人々も又、墓地を恐れてはいなかった。お墓が恐ろしい怪談の場になったのは、権力や武力がものをいい、弱者が強者の犠牲になる社会だからである。そして恨み、憎しみ、復讐等というおどろおどろしい人間関係が生まれたからだ。
青森県のある村ではつい近年まで自分の庭に土葬にして遺体を埋める地域があったという。そうすることで墓地を自分の家からいつも眺め、また故人も墓地から生前に住んだ家が見ることができる。そこでは死者と生者が隔離されることなく、仲むつまじく共生していた。そうした家では、生者どうしも仲良く支え合って暮らしていたのだろう。
さて、今日はこれから墓参りのため、福井に帰省する。10年前に父を亡くしたが、その父が田舎の菩提寺の墓で眠っている。
父母がいて弟嫁の子もをりぬふるさとの家なつかしきかな わが父母の暮らしを思ふ貧しくていさかひたるも今はなつかし 父母のいずれを好くと尋ねられ中に埋もれて寝(いね)し日もあり
父が在世のころに作った自家製歌集「花あかり」のなかから数首引いてみた。昔詠んだ歌が、時が経つにつれて、みんなよく見えてくる。歌ばかりではなくて、墓の中に眠る故人もそうだ。
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